ヴィリ
全身の痛みと酷い揺れ、そして相も変わらず降り注ぐ芋にタツキは顔をしかめていた。
自由になった手足で崩落を防ごうと試みたが、到底4本では足りないという事実が浮き彫りになるだけで、徒労に終わった。
タツキ自身わずかばかりに期待していたこの道中。
芋に浮かぶ彼の顔を見れば楽しいと言えるような代物でなくなったことは明らかだった。
カタカタカタカタ、、、ギィ。
木の軋む音とともに馬車が止まる。
次に馬の荒々しい呼吸音、そして御者台の上を歩くブーツの足音。
それらを聞くうち、次第にタツキの目に光が戻っていく。
「黒ノッポ、喜べ。休憩だ。」
黒ノッポとはほかならぬタツキのことである。
馬車の荷台にぴったりと横付けした馬の上からタツキに話しかけるこの男はヴィリ。
背はやや低めだが、横を刈り上げた金髪に鋭い眼光が印象的な威圧感のある青年だ。
騎馬兵自体、帝国軍の中ではエリートであるから彼もまたエリートの一人であることに変わりはないのだが、年齢が若いということもありこの護衛隊では雑用係の下っ端として扱われている。
血気盛んな年頃の、それもエリートがそのような扱いを受けて憤りを感じないわけもなく、その発散のためかやたらとタツキに絡むようになった。
ただ当のタツキはそれほど嫌な気はしておらず、むしろ彼が絡んでくるおかげで少しずつ護衛隊の面々とも接点ができ始めていた。
ぐぅ。
どこからともなくそんな音が鳴る。
「ヴィリ。僕よりも君のお腹のほうが喜んでいるようだね。」
「んだとてめっ!!」
「ぷっ、、、ん、んふふ、、、。」
「、、、み、ミレーネに笑われたじゃねぇか!どうしてくれんだ!」
笑いをこらえながら馬車の前を横切った女性はミレーネ。
タツキが持つ彼女への印象は一言。『ギャル』だ。
ヴィリがミレーネに惚れているというのは周知の事実である。
もちろんヴィリは隠せているつもりでいるようだが。
「、、、はぁ、終わりだ。もう軍やめて馬刺し専門店開こう。」
「(馬刺し?あるのか、、、?)」
先ほどまでの威勢が嘘のように落ち込むヴィリ。
女性の言動一つでこれほどまで一喜一憂できる彼を、タツキはなかなか憎めないやつだと感じている。
「そんな落ち込むなって、女性は面白い男が好きらしいぞ。」
「、、、まじ?」
「まじまじ。」
「俺、嫌われてない?」
「まさか。自分を笑顔にしてくれる人をどうして嫌いになるんだよ。」
タツキのあまりにも適当な言葉を咀嚼したヴィリの顔がみるみると明るくなる。
そして数秒でいつもの生意気な笑顔に戻る。
「だよな!、、、ってか俺飯の準備しねーと!今日はミレーネと当番だし!」
タツキの頭に浮かぶ「実際は笑顔にしてるっていうか笑われてるだけだけど」という言葉。チクチク言葉が過ぎるので口に出すことはない。
「ミレーネが作った飯は全部俺が食うからお前は俺が作った飯だけ食えよ!」などという意味の分からないセリフを残して駆けていく無邪気なヴィリ坊を見送り、芋からの脱出を図るタツキ。
退屈な道中から解放され、タツキの唯一といっていいお楽しみの時間。
カリア先生の『勉強会』がはじまる。




