女心を弄んだ責任は
「おん?アマット様と結婚する気はあるんかって?」
急成長しているウィナ商会。
その代表であるオットーは、優秀な右腕であるアルベルトからの質問に狐のような笑顔で答えた。
「そんなもん、あるわけないやろ。」
その返事に、アルベルトは顔をしかめる。
件のアマットは、貴族であるガーデン伯爵家のご令嬢である。
ウィナ商会を御用達にしているが、それは彼女がオットーに熱をあげているのが大きな理由だと、もっぱらの噂となっていた。
商人たる者、相手のことを理解し喜ばせるような言動をするのが大切なのはわかる……しかし、最近のオットーのそれは商いのためというには少々度が過ぎていたのではないかとアルベルトは思う。
結果、アマットは顔を赤らめながら勇気を振り絞ってささやかなアプローチをするようになった。
それに、少しでもオットーの役に立とうと度々注文を入れる様はいじらしい。
それをみていると、アルベルトはたとえ雇い主にも『このクソボケが!』と言いたくなるときがある。
しかし
「彼女に対して色々してきたのは仕事上の付き合いにすぎない、というわけですか」
「なんかトゲある言い方やなぁ。そうやとしても、別に商人として間違うてへんやろ」
そう、決して間違っているわけではないのだ。
違法性もないから、罪にだって問えない。
「つまりオットー様は……」
だから、これは自分の自己満足にすぎない。
そして雇い主を裏切る愚行だ。
それをわかった上で、アルベルトは懐に通信用の魔道具を忍ばせている。
そして、決定的な質問した。
「彼女に対して、好意はないと」
この先の答えを聞くのは自分ではない。可哀想なアマットと、彼女を溺愛する祖父である。
「何ゆうとるん。そんなん、決まっとるやろ」
だってそれが筋だと思うから。
アルベルトは、オットーが今までアマットに対してやってきたことを脳内で列挙してみた。
ドーア子爵家で継母と義妹から虐待のごとき冷遇をされるようになったアマットを、影からこっそりと支え続けた
危ない橋をも渡って証拠を集めてから、亡き実母の実家ガーデン家に状況を伝えて過酷な環境から救い出した
新天地で友達ができるように、取引のある他の貴族令嬢達にこっそり根回しを行った
その他にも色々行って、しかしその事実をアマット本人には全て秘匿した。
つまるところ
利益度外視で彼女に尽くしまくっていた。
「アマット様のことは大好きよ。丁稚の時に恋してから、僕は彼女一筋や。」
******
ーーけどな、今の彼女は伯爵令嬢よ?
アルベルトさんから渡された魔道具から、声が聞こえてきます。
ーー伯爵家を継ぐのはお兄さんやろうけど、彼女にも歴史の浅い商家よりもいい所からの縁談は沢山くるやろ。
我が家が贔屓している商人のオットー様です。
才気あふれる方で、お爺様のお気に入りであり、私のことを何度も影から助けてくれた恩人でもあります。
ーー彼女は律儀やから、確かに全部バラしたら僕と結婚してくれるかもしれん。けどな、そんなエゴで、散々苦労してきた彼女の未来を奪うわけにはいかん。だから年上の男として、道理をわきまえて身をひくんや。
想い人でもあるんですが、私の前ではずっとつれない態度をとられるので気を揉んでいました。
助けてくれたのはお爺様の覚えを良くする以外の理由はないのかしらとか、他に心に決めた女性がいらっしゃるのかしらとか、散々悩んでいましたのに……
オットー様ったら、内心ではそんなことを考えてらしたのですね。
ーー営業上の不利益?それはまあ、多少痛いかもしれんな。でも彼女の幸せのためなら、一旦脇に置くわ。
「エフッ、うふふ、うふふふふふふ。んもう、オットー様ったら、いけずなんですから。」
「ア、アマット……苦しいんじゃが……」
おっと、ごめんなさいお爺様。
つい嬉しくてヘッドロックしていました。
ご迷惑になってはいけないと自重していましたが……これなら、こちらから縁談を持ち掛けても大丈夫ですよね!
「お爺様、さっそく根回しをお願いします」
幸い、外堀はすぐに埋まりそうです。
彼の右腕であるアルベルトさんも、その奥様も、オットー様にそろそろ身を固めてほしいとおっしゃっていましたから。
貴族との深い繋がりが出来れば嬉しいとも。
「女心を弄んだ責任は……」
呟きながら思い返します。
オットー様が、好意を持っているように振る舞ったり、そっけない態度を取ったりを繰り返すものだから、さんざん振り回されてきました。
「うふふっ、一生をかけてとってもらいましょう!」
でも真意が聞けた今、私はもう迷いません。
逃しませんよ、私の素敵な旦那様!