スキル
「なァ、お前よォ。食ったよなァ、、、?」
「ヒエッ。」
昼食を食べ、再び北への道を行く一行。
なぜそんな姿勢で落馬しないのか。
まったく以て不可解な体勢のヴィリが、光のない眼でタツキの顔を覗き込んでいる。
馬車の荷車にくっつき並走する馬。
そこから男が身を乗り出して荷車の中を覗き込んでいるというその絵は、端から見ているものにさえ不安を与える不気味さがあった。
覗き込まれている側からしたらなおのことである。
勉強会の復習のため自分のステータスを確認していたタツキだったが、視界の端から生えてきたヴィリの頭によって文字が散り散りになってしまった。
ヴィリは昼食後ずっとこの調子だった。
「(ミレーネの盛り付けた料理を食べたからだよな、、、いや怒りすぎだろ)」
料理に関してはヴィリとミレーネが2人で調理した。
よってヴィリが怒っているのは『ミレーネが盛り付けた料理を食べた』という点においてだけだが、盛り付けについてもヴィリとミレーネで半々くらいの割合だった。
それはつまりこの中の半分はミレーネが盛り付けた料理を食べているということを意味する。
なのになぜ自分だけこんなにも目をつけられているのか。
タツキはどこか納得できない気持ちを抱いていた。
だが、目の前の男は完全に人を殺す目をしている。
「(言えない、絶対に)」
寝転がるタツキの頭上から馬の蹄の音がもう一つ近づいてきた。
これが誰だか、タツキには大体想像がつく。
「はぁ、、、ヴィリ、隊列を崩すな。ここらは魔物も多い。真面目に警戒にあたれ。」
すでに何度目かの注意で、隊長の命令にもため息が混ざり始めた。
「ああ、すいません。隊長。ここに魔物がいた気がして。黒くてひょろ長いやつなんですけどね。」
ヴィリは「どこ行ったんだぁ?」などと白々しいセリフを吐きながら渋々指定された位置へ戻っていく。
「、、、ふぅ、助かった。」
先ほどまでヴィリの頭があった空間。
一瞬荷車の天井が見えるが、すぐさまバラバラに散っていた文字が集まり埋めていく。
そうして出来上がった言葉の数々。
それはタツキのスキル情報だった。
タツキは何の気なしに一番上の文言に目をやる。
「テラリ神の加護、、、。」
そう呟くタツキの眉間には無意識にしわが寄った。
皇帝やラハトに散々馬鹿にされたスキルである。
カリア曰く、加護とは神々から与えられる祝福であり、誰もが持つスキルではない。
この世界において加護を得た者は『加護持ち』と呼ばれ、多くの『加護持ち』がそれに通ずる分野で名を残しているそうだ。
実際には才能があるという程度の者から、伝説として語り継がれるようなものまで、ピンキリという話だったが。
自分はどちらだろうか。
そんな疑問が湧いてくるが、周りの人間の反応を思い返し、苦笑いするタツキ。
加護を持つ者は、必ずそれに関係するスキルもセットで持っている。
テラリ神の加護の場合は工業スキルである。
加護も他スキルと同様にスキルポイントを消費して解放できる特殊能力があるが、それらはセットのスキルを強化する効果が多いとのこと。
ちなみに色々なことを教えてくれるカリアだが、彼自身も加護持ちらしく、アテマ神の加護を受けているそうだ。
「(動物に好かれる能力だっけか)」
タツキは確かに馬から甘えられるカリアの姿をよく見ていた。
そんなカリアは、
自分の加護でさえ使い所はあるのだからテラリ神の加護も本来、決して軽んじられるようなスキルではないはず。
しかし今回の場合、帝国の行き過ぎた軍国主義と近隣諸国との情勢、そして何年もかけた勇者召喚の準備期間とそれに払ったコストなど、諸々の状況がマイナスに噛み合い、必要以上に疎まれたのか。
と話していた。
タツキからすれば、違う世界から呼び出しておいて「いらない能力なので出て行け」というのは全くもって腹立たしいことである。
が、何年もかけたプロジェクトの末、期待外れのポンコツが生み出されれば、がっかりを超えて苛立ちを覚える気持ちもわからなくはなかった。
「(いややっぱ腹立つな、ナチュラルに1回殺されそうになったし)」
心に湧き出る苛立ちを抑えるように、タツキはより深く意識を集中させる。
するとそれに呼応するように『テラリ神の加護』という言葉が震え出す。
そして次の瞬間、ぱんっと弾けるように無数の言葉へと変わった。
その言葉の右側には数字が書いてある。
タツキはすでに何度か見ているのでさして驚かない。
※初めて見た時は光の小爆発に心底驚きひっくり返った。
「えーと、これが取得可能なスキルで、この数字が取得で消費するスキルポイント、、、であってるよな。」
タツキは現在スキルポイントを10所持していた。
レベルが上がったわけではないので最初から持っていたのだろう。
これも召喚の特典なのか、そもそも皆がそうなのか、どちらにせよありがたいことだった。
ざっと眺めると消費ポイントは大体1〜10なので、良いスキルを取ろうとすれば1つしか取れない。
「んんん、、消費ポイントの少ない能力をたくさん取るか。逆にでかいやつを一つ取るか、、、悩ましい。」
タツキはスキルの取得について悩みに悩んでいた。
このシステム、まるでゲームのようだが、紛れもない現実だ。
選び直しもできないので簡単には決められない。
そもそもどのスキルを取得すべきかなど、まだこの世界での生き方を決めていないタツキには選びようがなかった。
そんなことは自分でもわかっていた。
だから追々、この世界での自分の生き方が見えてから選ぼうと決めたのだ。
にもかかわらず、こうしてまた自らのスキルを見てしまう。
これを何度も繰り返している。
「魔法スキル。魔法、、、使いたい、!でも、魔法と言えば攻撃、戦闘、、、うぐ。というか魔力量が少ないからどちらにせよ魔法使い向きじゃないとは言われてるし、、、うぐぐ。ここはやはり堅実に鍛治スキルや建築スキルをとって安全安心な人生を、。」
ずっとこうして独り言を呟いているのだ。
鍛治スキル、建築スキルというのは工業スキルの一部であり、他にも設計や木工、調合など多くのスキルが集まって工業スキルという形を成している。
つまり工業スキルとは生産職のあらゆるものが詰め込まれた最強スキル。
とも言い難く、結局はそれぞれが独自のスキルツリーを有している状態なのでどう頑張ろうと全てを取得することは不可能。
あらゆるものにポイントをふれば何にも特化していない器用貧乏になってしまう。
結局は何かに特化させた方が扱いやすい。
「はあ、だめだ。とにかく何をして生きるかを決めないと。」
悩んだ末、結局同じ結論に行きつくタツキ。
残り3日ほどで目的地に着く。そうすれば自分は1人で生きていくことになる。
どうやって生きて行くのか。この世界のことをもっと知らないと決めるに決められない。
それにタツキにはまだ憂いがある。
いずれ来るかもしれない帝国からの呼び出し。
タツキは行かないと決めている。
理由は一つ。
何をされるか分からないから。
「(召喚例がどうとかで体を調べるみたいなこと言ってたし、散々仕事でこき使われた挙句体を切り開かれるかもしれん)」
タツキは嫌な想像で体が震える。
しかし行く気はないが、呼び出しを無視すればそれはそれで揉めるだろう。
この世界でどう生きていくか。
そしてこれからの帝国との関係。
「なァ、、、おい、、、食った、、、よなァ?」
あとこいつをどうするか。
考えることが多すぎてタツキの頭はパンク寸前だった。




