表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捜索×令嬢  作者: 神木 有
転生したら公爵令嬢でしたが、元刑事なので殺人現場に乗り込みます!
26/26

21

 目を覚ますと、窓の外はすっかり暗くなっていた。いったいどのくらい意識を失っていたのか。また五日も六日も経っていたらどうしようと思い、部屋の中に誰かいないかと目を巡らせる。

「目を覚ましたか。治癒師が言った通りだったな」

 ぶっきらぼうにそう言う声が聞こえた。振り向くと、暗がりの中に立っていたのはアンジュだった。目を凝らして見ても、彼女の他には誰の姿も見えない。

「わたしはどれくらい眠ってた?」

「いいとこ四、五時間ってとこじゃねえか。騎士団の連中もさっきまで起きるの待ってたが、諦めて帰ったとこだ……ところです」

 どうやら今回はそこまで長いこと眠りこけていたわけではないようで、ほっと安堵した。

「だからわたしの前では普段通りに喋ってくれていいって。こっちもその方が気楽だし」

「そうかい。じゃあそうさせてもらうよ」

 口調は砕けてはいたが、決して険はなかった。むしろ朝の顔合わせのときより表情も和らいで見えた。まあそれは、今は怖いお目付役がいないからかもしれないが。

 ただ、そうした表情を見ると思った以上に年若く見える。朝に顔合わせしたときは十七、八と見たが、もしかしたらもう少し下かもしれない。あるいは朝は舐められまいと肩肘を張って、あんな振る舞いをしていたのかも。

 そしてそんな彼女に対して、わたしが悪い印象を抱かない理由にも思い至った。そう、わたしは彼女によく似た少女を知っているのだ。あれはそう、強行班係に配属される前。まだ少年課にいた頃に担当した薬物事案で関わり合った少女だった。

 本庁の銃器薬物対策課が主導した大規模な半グレグループの摘発で、確保されたひとりだった。まだ十六歳で、しかもわたしが二度ほど補導したこともあった少女だったので、特別に薬物銃器対策課(ヤクタイ)に呼ばれて取り調べを行ったのだ。そのときの彼女は過去に補導した際の生意気な態度はすっかりなく、本気で怯えてグループから抜けたがっていた。それでわたしも親身になって相談に乗り、色々アドバイスも試みたのを覚えている。

 その後数年経って強行班係に異動したのち、彼女から一度だけ年賀状が来た。宛先は署だったが、そこに名前も書いてあったのでわたし宛だったのだろう。葉書には可愛らしい文字で、保護観察期間が無事終わったことと美容師の専門学校に通いはじめたことが書かれていた。

 あの子の名は何と言ったっけ。ひょっとしたら一度死んだことによる弊害だろうか、すぐにはその名を思い出せなかった。けれどアンジュの打ち解けたような表情に、ふとその面影が重なるのだ。

「ところで隊長さんは大丈夫だったかな。マリーに怒られてなかった?」

「まあ、あんたのことをずいぶん心配はしていたが、怒られてはなかったぞ。あのメイドも、あんたが自分でやりたいって言ったことだってな」

 実際、その通りだった。オハラにはむしろ正面から勝負してくれたことに感謝している。もちろんまだ、あれでも決して本気ではなかったのだろうが。

「それにしても、やるじゃないか。あの騎士団のお偉方から一本取るなんて。あれが確か、英雄様とか言われてるやつだろ?」

「あなたも見ていたの?」

「ああ、もちろん物陰に隠れながらだけどな」

 彼女の顔を知っている騎士団員がいるとしてもせいぜ一部だろうが、それでも危ない橋を渡るものだ。それほどまで見たかったのかと思うと、少し気恥ずかしい。

「あんたもただの箱入りお嬢さまってわけじゃなさそうだ。確かあのオハラって男のことは、親父も『兄弟(ブロス)』のみんなも一目置いてた。もしかしたら剣の腕でも親父と互角なんじゃねえかってな」

 アンジュが親父と呼ぶのは、当然あのマーカス・ウォレンのことだろう。なるほど、彼女にとってはあのならず者集団が家族なのだ。

「で、何か約束をしたとか言ってたな。それを使って、あいつを親父に会わせるのか?」

「まあ、そのつもりだったんだけどね……」

 兄からの依頼、その実命令であるオハラとウォレンの会見。彼との立合いであれだけ無茶をしたのも、すべてはそれを了解させるためだった。けれどなぜだろう、今となってはすっかりその気も萎えてしまっている。

 それはやはり、オハラが想像していた以上に強かったからかもしれない。それも単なる膂力に頼った腕自慢でもなく、地道な鍛錬を日々積み重ねてきた末に得た強さだということも伝わってきた。実際に手合わせをしたあとでは、素直な尊敬の念を覚えている。

 それだけに、不誠実なことはしたくないという思いがある。彼に公爵家への助力を請うなら、小細工なしに正面から請わなければ。ハメ技を重ねた結果得た「ご褒美」でそれを願うなど、彼に対する裏切りのような気さえするのだった。

「今のところは、少し待ってちょうだい。こういうのは順序があるのよ」

「……そうかい」

 アンジュはさして興味もなさそうに頷くと、気怠げな足取りで窓辺へ歩み寄っていった。

「じゃあ、親父にはそう伝えておくよ」

 そういえば彼女は連絡役だと聞いていたが、どのような方法でウォレンと連絡を取るのだろうか。そう訝っていると、彼女は黙って窓を開けて胸の前で手を重ねた。そうして小声で詠唱をはじめる。

「小さきもの、小さきもの。汝の名はいのち。短きいのち。かりそめのいのち」

 それは魔術の詠唱というより童謡を歌うかのようだった。窓からはほのかな月明かりが差し込み、目を閉じた彼女の姿を照らし出す。

「小さきもの、小さきもの。駆けてゆけ、飛んでゆけ。短きいのちが果てるまで。かりそめのいのちのかぎり。召喚魔術(サピーナ)小夜啼鳥(ナイチンゲール)

 そこまで唱えたところで、アンジュの合わせた手が青白く光り、そこに一羽の鳥が現れた。ちょうど両掌に収まるくらいの、青い翼の小鳥。彼女はそれを窓の外に放つと、小鳥は翼を広げて夜空を飛び去って行った。

 今のが彼女の魔術なのだろう。召喚魔術。ある意味わたしの顕現魔術と似ているのかもしれない。呼び出すものが生物か無生物かの違いだけで。

「それが、連絡方法ってわけ?」

「ああ。あまり大きな動物は呼べないけどな。鳥だけじゃなくて、ネズミとか蜘蛛でもできる。まあ、状況によって最適を選べるってとこだな」

「でも、どうやって細かいことを伝えるの。今の鳥には何も持たせていなかったわよね?」

 伝書鳩であれば足に手紙を結んだりもできるだろう。でも、彼女はそういうことは何もしていなかった。

「ああ……うん、やってみるのが早いか」

 アンジュはそう言って、今度は宙を指差して詠唱をはじめた。

「短きいのちが果てるまで。かりそめのいのちのかぎり。召喚魔術(サピーナ):スワロウテイル」

 すると彼女の指先に、一羽の青い蝶が現れた。その蝶は悠然と羽ばたきながら、わたしの方へと飛んでくる。わたしも彼女を真似て宙に指を立てると、蝶はその指先に止まり、音もなく弾けて消えた。

 ああ、なるほど。魔力に情報を織り込むことができるのか。そして受け取った相手はそれを、すでに知っていたかのように「思い出す」ことができるというわけだ。しかしこれは……

「わかった?」

「ええ……すごい魔術ね、これは。便利であると同時に恐ろしいものだわ」

 わたしが素直にそう言うと、アンジュはきょとんとした表情を見せた。わたしが言ったことの意味が理解できなかったようだ。

「だってこの魔術は、送られた情報とすでに知っていたこととの区別がつかないじゃない。わたしは今、あなたから受け取ったことを知っていたからいいけれど、知らないうちに送られたらどうなるか。誤った情報を任意の相手に刷り込むことだってできるし、最悪洗脳にだって利用できてしまう」

 わたしがそこまで説明しても、彼女はただぱちぱちと目を瞬くだけだった。

「……そんな使い方、考えたこともなかった。あんたって、結構悪どいことも思いつくんだね」

 何だかわたしの方がよっぽど悪党であるかのような物言いだった。でもこれは警察官としてに性でもある。便利な技術や道具が世に出回れば、それを犯罪に悪用する者も必ず現れる。だからわたしたち警察官はそうしたものに触れれば、まずどのように悪用され得るかを考えるものだった。

 けれどそれを、今彼女に言ってしまったのは間違いだったかもしれない。まだ若い彼女がそこまで悪知恵が働かなかったのは自然だが、ウォレンや周囲のベテランたちなら当然思い付いているはずだ。あるいは彼らも、そこまでわかった上で彼女にそのような使い方をさせずに来たのかもしれなかった。ならばわざわざ、わたしが言葉にする必要はなかったかもしれない。

「そんなことはいいわ。ただ、すごい魔術だって思っただけだから」

 わたしがそう言うと、アンジュは自慢げにふふんと華を鳴らした。その単純さはとても好ましい。

「でも、正直なところあなたはどう思ってるの。マーカス……あなたの『親父』さんが公爵家に協力することを」

 ウォレン自身には、わたしの父である公爵に対して個人的な感情があるようだ。けれど他のメンバーたちには何に義理もないはず。公爵家やこの街がどうなろうと知ったこっちゃないと思っていてもおかしくはなかった。

「あたしたちは兄弟(ブロス)、つまりは家族だぜ。親父がそうすると言うなら従うさ」

 けれどわたしの疑念などどこ吹く風というように、アンジュはきっぱりと答えた。どうやら彼らは彼らで、ウォレンへの信頼のもとに強く結束しているようだ。

「それにこんなクソみたいな街でも、兄弟(ブロス)にとっちゃ大事な縄張り(シマ)だからな。フィールズの連中になんざ好きにはさせねえ」

「そのためには、騎士団と組むことだって許容すると?」

 そう重ねて訊くと、彼女は初めて表情を曇らせて、「ん……ん〜〜」と言い淀んだ。それから大きくため息をつくと、諦めたような口調で続ける。

「もちろん騎士団の連中なんてクソだ。あんな奴らを信じる気はねえよ。でもあのオハラって男のことだけは、親父も一目置いてるみたいでさ」

「おかしな話ね。盗賊の頭が騎士団調査隊の隊長を……まさに天敵同士じゃない」

 それとも、だからこそなのか。立場は違えどそれぞれの組織の長同士。何か通じ合うものがあるとでも。

「もちろん、だからと言って単純に信用してるわけじゃないだろうけどな。でもいい機会だから、どんなやつか見極めたいとは思ってるみたいだ」

 それはあたしも。そう小声で言いかけて、彼女はその先を飲み込んだ。まるで何か、ウォレンだけじゃなく彼女自身もオハラに対して思うところがあるみたいに。けれどそこまで言葉にしなかった以上は、あえて問うことでもないだろう。

 今はただ、彼女が不満を抱えながら従っているのではないことがわかればそれでいい。わたしは安堵して、またベッドに体を横たえた。

「じゃあ、今夜はこのまま休ませてもらうわ。マリーには、夕食はいらないと伝えておいて」

「ああ、わかった。おやすみなさいませ、だ。お嬢さま」

 アンジュは最後に少しだけ丁寧な口調になってそう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ