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「わからないことをここであれこれ考えても意味がないでしょう」
と、はじめてオハラが口を挟んできた。確かに、それは彼の言う通りだ。
「他に何か、尋ねておくべきことがあるのではないですか」
「そう……そうだったわね」
わたしは気を取り直し、再び姿勢を正してドニ・ルヴァンに向き直る。
「騎士団の側で、この件に関わってる人は誰ですか。名前もわかったらお願いします」
「うちとの商談を仕切ってたのは、調達隊の隊長であるミリガンという男だ。そしてその上にいる、団長補佐のブラックソーンという男……一度商会に来て、兄がひどく恐縮していたのを覚えている」
オハラの方を見やると、当然知っている人物のようで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。さして意外でもないのだろう。元からそうした人物であることも承知なのか。しかし彼の口から説明はし辛いのか、あとを受けたのはウォレンだった。
「チャーリー・ブラックソーンか。確か王国騎士団長のブレイディ・ブラックソーンの縁戚だったな。位は子爵だがこのグレインディール騎士団の事実上のトップだ」
おそらく今の騎士団長はお飾りなのだろう。そうでないにしても、中央の王国騎士団長の親族には逆らえないのか。
「けれどそうなると、まさかこの件のバックには王国騎士団そのものがいるってこと?」
「さて、その可能性は薄いと思われます。そんなことをするメリットは騎士団にはないかと」
オハラはそう否定した。その口調は確信めいていて、単なる身内贔屓とも思えなかった。
「そう思う根拠を訊いてもいいかしら?」
「そうですね……失礼して忌憚のない意見を言わせていただきますと、団長補佐であるチャーリー卿はきわめて無能で人品にも著しく問題があり、そのくせ野心だけは人一倍有り余っているという御仁です。王国騎士団とてあのような人物に大役を任せるとも思えません」
彼としては一生懸命に悪口にならないよう配慮したのだろう。けれどそのどこかおかしな敬語から、抑えきれない嫌悪感が滲み出ている。
「つまりその人はどうしようもない馬鹿でクズで、さすがに王国騎士団にがそんなのを手駒に使うなんて危険なことをするわけがないということね」
「はい。もしも騎士団自体が黒幕ならば、あれよりはるかにマシな人材を送り込んできているはずです」
オハラのその返答に、ウォレンは膝を叩いて大笑いしていた。
「違いねぇ、それにはまったく同感だぜ。確かにあんなクソ野郎を好んで使うような奴はいねえわな。まともに命令通り動くかもわからん」
ふたりしてえらい言いようだった。何だか逆に、そのチャーリー・ブラックソーンという男に興味さえわいてくる。しかしそんな人間でも、子爵という貴族位があれば騎士団のトップに立てるわけか。
「むしろこんな動きは騎士団としちゃあ迷惑だろうな。ボールドウィンやグレインディールなんて田舎で済んでるうちはまだいいだろうけどよ」
「それはどういうこと?」
「騎士団が我が世の春を謳歌できてるのも、王家にべったりすり寄ってその体制に組み込まれているからこそだ。だがこんなことが続けば、各地の領主も当然危機感を持つ。王命に逆らって自前の軍隊を整えようとする奴らも出てくるだろう。そうなりゃ、騎士団の権威なんてあっという間に地に落ちる」
確かに、言われてみればその通りかもしれない。騎士団にとっては今の状態こそが望ましく、変革など望んでいないだろう。
「じゃあそのチャーリーって人はどうしてフィールズ一家と組んでまでことを起こそうとしてるの?」
「まあ単純に個人的な鬱憤だろうよ。考えてもみろ、中央の騎士団長の血筋だってのに、こんなグレインディールなんて片田舎に飛ばされて、面白くないに決まってるだろうが。どうせなら好き勝手やって、ついでにひと稼ぎして中央に戻るための力を蓄えたいってところか」
「そんな感じに、フィールズに唆されたってことね。いいように利用されるだけだってのに」
ウォレンは芝居がかった仕草で肩をすくめ、「まあそんなところだ」と答えた。
わたしはオハラに目を向け、尋ねる。
「この情報で、そのチャーリー・ブラックソーンを拘束することはできない?」
「……難しいですね」
しかし彼は、渋い顔で首を振った。まあもちろん、聞くまでもなくそれはわかっていた。
「騎士団の事実上トップ、それも子爵ともなれば、よほど動かぬ証拠を揃えなければ手を出せません。仮にそれを揃えたとして、私や調査隊の独断では動けない。その証拠をもって申告し、中央の裁可を得た上でなければ」
事態は急を要するのだ。そんな悠長なことをしていては、裁可が降りる前にことが起きてしまうかもしれない。あるいは中央からの指示が下りてきても、ブラックソーンが握り潰す可能性もある。
「では、公爵家としてあなたがたに命じることはできる?」
「それもまた同じことでしょう。前にもお話しした通り、グレインディール騎士団はあくまで王国騎士団の下部組織です。公爵家に属しているわけではありません。なので先日のような些事ならともかく、我々に指示をするのであれば王国騎士団本部を通していただく必要があります」
まさにこれぞ縦割り組織の弊害というやつだった。まったく、どこの世界でも人が作る組織というのは変わらないのか。
「まあイラつくのはわかるが、ことここに至ってはブラックソーンなんて小物はどうでもいいんじゃねえか?」
ウォレンはそう言って、また酒壜をぐいと傾けた。
「そうかしら?」
「やつらの準備がどこまで整っているかは知らんが、すでに相当な数の魔導師が市中に潜んでる。今さらブラックソーンの身柄を抑えたところで、計画とやらは止まらねえだろう」
「でもその人なら、その計画ってやつをもっと詳しく知っているかもしれない。これからこのグレインディールで何が起きるのかを」
「それもどうかね。やつだって、肝心なことは何も知らされていない可能性が高い。あんたならどうだい、カネでどうにでも転ぶようなやつに大事なことを話すか?」
それもそうだった。では「計画」の全貌を知っているのは、フィールズ一家の幹部たちのみだろう。おそらくはこの街のどこかに潜伏しているらしいヴォロヴィッツという男と、周辺の幾人かくらいか。しかしその男のことは、オハラたちも捜索を続けているはずだ。それでも未だに行方がつかめていないのなら、よほど巧妙に姿をくらませているのだろう。
となると、いよいよ手詰まりだった。計画の全貌を知るには、向こうがことを起こすのを待つしかない。それでは、どうしたって後手に回るのを避けられない。




