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それから一週間ほどが経った晴れた日の朝。わたしはマリーとともに騎士団屯所を訪れていた。あのとき敷地内に侵入した少年、エンリコ・サパタの査問が終わり、強制労働所へと送られる日だったからだ。彼の処分はおおむね予想通り、六ヶ月の強制労働だった。そうしてこの町の西で進んでいる、街道の集荷基地の建設現場へと送られるとのことだ。
「出発する前に、彼と少し話はできる?」
わたしがそう尋ねると、オハラは怪訝そうに眉をひそめた。
「少しであれば構いませんが、何の話を?」
「別に大事な用ってわけじゃないけど……まあ、これも縁ってやつかな」
やがて屯所の中に三頭引きの大きな馬車が入ってきた。それを待っていたのか、建設現場へと送られる罪人たちが建物から出てくる。おそらくサパタと同じように、領内で捕らえられた賊たちなのだろう。その多くが、まだ成人前と見える子供だった。
彼らは拘束されているわけでもないのに、指示に従順に従っていた。みな、ここで馬鹿なことをして刑期を延ばすより我慢して早く釈放された方がずっとマシだとわかっているのだろう。まだ心の底までならず者たちに染まっているわけではない。
その最後尾近くに、サパタの小柄な姿があった。騎士団のひとりがそちらに歩み寄り、彼を列から連れ出してくる。
「怪我の具合は。もう問題はない?」
わたしがそう尋ねると、彼は一瞬怯えるように身構えたが、やがて目をそらしながら答えた。
「べっ、別にあれくらい、どうでもねえよ」
「そう、それなら良かったわ」
見たところ、彼の言葉に嘘はないようだった。半袖からのぞく彼の腕には、傷跡ももう残っていない。なかなかいい治癒師に処置してもらえたのだろう。わたしの腕は一週間経ってもまだ痛みが消えないのに。
「それで……強制労働が明けたらどうするか、考えてるの?」
わたしが重ねて尋ねると、少年はうんざりしたように顔を背ける。おそらく今はそんなこと考えられないだろう。これから半年もの間不自由な生活を強いられることへの不安で頭がいっぱいのはずだ。彼らにとっての半年は長かろう。けれど、そんなものは過ぎてみればあっという間だ。
「ちなみにあなたのお仲間たちも、あらかた捕縛されたわ。リーダーたちはあなたよりずっと長い刑が課せられてる。つまり、お勤めが明けてもあなたには帰る場所はない」
「……うるせえな!」サパタは目を剥いて怒鳴った。「何が言いてえんだよ。ざまあみろと笑ってんのか、貴族のお嬢さまがよぉ!」
威嚇するように噛み付かれてもどうということはない。こういう反応は、二年間の少年課勤めで見慣れていた。彼らの攻撃性は、ようは不安の表れなのだ。
「どこにも行き場がなかったら、そんときは公爵邸にいらっしゃい。仕事と住む家くらい用意するわよ」
「……お嬢さま?」
傍らのオハラが何かを言いかけたが、それは手で制した。
「まあ、半年の間に壁の修繕や庭木の手入れを覚えてきてくれるといいわね。公爵邸も広いから、人はいくらでも欲しいのよ」
サパタは一瞬驚いたような表情を見せたが、警戒は解かなかった。まあ、今はそれでいい。まだ誰のことも信用できない状態だろうから。時間をおいて落ち着いた頃、また思い出してくれたら。
「……行くぞ、急げ」
騎士団員がやってきて小さく目礼すると、少年をそう促した。サパタはまた顔を俯け、馬車の方へ連れられてゆく。その途中で一度だけ、わたしたちを振り返った。
「待っているわよ」
そう言ってみたが、はたしてその言葉は届いていたかどうか。ともかく、あとは彼次第だ。強制労働が明けたあと、また暗い世界へ戻っていくのか、それとも自分で道を切り開いていくのか。わたしたちにできるのは、その道があることを示してやることだけだ。
「……そこまでしてやる必要があるのですかね」
オハラがどこか訝しげに言った。とはいえ、声にわたしを責めるような色はない。それはそうだ。甘いのはお互いさま。ビトーの正体に気付きつつも、最後まで信じたくてチャンスを与え続けてきたのは他ならぬこの調査隊隊長だ。
それに、今回のことはあの少年にも功績があったとも言えなくはない。そもそもあのとき彼がルヴァン商会の倉庫に逃げ込まなければ、そしてゴードンの死体を発見しなければ、事件はあのまま隠蔽されていたかもしれない。あの時点ではドニもまだ兄やフィールズに逆らう覚悟もなかっただろうし、その可能性は高かった。そうしたら事態の発覚は遅れ、気が付いた時にはもう手遅れだったかもしれない。本人にはまったくあずかり知らぬこととはいえ、結果的には彼の行動がこの街を救ったと言えなくもなかった。それなら少しくらい功績に応えてもいいではないか。
「それが貴族の務めというものでしょ。領民たちに仕事を作って失業者を減らし、手に職付けさせて社会に還元する。そのために大きな屋敷建てて贅沢な暮らししてるんだから」
「そうですか」彼はどこか皮肉めかして肩をすくめた。「そこまでお考えでしたら、私も何も申しません」
「それに……マリー?」
と、わたしは一歩下がったところに侍っている彼女を振り返る。
「あの子の身軽さは使いでがあるでしょ?」
「そうですね。仕込み甲斐があります」
マリーも微笑みを浮かべて頷いた。いったい何を仕込むつもりなのかは知らないが、そう言うなら彼女に任せて問題なかろう。
「それでは、私はこれで失礼します。お嬢さまにはお屋敷まで護衛を付けますので、どうか寄り道のないように」
オハラはそう言って恭しく頭を下げて見せた。彼は彼で多忙な中、わたしを案内してくれたのだ。これ以上仕事の邪魔をするわけにもいかない。
「そうね、今日はわざわざありがとう。お仕事、頑張ってくださいね」
他人事のように言いやがって。そうあからさまに顔に出して、彼は苦笑した。そうして踵を返し、屯所へと戻ってゆく。
今回の件は、グレインディール騎士団にも大きな傷を残した。何しろ騎士団の事実上のトップが、他領の勢力と組んでクーデターめいた事件を起こしたのだ。しかしその張本人であったブラックソーンは、誰にも裁かれることなく悠然と王都へと去って行った。聖教の司祭たちも一緒にだ。彼らを裁く権限は公爵家にも、またオハラたち残った騎士団員たちにもなく、わたしたちはみな歯噛みしながらそれを見逃すしかなかった。あとは中央が相応の処分を下すのを期待するしかないが、それも望み薄だろうとのことだった。
そして騎士団は、今まさに大々的な再編成の真っただ中だ。ブラックソーンの息のかかっていた幹部たちを更迭し、残った者たちで組織を立て直さなければならないのだ。おそらくその中心には、『グレインディールの英雄』であるオハラが立つことになるのだろう。彼以外に、この窮地で指揮をふるえる者はいないはずだ。
今後はあまり、気軽に顔を見に行くこともできなくなるかな。それを少し寂しく思いながら、わたしはその背中を見送った。




