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捜索×令嬢  作者: 神木 有
転生したら公爵令嬢でしたが、元刑事なので殺人現場に乗り込みます!
15/26

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 そしてこってり絞られた。

 わたしが連日外へと抜け出していることもとうとうバレたようで、屋敷では結構な騒ぎになっているらしい。そのおかげで警備が強化され、朝のランニングも禁止こそされなかったものの、メイドの誰かしらが必ず付き添いにつくことになった。目を付けていた脱出ポイントにはそれぞれ見張りが立っており、当分の間は街に出るのも難しそうだった。例の事件の謎を追うのも、この世界のことを知るのも、しばらくはお預けということだ。

 となれば、屋敷の中でできることを探すしかなかった。そこでまずは、屋敷の書庫で歴史書を探すことにした。歴史といってもそう昔のものではない。二十年ほど前に終わったという、戦争とやらについての情報を仕入れたかったのだ。

 元は戦地における偵察が主任務であったというオハラたち騎士団調査隊。元軍人たちが組織した『ウォレン兄弟(ブラザース)』という犯罪グループ。彼らを理解するためにも、二十年前に終わったらしい戦争のことをよく知る必要があった。特に『ウォレン兄弟』の首領であるマーカス・ウォレンという男は、軍においても高位の指揮官であり、数々の武勲をあげた英雄であったともいう。そんな男が、どうして山賊にまで堕ちてしまったのか。その鍵はやはり、戦争とその処理にあるとしか思えなかった。

 しかし書庫での調査に数日を費やしても、結果は正直言って期待外れだった。戦争についての記録もあるにはあったが、呆れるほどにざっくりとしたものでしかなかったからだ。わかったのは以前百年にわたって、ここ『王国』は国境を接する東の『帝国』との間で戦争をしていたこと。しかし長い戦いに飽いたのか、二十年ほど前に和睦して停戦したこと。それだけだ。戦争が始まったそもそもの理由も、また和睦した理由さえも不明だった。

 領主である公爵家の書庫でこれである。他の場所ならもっと詳細な記録が残っているとも期待できないだろう。

「何だろう……不自然だな」

 書庫にはそれこそ数え切れないほどの本があり、公爵家の系譜や代々の当主が残した功績などは仔細に記録されている。また領内の産業や近隣の村々との交易、また自然や気候についての記述も充実していた。つまり長い歴史においては最近であるはずの、二十年前の戦争についてだけ記録が乏しいのだ。これではまるで、意図的にそれだけ記録に残さないようにしているかのようで、どうしても違和感を感じずにはいられなかった。

「よろしいでしょうか、お嬢さま」

 声に振り返ると、マリーが書庫の扉の前に立っていた。今日は特に予定はないはずだったが、何だろうか。

「どうしたの。心配しなくても真面目に勉強してるわよ。逃げたりしないって」

「いえ、そうではなく……」

 まあさんざん目を盗んで屋敷を抜け出していたのだから、信用がないのはわかってる。しばらくはこうして監視されるのも仕方なかった。

「じゃあ何かしら。お昼にはまだ早いと思うけど」

 マリーは足音も立てずに歩み寄ってきた。そうしてわたしの傍に立って身を屈め、声を落として言った。

「お嬢さまにお客さまでございます」

「客。わたしに?」

「はい、オハラ隊長ほか騎士団調査隊の皆さまです」

 驚きと、少しの嫌な予感。いよいよ苦情かな、と身構えてしまう。



 応接室に入ると、オハラたちは一斉に立ち上がり、騎士団式の敬礼でわたしを出迎えた。そこは前回の訪問と同じ。けれど今日はいくらか人数が少なかった。オハラのほかには顔は知っているが名前までは知らない彼の部下たちが四、五人といったところだ。

「お勤めご苦労さまです」わたしも精一杯公爵令嬢らしい礼で応える。「どうぞお掛けください。それで、今日はどのようなご用件で?」

「まずはご報告を」

 オハラはそう前置きして、ひとつ咳払いをした。

「先日、確保にご協力いただきましたエンリコ・サパタについての取り調べが終わりまして、査問官へと送られました。けれど特に余罪もなかったようですので、さほど重い刑にはならないものと思われます」

「エンリコ・サパタ。わたしが協力というと、あのときの子のことかしら」

「はい。お嬢さまが発見された十四歳の逃亡犯のことです」

 やはりそうか。確かにあのときオハラも、せいぜい半年ほどの強制労働に落ち着くだろうと言っていた。しかしそれで読み書きや計算も身に付ける契機になるのなら、本人にとっても良いことなのかもしれない。

「では、そのことをわざわざ知らせに来てくれたと?」

「はい。あの少年のことは、お嬢さまも気にかけていらっしゃったようなので」

 それはありがたいのだが、それなら手紙か何かで知らせてくれればそれでよかったものを。わざわざ部下たちを連れて訪問する必要もなかったろうに。

「それにしても、ずいぶん早いのね。賊の残党はまだ残っているのだから、あの子から聞き出すこともあるはずでは?」

「正直、あのガキんちょから聞き出せることなどたかが知れているんで。身軽さを買われて斥候役を任せてはいたようですが、都合が悪けりゃいつでも切り捨てられる駒でしかなかったのでしょう」

 オハラの物言いは突き放したようで冷たいが、口調はむしろ優しげだった。

「ガルシアたち幹部級は、おそらく『フィールズ一家(ファミリア)』に守られています。やつらが用意した隠れ家に匿われて、折を見て領外へと脱出させる腹でしょう。だがあのガキは保護されることもなく見捨てられたってわけで」

「でも、おかげであの子は悪い連中から切り離せるってことね?」

「その通りです、お嬢さま。あいつのほうもここまでこっ(ぴど)く見捨てられりゃあ、もう仲間の元に戻る気にもなれないでしょう」

 そう考えると、まだ引き返せるうちにこうなったことは彼にとっても幸運だったのかもしれない。取り返しのつかない悪事に手を染めてからでは手遅れだったはずだから。

「それと昨日お問い合わせのありました、ドニ・ルヴァン氏への事情聴取の件ですが、どうやら難しそうです」

「やっぱり……それは捜査がもうあなたたち調査隊の手から離れているから?」

「それだけではありません。審問官たちもまた、かの者への再聴取ができずにいるようです」

 ドニ・ルヴァンは会頭の弟であると同時に実務を取り仕切る番頭のような存在で、今回の事件においても重要人物である。検察官のようなものである審問官たちだって、事件の全体像をつかむために追加の聴取を行いたかったのだろう。

「それはいったいどういう理由で?」

「ドニ氏の体調不良が理由とのことです。実際、一昨日から商会のほうにも顔を出していないとか」

「怪しいわね。商会は彼を隠してるとか」

「あり得ますな。ボロを出さないよう、どこかに押し込めているのかもしれません」

 わたしは驚いてオハラの顔を見つめた。今日の彼は、ずいぶんと踏み込んだことを平気で言う。いったいどのような心境の変化か。

「お嬢さまは、ドニ氏を犯人と疑っているわけではないとおっしゃられていましたね」

「ええ。それは考えられない」

「そう考えられる理由を伺ってもよろしいですか?」

「もちろん。理由は単純、あの殺人現場が密室だったからよ」

 あのサパタという身軽な少年がいなければ、またウォレンが身代わりの犯人を立てなければ、この事件はほぼ完全な密室殺人として誰もが謎に頭を悩ませていたはずだ。そして唯一現場に出入りする手段を持っていたドニ・ルヴァンが第一容疑者となっていた。もし彼が本当に犯人なら、わざわざ自分が疑われるような工作をするわけがない。

 それを説明すると、オハラも納得したように頷いた。

「なるほど。では次の容疑者はマーカス・ウォレンですかね。あるいは『ウォレン兄弟』の幹部か。身代わりの犯人を立ててまで守ろうとするわけですから、相当に重要な人物でしょうな」

「どうかしらね。それもいまいちしっくり来ないわ」

 わたしがそう異議を唱えると、オハラはさして意外そうな様子もなく「はて、それはどうしてでしょう?」と尋ねてくる。

「その理由も似たようなものよ。もしも彼らが犯人なら、現場を密室に整えたのも彼らということになる。ならどうしてわざわざ身代わりを出頭させてそれを台無しにしたの。放っておけばドニ・ルヴァンに全部なすりつけられるのに」

「……ふむ」

 と、オハラは思案を巡らすように黙り込んだ。それを見て、隣にいた若い部下が助け舟を出すように尋ねてくる。

「ではお嬢さまは、いったい誰が犯人だと考えていらっしゃるんですか?」

 さて、そう正面切って尋ねられるとわたしも考え込んでしまう。今の段階ではまだ答えようがないからだ。

「材料が少ない……かな。正直、まだ見当もつかない。ドニ・ルヴァン氏から何か手がかりになりそうなことを聞けないかと思ったけど、それも難しいってなると……」

「なるほど。では次に、何をすべきとお嬢さまは考えられますか?」

 まるで畳み掛けるように、そう質問を重ねてくる。やっぱり今日はずいぶんと様子が違う。オハラこそはいつも通りの表情だが、他の隊員たちからはどことなく張り詰めた空気が感じられる。

「何か、妙に乗り気じゃない。あの事件の捜査はもう終わったんじゃなかったっけ?」

「あー……いや、それは……」

 わたしが訊くと、若い隊員は何だかバツ悪そうに目を逸らした。まあ何があったにせよ、それを真正面から訊いてみても答えは返ってこないだろう。

 そう思って、問いの答えに頭を巡らせた。ドニ・ルヴァンからの聴取ができないとなると、次はどこから斬り込むか。いっそ『ウォレン兄弟』、マーカス・ウォレンのもとに乗り込むとか。いや、それはまだ早い。今の段階で乗り込んだところで、いいようにあしらわれて終わりだ。ならばどうする。

「この事件がどうにも摑みどころないのは、本来の形から捻じ曲げられてしまってるから」

 オハラがぴくりと片眉を上げた。結論から早く言え、とばかりに。そんなに急かないでっての。

「だったら今一度、本来の形に戻す必要があるんじゃないかな。この事件は本来どうなるはずだったのか」

 もしもあのサパタという少年が超人的な身のこなしで倉庫に忍び込まなかったら。もしもモローという男が犯人として出頭してこなかったら。

「密室殺人、ですか」

「そう。だからまず、その密室の謎を解こうかと思う」

 もちろんこの人たちが密室になんて興味がないのはわかってる。今更何を言い出すのかと呆れているかもしれない。けれどこの事件は、いったんそこまで戻ってからやり直さないといけないだろうと思っていた。

「もし興味がないなら、わたしひとりで少し考えてみるつもりだけど……」

 しかしそう言いかけたところで、オハラが端の席に座っていた部下に目で合図を送った。端の席の男は頷いて立ち上がり、自分の荷物の中から巻かれた大きな紙を取り出して、テーブルの上に広げた。

「これは……?」

「見ての通り、現場となったルヴァン商会の倉庫の図面です」

 とは言っても、それはただの図面ではなかった。彼らによって当日の木箱の配置や被害者が倒れていた場所、また各種遺留品の内容など現場検証の結果が描き込まれている。おそらくは今日までこの図を囲んで、彼らは捜査会議を繰り返してきたのだろう。

「こんな大事なもの、わたしに見せて大丈夫なの?」

「問題ありませんな」と、オハラはしれっと答えた。「何せ、もう終わった捜査ですから」

 そこでようやく、オハラの魂胆がわかった。つまり彼は屯所ではなく、ここで捜査会議を開くつもりなのだ。おそらく屯所ではそれができない何らかの事情があるのだろう。彼の言ったように「終わった捜査」を続けることを面白く思わない一派でもいるのか。

「公爵令嬢であるわたしをダシに使うとは、いい度胸ね」

「お嬢さまも興味がおありのようでしたので。ご迷惑でしたかな?」

 いやまあわたしは良くても……と、マリーに目をやった。しかし彼女もどこか諦めたようにため息をつき、「構いませんよ」と答えてくる。

「私どもの目を盗んで屋敷を抜け出したりしない限りは、お嬢さまはお嬢さまのなさりたいようになさってください。ただしその場には必ずこのマリーも立ち会わせていただきます。よろしいですね?」

 先日現場検証を見学したいと言ったときも反対されなかったし、この事件に関わること自体は彼女たちとしても問題ないらしかった。ならばもう、遠慮する必要もない。

『よくあることだ。飲み込め』

 いつか聞いた声が、また耳に蘇ってきた。それとともに、胸に苦いものがせり上がってくる。そう、これはわたしにとってもリベンジマッチなのだ。

 目を閉じ、深く息を吸い込む。そうしてゆっくりとまぶたを開き、テーブルの上に広げられた図に向き合った。

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