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捜索×令嬢  作者: 神木 有
転生したら公爵令嬢でしたが、元刑事なので殺人現場に乗り込みます!
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 それからさらにふたりの隊員と立合った。さすがにふたりとも新人のビトーに比べれば手練れで気持ちよく一本とはいかなかったが、こちらも有効の一撃を入れさせることもなく立ち回り、十分なインパクトを残すことはできたと思う。

 隊員たちのわたしを見る目もいつの間にか変わり、どこか挑戦的な敵愾心すら感じられるものになっていた。と言ってもそれが不快なわけではなく、むしろ心地よくすらある。こういうぴりぴりと緊張した空気は好きだ。つまりは誰もが真剣ということなのだから。

 そうしていよいよ、オハラ隊長が剣を手にした。ただそれだけで、隊員たちから「おおっ」という声が上がる。本当にこの人は部下から尊敬されているんだなあと実感した。なるほど、『グレインディールの英雄』か。それに挑もうとしてるわたしは、さぞ無謀に思われているだろう。

「ありがとうございます、オハラ隊長。胸を借りるつもりでお相手させていただきますので、どうぞお手柔らかに」

 急に言葉遣いをあらためたのがおかしかったのか、彼は怪訝そうに眉をひそめた。それでもすぐに姿勢を正し、騎士らしく直立して礼を返してくれた。

「こちらこそ、ヴァイオレットお嬢さま。どうぞ遠慮なく」

 わたしもそれに倣い、胸の前で剣を立てて騎士式の敬礼をする。

「それで隊長。もしもわたしが貴方に勝ったら、ご褒美をいただけますか?」

「ご褒美、でございますか?」

「はい。そのときはひとつ、わたしのお願いを聞いてくださいませ」

 その目には、ありありと警戒心が浮かんでいる。どうせまたろくでもないことを言い出す気だなと思われているのだろう。それでもあくまで、わたしが勝てたらの話である。部下たちの手前、断るわけにもいくまい。

「ご安心ください、わたしと結婚してくださいとか、無理なことは言いませんから」

 隊員たちからどっと笑いが起こる。「いやいやこれはチャンスですよっ!」なんて野次までも。この隊長が四十過ぎてまだ独身であることは、どうやら調査隊の中でもずいぶんと心配されているらしい。

「わかりました、お受けいたしましょう。それを励みに、ご存分に剣を振るってくださいませ」

 オーケー条件は飲ませた。ひとまずはこれで第一関門は突破だ。

 もちろん、これが無謀のさらなる上塗りであることはわかってる。それでも兄からの無茶振りを叶えるにはこうするしかなかったのだ。彼らの天敵ともいえる『ウォレン兄弟(ブラザース)』。その頭目と共闘してくれなんて、正面から頼んでも断られるに決まってる。

 ただし、いまだハードルは高いままだった。はたしてこの人にどうやって勝つか。正攻法で行って勝機があるとは思えない。ならばまだ見せていない手に賭けるべきか。

「両者剣捧げっ!」

 号令がかかり、わたしたちは位置について再び礼を交わした。けれどまだ、作戦は頭の中で固まっていない。ひとまずは最初の一分を凌いで、オハラの剣がどういうものか観察させてもらうとしよう。

「寸止め一本勝負、始めっ!」

 勝負が始まった。わたしはこれまでと同じく、中段の剣を正眼に構える。対してオハラのほうは身体をわずかに斜にして、剣を持った片手を無造作に持ち上げただけだった。一見やる気なさげな所作ではあったが、断じてそうではない。いい感じに力が抜けているので、ここからどちらに動くのか読めない。結果、まったく隙のない構えとなっている。

 さすが、と声に出さずにつぶやいた。まずは左右に動きながら様子を見るかとも思ったが、下手に動けばそこを一気に噛みつかれそうな予感がする。だから動けない。

 周囲の空気が質量を増し、肩にのしかかってくるように感じた。わたしだけじゃなく見ている隊員たちも、息をするのも忘れてひとりの男を見つめている。しかしその中にあって当の本人だけはいつもと変わらぬ表情で、悠然とこちらに歩み寄ってくる。

 すでにオハラの間合いだった。後退して距離を作らないとやられる。そう分かっていても身動きが取れなかった。何してる、駄目だ動け。そう身体を叱咤してみても、まるで足が地面に縫い止められているかのようにぴくりともしない。

 オハラが小さくため息をついた。まるで「こんなものか」と失望するように。そして変わらず無造作な動きで、片手で木剣を振り下ろしてくる。わたしはどうにか腕だけ動かして、それを自分の剣で受け止めた。

 おちょくりでもするかのようにゆっくりとした動きだったのに、その一撃はひどく重かった。両足を踏ん張り、全身で返そうとしてるのに止められない。そのまま徐々に押し込まれる。まるで巨大な岩を小枝で支えようとしているみたいな無力感。

「勝負あり!」

 と、いう声が聞こえた。それでようやく、肩にかかっていた重圧が緩む。気が付いたらオハラの木剣の刃を模した部分が、こちらの剣ごと押し込んで、わたしの首筋に触れていた。これが真剣であったなら、わたしは何が何だかわからないまま首を落とされていたことだろう。まったく技術もくそもなく、ひたすら力づくだった。何て大人気ない。

「お嬢さまを本気で害そうとする者がいたら、必ずその体格差を生かそうとします」

 オハラは剣を引くと、低く落ち着いた声でそう言った。

「つまり、今のような力押しです。ならば決して、鍔迫り合いなどなさらぬように。徹頭徹尾距離を取り、手数で対抗する戦い方をお勧めします」

 それはわかっている。いや、戦う前からわかっていた。なのにできなかった。その佇まいに威圧され、プレッシャーに押し潰された。緒戦は手も足も出ない完敗だった。

「さて……どうされますか、お嬢さま」

 けれどわたしは、このくらいで引き下がるわけにはいかないのだった。そもそも、まだこの人から何も引き出していない。これで終わってしまっては、ろくに稽古にすらならない。

「……もう一本、お願いします」

「いいでしょう」

 わたしが折れていないのを見て取って、オハラは満足げに頷いた。そうして相変わらず悠然とした足取りで、開始位置に戻って行く。

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