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第2話 手を差し伸べる理由

森の中を、冷たい風が吹き抜けていた。

 アレンは小さな背嚢を背負い、落ち葉の上を踏みしめて歩いていた。

 行くあてもない。ただ、陽の射す方へ、歩き続ける。


 お腹が空いてきた頃、ふと、森の奥から低い呻き声が聞こえた。

 「……誰か、いるの?」

 アレンが近づくと、木の根元に、ひとりの男が倒れていた。


 鋭い剣を背に負い、鎧は傷だらけ。

 血の匂いが、土と混じって鼻を刺す。


 「大丈夫ですか!」

 アレンは慌てて駆け寄り、男の体を抱き起こした。


 「触るな……」

 男はかすれた声で言った。

 「俺に構うな。放っておけ」


 だがアレンは首を振った。

 「放っておけるほど、僕は冷たくないんです」


 彼は荷物から水筒と包帯を取り出し、震える手で傷を洗い、巻いた。

 火打ち石で火を起こし、拾った木の枝を燃やして小さな焚き火を作る。

 「これで少しは温かいでしょう」


 男は黙って火を見つめていた。

 長い沈黙のあと、ようやく小さく呟く。


 「……お前、スキルは?」

 アレンは笑った。

 「ないですよ。スキルゼロです」


 男の目が見開かれる。

 「スキルもねぇのに、なんで……助けた?」


 「スキルがなくても、困ってる人を見たら、手を伸ばしたくなるんです」

 アレンの声は静かだった。

 火の明かりに照らされたその横顔は、どこか柔らかく、そしてまっすぐだった。


 男は苦笑した。

 「バカだな……この世は、スキルのある奴が勝つ。優しさなんて、意味はねぇ」

 「そうかもしれません。でも、誰かが泣いてたら、僕は放っておけません」


 その言葉に、男の瞳がわずかに揺れた。

 燃える炎の向こうで、彼の手がかすかに震えている。


 アレンは気づいた。

 この男は、ただの負傷者ではない。

 何かを失い、心を置き去りにしている。


 「……誰かを、守れなかったんですね」


 男はハッとした。

 アレンは続ける。

 「あなたの手が震えてる。怖いんじゃなくて、悔しいんです。きっと」


 火がパチパチと弾けた。

 男は唇を噛み、やがて低く呟いた。


 「……仲間を、失った。俺のせいで、死んだ」

 「……そうですか」


 アレンは静かに目を閉じた。

 しばらく言葉を選ぶように黙っていたが、やがて小さく言った。


 「あなたが今でも、その人を想ってるなら――その人は、きっと幸せです」


 男は顔を上げた。

 アレンは微笑んでいた。

 それは、何の力もない。ただ“心からの優しさ”だった。


 長い沈黙ののち、男は笑い出した。

 最初は乾いた笑い、やがて、涙が混じった。


 「……はは、バカみてぇだな、俺。スキルがあっても、何も守れねぇ」

 「でも、あなたはまだ生きてます。もう一度、誰かを守れるかもしれません」


 男は火を見つめ、ゆっくりと立ち上がった。

 「名は?」

 「アレンです。あなたは?」

 「ブレイ。……剣士の、落ちこぼれだ」


 ブレイは震える右手を、アレンの頭に置いた。

 「助かった。……恩は、いつか返す」


 そう言って、夜の森の奥へと歩き出す。

 その背中はまだ痛々しく、けれど、どこか前を向いていた。


 アレンは焚き火の前に残り、小さく呟いた。


 > 「僕には、何もできない。でも――少しでも、誰かの心が軽くなるなら」


 森の風が彼の髪を揺らした。

 火の粉が夜空へ舞い上がる。

 その光はまるで、小さな星のように、静かに瞬いていた。

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