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さて、最初の問題はどうやって城門を抜けるかだった。いかにオハラが同行しているとはいえ、公爵家の令嬢がこんな深夜に危険な城門外へ出るなどと言ったら大事になってしまう。ウォレンもアンジュも、そのための方法は用意してくれはしなかった。そこはお手並み拝見ということだろう。
「わたしにも騎士団特別行李を用意してもらいたいものだけど」
「残念ながら、調査隊隊長ごときにそんな権限はありませんよ」
それは残念。しかしそうなると、今回のことには騎士団の相当上のほうが絡んでいるということになる。
「じゃあ調査隊のみんなに城門で騒ぎを起こしてもらって、その隙にわたしが……」
「私たちの今後の立場が危うくなるようなことをさせないでいただきたいのですが」
うむ困った。確かにオハラたちにあとあと禍根が残るような方法は避けたいところだった。となるとなかなかいい手が思い当たらない。
するとわたしたちの背後でやり取りを聞いていたマリーが、呆れたようにため息をついて言った。
「でしたらどうぞお嬢さま、こちらをお使いください」
振り返ると、彼女は手荷物からきつく巻かれた紙筒を差し出してきた。手に取ってみると、普通の紙とは違うごわごわとした感触がある。なるほどこれが羊皮紙、つまりは先日ウォレンが言っていたスクロールというものだろう。
「これは?」
「おそらく必要になるだろうと思い、先ほどアルフォンス様に用意していただきました外交秘匿査証でございます」
「外交秘匿……何なの、それ?」
マリーはどう説明するか困ったように一瞬表情を曇らせたが、すぐにまた説明をはじめた。
「主に貴族の方々がお忍びで互いの領地を行き来する際に使われるもので、情報収集のためにわたしたち使用人が城門外へと出るときにも支給されます。いわば公爵家が発行する通行証で、もちろん出入の記録は残りますが、門番含む城門の関係者には魔術的な守秘義務が課せられます。こちらを使えば、お嬢さまが城門を出ることも大きな問題にはならないかと」
「それなら助かるけど……それってつまり、今回のことをお兄さまも承知しているってこと?」
「はい。オハラさまについてはお嬢さまに一任したのだから、と快くご了承いただきました。それでも、身の安全にはくれぐれも気を付けるようにとのことです」
ずいぶんあっさり同意してくれたものだ。おそらく兄アルフォンスは、マーカス・ウォレンという男をそれだけ信用しているのだろう。考えてみれば前回は完全にこちらのホームである公爵邸へ単身やって来たのだ。兄にしてみれば、今度はこちらが胸襟を開く番だと思っているのか。
確かにスクロールを門番に見せると、彼らはそれだけですべてを察したように、粛々と手続きを済ませてくれた。フードで顔を隠していたわたしが身分を明かした際はさすがに驚かれたが、すでにスクロールによって魔術がかけられていたのか、異を唱える者はいなかった。
「それではお嬢さま、私もウォレンのアジトまで同行させていただきますね」
「わたしとしてはマリーも来てくれるなら心強いんだけど、彼らがそれを良しとしてくれるかしら。ウォレンの指定はわたしとオハラ隊長だけだったから……」
「わかっております。決して彼らに気付かれぬよう、離れたところを進んで行きますので」
となると、危険な城壁外を彼女ひとりで行動させしまうことになる。それを心配していると、オハラは「ご安心ください」と口を挟んだ。
「調査隊からも一隊を同行させますので、お付きの方の護衛も彼らにお任せください」
なるほどいくら腕が立つとはいえ、調査隊の隊長ともなれば護衛もなしに単独で行動させるわけにはいかないのだろう。しかし。
「そう、それはありがとう。でも人数が増えればそれだけ、向こうに気付かれやすくはならないかしら」
「もちろん、隠密行動に長けた者たちを選抜してあります。しかしウォレンも、我々がそうすることは織り込み済みではないかと思いますが」
だといいのだけど。そう思いながら、闇に紛れるように下がってゆくマリーを見送った。彼女ならおそらく、アンジュやウォレンの目を欺く隠密行動も難なくこなしてしまいそうだった。いつものように「田舎育ちですので」とか言いながら。
そうしてわたしとオハラはふたりだけで街道を北に進み、目印となる巨岩の脇でアンジュの出迎えを待った。するとせいぜい五分と待たずに、音もなく巨岩の上に瘦せぎすの影が現れた。メイド服ではなくライダースーツのような革のツナギ姿に、面頬のような仮面で顔を隠してはいたが、間違いなく彼女だった。
無言で頷きかけると、彼女も言葉を発することなく、ただ顎をしゃくってついて来いと促してきた。そうして街道を北に向かって進み始めた彼女について歩き出す。
「私が先に行きましょう。お嬢さまも、どうか離れないように」
「わかってるわ。お願いね、隊長さん」
アンジュはずいぶんと早足だったが、日頃の走り込みの成果かわたしもさほど苦もなくついていくことができた。そのまま街道を一キロほど進むと、左手に鬱蒼とした木立ちが見えてくる。振り返ると、街の明かりがずっかり遠くなっていた。
「ここから街道を外れるようですね。お嬢さまも足元にお気をつけください」
わたしは大丈夫と答えて、彼の後ろに続く。この世界は月が明るいのか、あるいはこの身体が夜目が利くのか、荒れた道でも問題なく見通せた。ところどころ地面から樹木の根が飛び出しているところなどもはっきりとわかる。
「でも、ウォレンはこんな森の中にアジトを築いてるの?」
「この森は戦争の後に植林されたものですからね。かつてはここも最前線で、塹壕が張り巡らされ防衛陣地も築かれていました。おそらくウォレンは残置されたかつての陣地に居座っているのでしょう」
戦争は一時期王国が劣勢で、グレインディール公爵領の眼の前まで押し込まれたこともあったとは記録で読んでいた。その後この身体の父親である公爵率いる魔導大隊の活躍もあって、現在の国境線まで領土を回復したとのことだが、おそらくそこにはウォレンたちもいたのだろう。
自分たちが戦争中に使用した陣地にそのまま居座っている彼らの心情はどのようなものなのだろう。あるいは彼らは、まだ戦争を続けているつもりなのか。
しばらく木立ちの中を進むと、やがてこんもりと盛り土された古墳のような小山が見えてきた。しかしよく見ると、木の枝や土で偽装された下からところどころに、建造物らしい石積みの壁が覗いている。おそらくはかつて陣地だった頃に築かれた掩体壕なのだろう。
アンジュはその横腹に空いた穴の前で立ち止まり、入れと手で促した。わたしはオハラと目を見合わせ、小さく頷く。マリーたちがちゃんと付いて来ているかは確認できなかったが、そこは信じるしかなかった。そうしてまたオハラの後に続いて、穴の中へと入って行った。
穴の中は下りの階段になっていて、少し下るとすぐに開けた場所に出た。どうやら掩体壕は半地下になっていて、外から見えていたのは屋根のアーチの一部分に過ぎなかったようだ。抜けた先はずいぶんと広く、それこそトラックでもゆうに数台は並べて停められるほどの空間があった。そこに十人ほどの男たちがたむろしていて、わたしたちに胡乱な目を向けてくる。なるほど、やはりここがウォレン兄弟のアジトで間違いなさそうだった。
そのうちのひとりが立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってきた。体格の良いオハラよりもさらに頭ひとつは上背のある大男だった。しかし、特に敵意も殺気も感じない。この下っ端連中にもわたしたちの来訪は伝わっているらしい。
「親父から話は聞いてる。あんたが公爵家のお嬢さまだな?」
「そうよ。ヴァイオレット・ディ・グレインディール。どうぞよろしく」
使用人の作業着姿では締まらないかもしれないが、それでもフード付きの外套を広げて貴族の挨拶を送る。それでも大男はまだ半信半疑といった顔で、じろじろとこちらを睨め回す。
「それで、あなたのお名前は?」
「ザールだ。戦鎚のザールと呼んでくれたらいい」
割と素直にそう答えて、ザールはオハラの方へと目を向ける。
「それで、あんたが調査隊の隊長だな。悪いが、腰に提げてるもんはここで預からせてもらえるか」
まあそれも仕方ないだろう。ここは彼らのホームで、これから彼らの首領に面会するわけだから、武装を解除させられるのも当然だった。
「すまねぇな。ただ俺たちとしても、物騒なもん提げたやつを親父のとこまで連れてくわけにゃいかねえんだ」
本当に申し訳なさそうな顔をして、大男はそう念押しした。こんな風体でも、案外気の小さい男なのかもしれない。ウォレンもオハラのことは一目置いていることは聞かされているだろうし、下手にやり合えば勝ち目はないと気後れしているのか。
「大丈夫よ。いざというときは、わたしが何か顕現してあげるから」
「そうでしたね。では、いざというときはお願いします」
オハラは笑ってそう頷くと、剣を抜いてザールに渡そうとした。しかしそのとき、ひび割れた声が広い空間に響き渡った。
「必要ねぇよ、ザール。そのまま通してやれ!」
大男がびくりと体を震わせて振り返ると、その視線の先に男が立っていた。間違いなく、あの夜兄の部屋で会った疵面。マーカス・ウォレンだった。
「言ってあっただろうが。そこのお嬢さまはチョチョイと呪文を唱えりゃ、剣でも弓でも好きなもんを顕現させられるんだ。いちいち剣取り上げても意味ねえよ」
実のところまだ刃のついた剣を顕現させることはできずにいるのだが、それは黙っていた。わざわざこちらの弱味を教えてやる必要もないだろう。
「お、親父……それでも」
「それとも何か、剣を持たせたら俺がそいつに遅れを取るとでも思ってるのかぁ?」
その言葉に、ザールは言葉を詰まらせた。その様子を見ていたオハラは鞘ごと腰から抜いて、剣を彼に押し付ける。ここまで自信を見せつけられたら、こちらも相応の態度を返さなければならない。
「構わない。預かっていてくれ」
そんな彼を見て、ウォレンもふんと鼻を鳴らした。




