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捜索×令嬢  作者: 神木 有
転生したら公爵令嬢でしたが、元刑事なので殺人現場に乗り込みます!
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 あらたまって見直してみても、ごくごくありふれた何の変哲もない倉庫だった。広さは奥行き二十メートル、幅十二、三メートルといったところか。天井までの高さは五メートルほど。壁は石積みの上から漆喰が塗られ、厚みは一メートル近くある。開口部は表の幅四メートルほどの搬入口と、人ひとり通れるほどの小さな通用口、そして奥にある例の小窓のみ。小窓は採光と換気用と思われるが、あまり役に立っているとも思えない。

 倉庫としてはかなり広い部類に入るようだが、その面積の三分の二ほどは積まれた木箱に占有されている。木箱の中身は騎士団に納める武具や防具のほか、一般向けの衣類や調度品、また少量ではあるが酒や煙草などの嗜好品も所蔵しているようだった。

 木箱のサイズはひとりで抱えられる小さなものから、数人がかりで運ぶ大きなものまでまちまち。それらがわずかな通り道を開けながら数列に並べて積まれている。そうして再奥に作業用として四メートル四方ほどのスペースが開けられている。今回現場となったのがそこだった。

「……さて、お嬢さま。この現場に出入りするにはどんな手が考えられますかね?」

「鍵はドニ氏が管理しているひとつだけだったのよね、確かに?」

「そうですな。モローは被害者からもうひとつの鍵を受け取ったと言っていましたが眉唾でしょう。ゴードンは雇い入れられて間もない運搬員でした。その程度の男に合鍵が作れるような杜撰な管理はされていないでしょう」

 その上鍵は犯行後に運河に捨てたとのことだ。凶器は捨てずに保持していたというのに。もしものちに誰かを犯人として出頭させることが既定路線だったのなら、鍵も同時に差し出したほうが説得力は増したはずだ。それができなかったということは、鍵など最初からなかったと考えるのが妥当だ。

「つまり鍵を使わずに、この倉庫に入るにはどうすればいいかということね」

 しかしそんな方法があるのかどうか。それがないから、鍵というものが防犯対策として有効なのだ。

「ワッツ魔検士によれば、、魔術の痕跡はまったくなかったのよね?」

 そう確認してみると、若い隊員のひとりがぴくりと顔を引き攣らせた。しかしそれも一瞬で、すぐに頷き返してくる。

「はい。ただまったくというのは語弊があって、事件とは無関係とみられる魔紋は幾つかあったようです。木箱の梱包の際に行使されたのであろう強化魔術や、運搬の際の浮遊魔術の痕跡などは……しかしいずれも四〜五日は経過していると思われ、ほとんど消えかかったものばかりでした」

 となると、あの現場で魔術が使われることはなかったと判断してよさそうだった。鍵も使わず、魔術も使わず。では犯人は、どうやってあの倉庫に入り、出て行ったのか。

 開口部は三つ。ひとつは通行不可能。残りふたつは施錠されていた。倉庫内にあったのは大量の木箱。

「……木箱。大きなものなら、人ひとり入れるわよね」

「入れるでしょうな。それがどうしましたか?」

「犯行当日の夕方、ドニ・ルヴァンが倉庫に施錠したときには、犯人はすでに中にいたとしたら。木箱の中に隠れ、息を潜めていたとしたら?」

 オハラは真顔でしばし考えたのち、また口を開いた。

「まあ、それは可能でしょうな。しかし出るときはどうします?」

「犯行を終えたのちも倉庫内に残り、再び鍵が開けられるのを待っていたのかも。わたしたちが倉庫の中に入ったときに、調査隊の隊員たちに紛れ込めば、堂々と表から逃げられるでしょう?」

「それはいくら何でも無理かと。まったく無関係の者が紛れ込めば、すぐに気付きますよ」

「オハラ隊長、あのときあなたが率いていた隊の人たちの顔を全員思い出せる?」

「それは当然……」と言いかけて、オハラは言葉を詰まらせた。そう、きっと彼はその自信がないはずだ。

「あの日あなたたちは、モルガン商会を襲った賊の残党狩りに駆り出されていた。騎士団総出でね。おそらく普段は現場に出ない他部署の人員も合わせた即席チームを組んでいたんじゃないかしら」

 それならたとえ事前に顔合わせはしていたとしても、いざ違う者が紛れ込んでいてもすぐには気付かれまい。こんな奴もいたかもしれない、と見逃してしまうこともあったはずだ。

 それにあの死体を発見した直後は、隊員たちも混乱していた。凄惨な現場を見て、表に飛び出して戻していた者も少なくなかった。ならその混乱に乗じて隊員に紛れ込み、顔を伏せて外へ出ていくことも不可能ではなかったはずだ。

「しかし騎士団なら制服と、揃いの鎧を身に着けていたはずです。そう、私以外は……」

「ねえ隊長さん。この倉庫に保管されていたものは何だか覚えてる?」

 そう問いかけると、すぐに彼も気付いたようだった。ルヴァン商会が扱っていたもの。衣料品や調度品。その中には、騎士団に納められる制服や軽装鎧、武具もあった。ならばそのうちのひと組を拝借して、騎士団員になりすますこともわけなかったはずだ。

「だが思い出してください、お嬢さま。あの日あのとき、我々が最初に現場に踏み込んだのは偶然です。本来であれば、ドニ・ルヴァンが最初に倉庫に入っていたはずでは?」

「そして死体を発見し、騎士団に通報していた。そうすれば、遅かれ早かれあなたたちがやって来る。それを待つのが、犯人の当初の計画だったんじゃないかしら。事件の展開が早まったのは、むしろ好都合だったのかも」

 そこでいよいよ反論のタネが尽きて、オハラは眉根を寄せたまま黙り込んだ。これが正答かどうかはわからないが、ひとまず一応の筋は通るはずだ。

「しかし……そうだとして」

 それまで黙っていた、左端の隊員が口を開いた。居並んだ隊員たちの中でもひときわ若く、まだそばかすの浮いた少年みたいな男の子だった。多分騎士団の中でも一番の若手だろう。

「ごめんなさい、あなたは……?」

「申し遅れました、ヴァイオレットお嬢さま。騎士団調査隊のユリアン・ビトーです。と言っても、騎士としてはまだ見習いですが」

 どこか自信なさげにビトーは名乗った。見習いとはいえオハラがこうして同席させているということは、目をかけている有望株なのだろう。なるほど顔立ちこそあどけないが、よく鍛えられているのかいい体格をしている。

「それで……あの倉庫には始終人の出入りがあるようですし、人目を盗んで木箱の中に隠れるなんて出来るでしょうか。わざわざおあつらえ向きに、人が入れる空きがあるものを探さなければなりませんし……」

 確かに彼の言うことももっともだ。そのような準備を手際よく済ませるには、ルヴァン商会の協力は不可欠だった。けれど被害者であり、このままでは容疑者に仕立てられそうな商会側が、そんな協力をするだろうか。となると。

「もしかして、最初から木箱に入ったまま運ばれてきたとか」

 わたしがそう言うと、彼はまだあどけない顔を崩して笑った。

「まさか、そんなことは……」

「訓練された兵士や暗殺者なら、丸一日くらいそうやって息を潜めていることは出来るでしょう。何か工具でも持っていれば、中から木箱を開けて外に出ることも出来るでしょうし」

「ですが領外からの品はすべて城門で中を検められるはずです。禁制品の密輸に関しては、グレインディール領は特に厳しいですから」

「それはすべての荷物を?」

「はい、そのはずです」

 ビトーは自信を持ってそう断言した。しかしそれを、オハラが低い声で「いや」と遮る。

「ひとつ、ある。検品されずに領内へ運び込まれる荷が」

 彼の表情はひどく険しく、そして陰鬱げだった。何かよほど考えたくない可能性に思い至ったようだった。

「それって……まさか」

「そうだ。騎士団特別行李(こうり)だ」

 彼の言葉に、部下たちの表情も一変した。どうやらその言葉の意味に気付かないのはわたしとマリーだけだったようだ。オハラはそんなわたしたちを見て、説明をはじめる。

「騎士団特別行李とは、王都の騎士団本部から各領の支部への特別便のことです。その荷は騎士団の管理下にありますので、城門での検品も行われません」

「それが、どうしてルヴァン商会の荷と一緒に運ばれているの?」

「さほどの量はないからですよ。多い時でもせいぜい、木箱が二つか三つというところです。それだけのために特別に荷馬車を雇っていては金がかかりすぎる。それで、各領ごとに縁のある商会に委託して荷を運んでもらっているのです。それがこのグレインディール領ではルヴァン商会というわけで」

「それで、ここに着いたあとはいったん商会に倉庫に運ばれる……?」

「そうですね。色々と手続きもありますので、形の上ではルヴァン商会の荷として倉庫まで運ばれます。それで後日、騎士団が受け取りに行くという段取りで」

 つまりその荷を偽装すれば、まったくのノーチェックで倉庫の中に入り込めるということだ。しかしだとすると……

「でも……それでは!」と、隊員のひとりが立ち上がって声を上げた。「この事件に、騎士団が深く関係しているということになりますよ!」

 オハラの険しい表情からは、驚きや衝撃は見て取れなかった。むしろ当たって欲しくない予想が当たってしまったというような沈痛さがあった。

「えっと、まだそうと決まったわけではないのでは……」場の空気を和らげようと、わたしはそう口を挟む。「城門の外で、誰かが荷物をすり替えたって可能性もあるでしょう?」

「特別行李の運搬には、騎士団員が必ずひとり随行することになっています」しかしオハラはすぐに反論してきた。「その随行員の目を盗んで荷をすり替えることは不可能かと。ただし、その者が買収されていたという可能性はありますが」

 そのときは騎士団ぐるみの関与ではなく、荷に同行した騎士団員ひとりの不祥事ということになる。とはいえ、そんな可能性は気休めにもならないほど低かった。

 それは今、彼らがここで捜査会議を開かなければならないことからもわかる。おそらく彼らには、この捜査を続けることも許されないような圧力があるのだ。そのことからしてすでに、騎士団上層部の関与は見えていた。

「でも、どうしてわざわざ、こんな手の込んだことをする必要があったんでしょう」

 と、ボールズが再び率直な疑問を口にした。

「被害者は何も特別なところのない、元ごろつきの人足ですよ。殺したい理由があったにしても、他にもいくらでもやりようがあったでしょう。何でこんな殺し方をしなくちゃいけなかったんでしょうか」

 その疑問ももっともだ。しかしその答えを出すには、まだ手がかりが少なすぎる。捜査はまだ、その端緒についたばかりだ。

「他にも、わからないことはいくつもある。まだ何もかも、わからないことだらけよ。それはこれからひとつずつ解き明かしていくしかない」

「その通りです」と、オハラがわたしの言葉を受けた。「それでも、突く相手はわかっていますが」

「ルヴァン商会とウォレン兄弟。今度はそこに、騎士団が加わったわけね。で、隊長さん。まずはどこを突ついていくつもり?」

 調査隊隊長は「……ふむ」と唸って腕を組んだ。両側に並んだ部下たちが、そんな彼を黙って注視する。

「騎士団上層部はあと回しだ。こちらの動きに気付けばさらに圧力がかかる恐れがある」

「ルヴァン商会に探りを入れても同じでしょうね」

 傍らのワッツがそう答える。

「今の話からして、騎士団と商会の繋がりは想像以上に深いようですから。迂闊に接触すれば、その動きは騎士団上層部に筒抜けになるでしょう」

 となれば、ターゲットはひとつだった。ウォレン兄弟。何しろ二十年近く跋扈し続ける町外れのならず者集団だ。調査隊としても、探りを入れる口実はいくらでもあるだろう。



 オハラたちを見送りに中庭まで出ると、「ここまでで結構です」と彼は言った。

「正門のあたりには人目もあるでしょうからね」

 とはいえその目も、さすがに屋敷の敷地内にまでは入ってこれないだろう。つまり彼らが安心して本音を明かせるのは、おそらくこの中だけなのだ。

「それでは、私たちはこれで。またご報告に上がらせていただけると嬉しく思います」

「ところで隊長さん、さっきの話だけど……」

 と言いかけると、食い気味に「駄目です」と遮られた。ウォレン兄弟への捜査、わたしも同行させてもらえないかと言ったのだけれど、やはり難しいようだ。マリーが顔を引き攣らせつつも黙っていたのは、彼がそう答えるのがわかっていたからだろう。

「マーカス・ウォレンは危険な男です。今はまだ公爵家に対して直接ことを起こしてはいませんが、それはあくまでも損得勘定に基づくものでしかありません。必要となればお嬢さまにも剣を振るうことも躊躇わないでしょう。ことによっては、公爵家そのものにも」

 それはわかっている。何しろマーカス・ウォレンは堕ちた英雄である。戦争で功績を上げながら、報われることなく山賊に身を(やつ)した男だ。公爵家に、さらには王国に対しても忠誠などなく、むしろ憎しみを抱いていてもおかしくはない。

「私どもとしましても、慎重の上に慎重を期してかからなければならない相手です。お嬢さまは決して関わることのないように」

「それはわかったけど……」と、わたしも渋々納得する。「でもこれじゃ、体良く利用された気がするのよね」

「このお礼は、いずれきちんとお返しさせていただきますよ」

 そう答えたオハラの口調は、何だか聞き分けのない子供をあしらうかのようで、やっぱりどこか気に入らない。だからわたしは彼との距離を一歩詰めると、声を落として言った。

「じゃあお願い。オハラ隊長、あなた剣の腕も相当なものなのでしょう。ならわたしに、剣の稽古をつけてくれないかしら」

 毎日の走り込みで、とりあえず体力も少しはついてきた。ならばそろそろ、次の段階に進むべきだと思っていたのだ。これでも元の世界では剣道の段位も持っていただけでなく、警棒を使っての逮捕術もそれなりに鍛錬を積んできた。それをこの体で取り戻すために、教師役が必要だったのだ。

 しかし魔導師の家系であるグレインディール公爵家には、剣術の教師がいなかった。衛兵の誰かに頼もうにも、彼らでは尻込みしてまともに打ち込んではくれないだろう。なら、この調査隊隊長はうってつけの相手だった。

「しかし、私などでは……」

 そう困惑したように口ごもるオハラに、わたしはなおも続けた。

「それは部下の皆さんと一緒で構わないわ。受けてくれたら、定期的にこの屋敷を訪れる口実になると思うけど?」

 今後も秘密裏に捜査会議を開ける場所を提供する代わりに、というわけだ。これは彼らにとっても魅力的な提案であるはずだ。もちろんわたしも、彼らから捜査の進捗を聞くことができる。

 オハラは苦々しげにわたしを睨みつけてくる。けれどこれについては断られはしない。そう確信していた。


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