第9話 灯せない夜
朝靄が晴れ、王都の鐘が鳴った。
石畳の街路に光が差し込み、人々の影が動き出す。
宿の主人が皿を並べながら言った。
「そういや、北の礼拝堂が今日で閉まるそうだよ」
「閉まる?」
「王都の管理が入ってね。“古い祈りは効率が悪い”んだとさ。
あそこは孤児の子らが世話になってたが、明日からは移動だ」
アレンはフォークを止めた。
「移動って……どこへ?」
「知らん。王立の収容区だとよ。数字で管理するらしい」
「数字で……」
アレンの胸がざわめいた。
“人の心を数で測る”――
それは、かつて修道院で何度も耳にした言葉だ。
「ちょっと、行ってみてもいいですか」
「止めはしねぇが……気分のいい話じゃねぇぞ」
◆
北区の外れ、崩れかけた礼拝堂は静かだった。
鐘楼は傾き、扉の木板には裂け目が走っている。
アレンが扉を押すと、
中には十人ほどの子どもたちと、一人の老神父がいた。
「おや……旅の方ですか?」
神父の声は優しかった。
「ええ、宿でこちらの話を聞いて」
老神父は笑い、薪の火をくべた。
「もう、今日でおしまいです。
王都は“非効率な祈り”を嫌うようになりましてな」
子どもたちは丸まった布団を畳み、古い玩具をまとめている。
その中に、ひとりの少女がいた。
彼女は木製の小さな人形を抱きしめていた。
アレンは膝を折り、優しく尋ねた。
「その人形、誰が作ったの?」
「おとうさん」
「そう……」
少女の指先は、何度も壊れた跡を繕っている。
アレンの胸が締めつけられた。
(この子たちは、ここで“声を聞いて”もらってたんだ)
彼はふと、懐の羅針盤を握った。
光は、揺れない。
(……呼んでいない)
アレンは立ち上がり、神父のもとへ行った。
「何か、僕にできることはありませんか」
「あなたのような方がそう言ってくださるだけで、救われますよ」
神父は穏やかに笑ったが、その笑みの奥に疲れがあった。
「救われます」と言われたのに、
アレンの心は晴れなかった。
◆
日が暮れるころ、
アレンは子どもたちと一緒に火を囲んでいた。
パンと豆の煮込み。
手渡された木皿を見て、アレンは微笑んだ。
「おいしいね」
「昨日の残りだよ」
「残り物には“やさしさ”が染みてるんだ」
「やさしさ?」
「誰かが“分けたい”って思うから、残るんだよ」
少女はきょとんとしたあと、
木の人形を差し出した。
「これ、あげる」
「え?」
「もう行くから。
ここにいてくれる人、いないから」
アレンは言葉を失った。
(“やさしさ”は、ここで終わるのか……)
夜、星が降り始めたころ。
アレンは礼拝堂の前で膝をついた。
羅針盤を握っても、光は生まれない。
「どうして……僕には聞こえないんだ」
ブレイが静かに背後から言った。
「お前が悲しんでるからだ。
優しい奴ほど、自分の声を聞かなくなる」
アレンは息を呑み、目を伏せた。
そのとき、小さな笑い声が風に乗った。
――“ありがとう”
振り返ると、誰もいなかった。
けれど、胸の奥が少しだけ温かくなった。
羅針盤が、ほんの一瞬だけ光った。




