1
いざトゥドールに着いても特に歓迎もなく、わたしたちは辺境伯邸に隣接した宿舎へと通された。まあ変に派手派手しく歓待されても困ってしまうので、このほうがかえって良かった。
もちろんだからと言って邪険にされているわけでもなく、厚遇されていることはわかった。用意された部屋は過度な装飾こそなかれ、広々として隅々まで掃除も行き届いていた。こういうのをミニマリズムと言うんだっけか、質素ではあっても凛とした気品が漂っている。これがトゥドールの気風なのだろうか。質実剛健。そうであれば実に好ましい。
街の中はまだあまり見て回ることはできなかったが、やはりグレインディールとは空気感が違っていた。さすがは最前線の土地だけあってか、活気の中にもぴんと張り詰めた緊張感が漂っていた。戦争が終わってもうずいぶん経つというのに。それは襲爵式を前に各地の要人が集まってきているせいもあるだろうが。
「えー……よろしいでしょうかお嬢さまぁ?」
ドアがノックされ、ちょっとぞんざいな声が聞こえた。アンジュだった。どうぞと答えると、ドアが開いてそれなりにきびきびとした動作で彼女が入ってくる。マリーに厳しく指導されているおかげか、所作はだいぶ様になってきていた。
「ひとりなの。マリーは?」
「なんでも辺境伯家に色々挨拶とかあるからって言って出かけた。お嬢さまは旅の疲れもあるだろうからって、今日はこのまま休んでいいそうだよ。何かあればあたしに言ってくれていいけど」
「そう……でも挨拶ならわたしも一緒に行ったのに」
実際、そんな風に気を遣われるほど疲れてもいない。これもこの世界に来てから取り組んできた体力作りの成果だろうか。
「まあメイドはメイドで色々横のつながりみたいのがあるみたいだよ。こっちにも顔見知りが結構いるみたいだし、面倒臭いことは任しとけばいいんじゃないか?」
そんなものか。確かに公爵家と辺境伯家は家同士の付き合いも深いようだし、わたしの知らない水面下でのやり取りもあったのだろう。それなら何も知らないわたしが出張るより、マリーに一任しておいたほうがいいのかもしれない。
「わかった。でもまだ寝るには早いし、手持ち無沙汰ね。せっかくの旅なんだから、ちょっと街を歩いたりはできないかしら」
「できるわけないだろ。そんなことして、もし何か起きれば大事だ。ここから勝手に出ようとすれば、衛兵が総出で止めに来るぞ」
そんなのまるで監禁されているみたいじゃないか。とは思っても、お貴族さまというのはそういうものなのだろう。トゥドール辺境伯家に迷惑をかけるわけにもいかないし、あまり無理も言うまい。
しかしせっかくグレインディールを離れてこの世界のことを調べるチャンスなのに、宿に引きこもってばかりでは意味がない。道中もただ荒れ地ばかり眺めていただけで、何の収穫もなかった。せめてこの街を見て回る機会くらいはもてればいいのだが。
「まあ、この宿の中を回るだけなら付き合うよ。他の階にはよその貴族さま御一行が泊まってるみたいだし、何なら挨拶でもしてみたらいいんじゃね?」
「へえ」
この宿は設えこそは質素だが、トゥドールでは最上級の国賓専用宿らしい。日本で言えば帝国ホテルのデラックススイートだけを切り出したみたいなものか。そんなものに泊まったことなどないので例えが卑近になるけれど。
「さっき一階まで降りてみたけど、ホールの奥が上等な飲み屋みたいになってたよ。みんな外へは出られない分、そこで気晴らししてるんだろうな」
「そう。じゃあわたしも行ってみようかしら」
「ああ。でも酒は無しだぜ。お嬢さまに酒飲ましたなんてあいつに知られたら殺されるからな」
なんだかアンジュもずいぶん乗り気のようだった。おそらくは彼女も退屈していたのだろう。けどマリーのことを「あいつ」なんて呼んでたことを知られたらやっぱり殺されるだろうに。まあそれは武士の情けで黙っていてやることにする。




