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北へ。

「ふぐっ、。」


荷物でも積み込むかのように馬車へと放り込まれるタツキ。

続け様に芋の詰まった麻袋が投げ込まれているところから察するに、彼らからすれば芋とタツキにさしたる違いはないのだろう。


手足は縛られておりまともに動けない。

が、なんとか身を捩って先客の芋たちを押し除け、落ち着ける体勢を見つける。


あの巨大な建物内を担がれた状態で運ばれたタツキの全身はボロボロだ。

食い込む鎧、雑な運搬、おまけに最後の投げ。

すでに体は激しい痛みに襲われている。


その上ここから馬車の旅。

タツキは人生において一度も馬車に乗ったことはない。しかし、サスペンションもなく、ただ木製の車輪がとっつけてあるだけのこのデカブツの乗り心地がいいとはとても思えなかった。

今のうちに少しでも楽な体勢を選んでおかないと必ず後悔することになる。


もぞもぞと動き続けること十数秒。

ようやく定位置が決まる。


「ふぅ、、、体痛い、絶対あざになってるわこれ。」


口に詰められた布はすでに取り除かれた。

よって普通に話すこともできるのだが、なんとなく小声になってしまうのはタツキの生来の臆病さによるものだろう。


自らを運んできた兵士は馬車の横で待機していた別の兵士と話し込んでいる。

タツキからしてみれば目を覚ましてからはじめて一人になる時間。


理解に苦しむ情報の波に襲われすっかり疲弊した脳を休めるべく、新鮮な空気を目いっぱいに吸い込む。

そうすると、自身の心の中に沸々と湧き出てくるものを感じた。

この見知らぬ世界でどうやって生きていけばいいのかという不安。

その不安は瞬く間に肥大化し、わずかな間にタツキの中を満たす。

そしてあふれ、入りきらなくなったものがため息となって口からこぼれる。


「あれ?」


そんなタツキの心境とは対照的に、馬車の外から明るい男の声が聞こえた。

視線を移したタツキは馬車の荷台を覗き込む男と目が合う。


茶の短髪と顎鬚、もともと細いであろう吊り目が愛想笑いでさらに細くなっている。

服装はやはりタツキのいた世界とは違い、裸に薄手のベストとサルエルパンツという軽装。

ベストは前が開いており、引き締まった胸筋や腹筋が露出している。

ここが日本ならアウト。そんな30余りの男だ。


貼り付けたような笑みのままタツキの視界から消えていく男。

馬車の横にいた兵士のもとへと向かう。


「旦那ぁ、荷台に人が乗ってやすぜ?今日はウリスクの前哨基地に物資を届けるんですよね?」


「ああ、カリアか。すまんが状況が変わった。客人をエンシェリク王の館まで運ぶ。物資の運送はそのあとだ。」


「エンシェリク王の館ってあの地面に埋もれた石ころのことですか?なんたってあんなとこに人を?」


カリアは「それに、」と続けてタツキのことを覗き込む。


「客人、ねぇ、、、。」


その視線はタツキの手と足を縛る縄に向けられている。


「詮索するな。これは皇帝陛下直々の命である。その意味が分かるな?」


「、、、へいへい、わかりやしたよ。黙って運べばいいんでしょ。」


カリアは上げた手をひらひらと動かしながら兵士のもとを去る。

随分な態度ではあるものの、兵士も特に気にしている様子はない。

見知った仲なのだろう。


地面に積まれていた麻袋もついに最後の一つ。

それをカリア自身で拾い上げ、荷台に乗せる。


「そういうことなんで、お客さん、あっしが責任をもって送り届けますから。」


タツキはカリアについて、何とも軽薄そうな男であると思いつつ、しかし嫌みのない男だとも思った。

これは比較対象があまりに悪いが、少なくとも物のように雑に扱ってくる周りの兵士と比べるとカリアが仏のような存在に感じられる。


カリアは積まれた袋を何度かぱんぱんと叩いて落ちないかなど点検したのち、慣れたステップで御者席に乗り込む。


「ふぃー。」


御者席で一息つくカリアを見て、何名かの兵士も騎乗する。

どうやら騎馬兵が護衛につくようだ。


タツキが首だけを動かして周りの様子を確認していると、カリアが「あ、そうそう」と言いながら振り返った。


「あっしはカリア・ポーターってもんでさぁ。運送、引っ越し、お取り寄せならポーター商会にお任せを!」


「、、、カリア。いいから行け。」


カリアは打算に満ちた、しかしどこか憎めない顔でタツキににんまりと笑みを向ける。

いつものことなのか、それに対してうんざりした様子の兵士。

タツキは自身も自己紹介をすべきか悩んだが、どうやらそういう雰囲気でもないので喉まで出かかった言葉を飲み込む。


「旦那ぁ!あの方は未来のお得意さんになるかもしれないんですよ?追加の仕事してあげるんだから宣伝くらいさせてくださいよ!」


「うるせぇ、、、真横にいるやつに出す声量じゃないだろ。てかカリア。北に行くんだぞ?奴は3日もしないうちに魔物か蛮族の腹の中に納まってる。絶対に。」


「(お前も声がでかい、おもっきし本人に聞こえてるわ。、、、しばきリストに追加しておこう)」


「そいつぁどうですかねぇ。あの方はビッグになる。あっしの勘はそう告げてますぜ。」


「当たったことないだろ、その勘。」


「はっはっはっ!まあくだらない話は置いといて。そいじゃここは一つ、安全運転でいかせていただきやすぜ!」


一人で大笑いしたのち前方に向き直ったカリアは意気揚々と宣言する。

それに合わせて馬に乗った兵士たちも手綱を握りなおす。

馬車の荷台に寝転がるタツキも場の空気が変わったことをなんとなく感じ取っていた。


「(いよいよ出発か)」


状況が状況ではあるものの初めての馬車。

タツキの心の中がすべて負の感情かというと、そういうわけでもない。

実際、馬車が動き出そうというこの瞬間、タツキの心臓はわずかにその心拍数を上げていた。


「よっしゃ!」


そんなタツキの期待に応えるようにカリアが腕を振り上げる。


スパンッ!


鞭が馬のしなやかな肉体を打つ音が響く。

ついで馬が甲高い声を上げ、馬車は急発進する。


ボトッ。ボトボトボトボトッ。


積んでいた芋がごろごろとタツキの顔面を襲う。


「(これのどこが安全運転なんだよ、。)」


びゅんびゅんと進む景色の中、揺れる馬車と降り注ぐ芋にタツキの顔は死んでいく。

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