うなだれる男
他サイト用に書いた表紙ですが、せっかくなので貼り付けます。雨。
深い森の中。苔むした遺跡が一つ。
天を覆うほどの巨大な建造物に雑草や蔦が好き放題生え茂るその姿を見れば、どんな鼻たれ小僧でもこの遺跡の歩んできた歴史に思いを馳せることだろう。
手入れはおろかここ数十年人の目に触れられてさえいないのではないかと思わせるそんな姿でありながら、いまだ荘厳さを失うことなく静かに佇んでいる。
その孤独を賛美するかのように、朝露がしきりにきらめいていた。
まさに絶景。
かの松尾芭蕉であれば、五 七 五 七 五 七 五 七 五......(∞)の俳句を詠んでいたに違いない。
しかし、そんな遺跡の階段に腰を下ろす男は、景色のことなど微塵も気にしていなかった。
頭を抱えてうなだれる彼の視界にうつるのは、靴紐のほどけた仕事用の革靴と、地面に刻まれた車輪の跡だけ。
「はぁ、、、。」
男は短い黒髪をわしゃわしゃとかきむしって、大きなため息をついた。
見た目については特にこれといって述べることもなく、平凡そのもの。
強いて言うならば身長179cmというわずかばかりに恵まれた体躯をしているものの、今は小さく丸まっていて見る影もない。
白いシャツにスーツと革靴。隣には雑に折りたたまれたジャケットが転がっている。
スーツやネクタイの色が黒で統一されており、まるで葬式に行くかのような装いではあるが、それをおいても街にいて違和感を感じるような見た目ではない。
しかし先ほどから言っている通りここは街ではないのである。
息をのむほどに美しい古代遺跡の階段に座るにしては随分とアンマッチなコーディネートだ。
実際この景色の中で彼は浮きに浮いている。
「はぁ、、、。」
しかし今の彼にはそんなことを気にする余裕などなかった。
なぜこうなったのか、これからどうすればいいのか。
とりとめのない考えばかりが頭をめぐり、ただただため息の数だけが増えていく。
「、、、。」
そんな彼を慰めるかのように、靴の先に蝶がとまった。
男は少し足を動かしてみたが飛び立つ様子はない。
「、、、お前も一人なのか。」
この不安を分かち合う友を見つけたような気持ちで手を差し伸べる彼の眼前を100匹あまりの蝶が横切った。
「はぁ、、、。」
また一つ、ため息がこぼれた。




