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捜索×令嬢  作者: 神木 有
転生したら公爵令嬢でしたが、元刑事なので殺人現場に乗り込みます!
11/26

6

 翌日再び騎士団の屯所を訪れると、門兵は飛び上がらんばかりに驚いて駆け出し、すぐに調査隊全員が整列して出迎えてくれた。もう隠す必要がなくなったので今回は屋敷内の普段着で来たのだが、やっぱり前と同じく作業着で来たほうがよかったのかもしれない。いやそういう問題じゃないか。

 隊列の先頭には引きつった顔のオハラ隊長の姿があった。辛うじて愛想笑いは浮かべているものの、内心では「何しに来やがったこのクソガキ」と思っているのが丸わかりだった。そうした率直さはむしろ好ましくはあったが、前の世界の警察にあたる騎士団調査隊の現場トップがそんな素直に顔に出して大丈夫かと不安にもなる。

「昨日の件につきましては、後日王国騎士団のほうより正式にご挨拶に伺わせていただく予定で……」

「謝罪なんて必要ありませんと昨日も申し上げましたよ。あなたがたはあなたがたの仕事をしただけなのですから」

「では、今日はいったいどのようなご用件で?」

「昨日の事件、現場の検証は終わってしまいましたか?」

「いや、今も引き続き検証を続けております。ことによっては王都より専門の魔導検査士(まどうけんさし)を呼び寄せる必要もあるかもしれず……」

 オハラはなおも引きつった笑みを浮かべたまま、けれど言外に「そうだよこっちは忙しいんだよ邪魔すんな」という意味を含ませながら答えてくる。ところでその魔導検査士とやらはいったいどんなことをするのだろう。興味は尽きない。

「ではそれを見学させていただけますか?」

「はい?」

「ですから、皆さんのお仕事を見学させていただきたいのです。決してお邪魔はいたしませんので」

 オハラはしばらく言葉に詰まったあとで、助けを求めるようにわたしの傍らに立つマリーへ目を向けた。しかしそのマリーもすでに説得済みだ。

「お嬢さまが市井(しせい)の活動にご興味を……ご成長なされて、マリーは嬉しゅうございます」

 彼女は目頭を押さえながら、涙声で答える。いやこの程度でそんなに感激してくれるなんて、本当のヴァイオレット嬢はいったいどんな子だったのだろう。深窓の令嬢よろしく、屋敷の外などまるで興味も持たずに暮らしていたのか。

 そんな彼女の様子に、オハラは諦めたようにがっくりと肩を落とした。何、こちらは本当にただ、騎士団の捜査を見せてもらいたいだけだ。邪魔をしないという言葉にも嘘はない。

「わかりました」と、オハラは大げさに手を広げて頭を下げた。「ではお嬢さま、現場へとご案内いたします」



 殺人現場である倉庫は、当然のことながらいまだ封鎖されたままだった。しかし昨日は閉まっていた大きな搬入口も今日は開け放たれており、多くの捜査員たちが忙しげに行き交っている。

 ロープを張られた内側はまさに昨日のままで保存されていた。壁に飛び散った血も黒ずんではいたがそのままで、被害者が倒れていた場所と少年が座り込んでいたところには目印が置かれている。

 スケッチブックのようなものを抱えて筆を走らせているのは記録係か。どうやらこの世界にはまだ写真というものはないらしく、すべてをスケッチで記録しているようだ。

 そして部屋の隅には法衣姿の男が立ち、虚空をじっと見つめている。何をしているのかはわからないが、その表情はひどく真剣で、決してサボっているわけではなさそうだった。

 あの人は何をしているのだろう。不思議には思ったが、近くに尋ねられる相手もいなかった。なので仕方なく、捜査員たちにきびきびと指示を送っているオハラに目を戻した。昨日わたしに相対していたときとは違い、厳しい表情で威厳すら漂わせている。なるほど、優秀な指揮官であることは確かなようだ。

 しかしひと通り指示を終えると、わたしたちの傍らにやってきて柔らかな笑みを浮かべる。しかしまあ、見るからに外向けに作った表情だ。

「このようなものを見て面白いですかな?」

「興味深いです。皆さん、非常に手慣れていて優秀な方ばかりなのがわかります」

 心からそう言ったのだが、オハラの作り笑いは崩れなかった。

「それで、犯人の目星はもうついているのですか?」

「さあ、それはまだ。今は被害者の経歴を洗っているところです。このような事件の捜査は、焦らず確実に積み重ねていくことが大事ですので」

 それはよくわかっている。もしも事件現場を見ただけで類推できることがあっても、そんなことほど疑うのが捜査というものだ。先入観は往々にして大きな間違いに繋がる。自明なことでも先走らず、確実な証拠のみを積み上げて行くのだ。この隊長さんについても今の時点で軽率なことを言うようなら評価を下げているところだったが、ひとまずは合格だ。

「わたしたちのことはお構いなく。お忙しいのでしょう?」

「いえ。必要な指示さえすれば、他に私にすることなどありませんので。あとは優秀な部下がやってくれます。(おさ)の仕事というものは、何かあったときに責任を取ることだけですから」

「何かあったとき?」

「ええ。たとえば視察に来られたお偉方に、何か粗相(そそう)があったときなどに」

 つまりわたしたちに対して部下が何か失礼なことをしないように目を光らせているということか。しかしそう言いつつ、わたしたちが何かしないよう見張っているというのが本当のところだろう。

「ところで、昨日現場を見ていて思ったことなのですが……」

「はい、何でございやしょう」

 口調が少し崩れてきた。体裁を取り繕うのはあまり得意ではないようだ。

「昨日はもっとざっくばらんに相手してくれたでしょう。そろそろ普通に話さない?」

「そういうわけにもいかねぇ」

 オハラはぼそり、と独り言のように答えた。そう言いつつ、もうすっかり昨日と同じ口調だったが。

「どうして。当の公爵家のわたしがいいと言ってるのに」

「お嬢さまはご存知ではないかもしれないが、グレインディール騎士団はあくまで王国騎士団の支部でしかなくてな……ないのですよ。だからここの公爵家に仕えているわけではないわけで」

 だったらなおさら、わたしに(へりくだ)る必要もなさそうなものだが。そうは思ったが、貴族社会というのもそう単純ではないらしい。

「現在の総騎士団長は伯爵。つまり王国騎士団そのものが、お嬢さまのお父上より格下なのです。なのでもし我々がお嬢さまに失礼があったと知られれば、騎士団そのものが罰を受け、我々は内部でその責任を取ることになるわけで」

 言ってみればその王国騎士団というのが本庁、そして彼らは所轄というわけか。そうすると公爵家はいわば自治体で、(ないがし)ろにすれば警察庁全体の問題となるのだろう。

「何だか面倒くさいのね」

 わたしがそう言うと、オハラが愛想笑いのまま眉をピクつかせた。面倒くさいなら来るな、と言いたいのはわかったが、その心の声は聞こえなかったことにしておく。

「で、昨日現場を見ていて何にお気付きになられたんでしょう?」

「そうだった。この倉庫って表の入り口は、正門も通用口も鍵がかかっていたわよね」

「ええ、そうでしたね」

「それ以外に、この倉庫に出入口はなかったの。あそこの小窓の他に?」

「ありませんな。表のふたつが、この倉庫の出入口のすべてです」

「では犯人は、どうやってここから外に出たの?」

 つまりこの殺人現場は、ほぼ密室となっていたわけだ。犯人がここの鍵を持ってでもいない限り、被害者を殺して外へ出て施錠することなどできない。

 そう気づくと同時に、また昨日と同じ苛立ちがチリリと胸に走った。思い出せそうで思い出せない、漠然とした既視感。この状況もそうだ。

 何かがある。わたしは確かに、これと同じような事件を経験している。けれどそれが思い出せない。もしかしたら、わたしが一度死んだからか。その際に、わたしは能島紫であった頃の記憶の一部を失いでもしたのだろうか。

「ここの鍵は、ルヴァン商会にあるものの他にいくつあったの?」

「ありません。なので、鍵はひとつだけですな。商会の副会頭がそれを管理していて、簡単には他人に貸さないようにしているとのことで。昨日、鍵を開けに来た男がそうです」

 あのときの年配の男のことだろう。なるほど商会の倉庫ともなれば、賊にも狙われやすい。鍵も厳重に管理しなければならない。

「では、被害者も持っていなかった?」

「そうですな。雇い入れてひと月も経たない運搬員に鍵を貸すほど、迂闊な商会ではないようです」

「では犯人どころか被害者も、どうやってここに入ったのかわからないということ?」

 奇妙な話になってきた。となると、あの少年の立場がまた難しいことになってくる。この状況では、現場に出入りできたのは彼のようにあの小窓を通れる小柄で身軽な者だけだ。オハラは昨日ああ言っていたが、どうしても疑わずにはいられなくなってくるかもしれない。

「でもそうか、何かの魔術でも使えば密室なんてどうとでもなるのかな」

「それを今調べさせております。今のところ、犯行のために魔術が使われた痕跡は見当たらないようですが」

「痕跡?」

 わたしがそう訝ると、オハラはわずかに目を見開いた。けれどすぐに、納得するように小さく頷く。

「ああ……そのお歳では、魔術に目覚められてまだ日が浅いのでしょうな。ならご存知なくても無理はありません。魔術というものは、行使すれば必ず痕跡が残るものなのです」

「その痕跡というのは、どういうものなの?」

 わたしが尋ねると、彼は手を上げて部下のひとりを呼び寄せた。それはさっき真剣な表情で虚空を見つめていた法衣の男だった。

「この者はうちでただひとりの魔導検査士です……魔検士(まけんし)なんて呼ぶときもありますがね。名前はワッツ」

「エドガー・ワッツと申します」

 オハラに紹介され、法衣の男はそう名乗って頭を下げた。

「魔検士は自身の魔力は弱いものの、魔力の探知に優れております。それで、魔術の行使に伴う魔力の残滓を探るのです」

「魔力の残滓……それはどんな風にわかるものなの?」

 わたしが重ねて尋ねると、オハラとワッツは目を見合わせて、小さく頷き合った。そうしてわたしに向き直り、「では、こちらに来ていただけますか?」と倉庫の外を指差す。

 そうして案内されたのは、昨日わたしがこじ開けようとした通用口だった。その周囲もロープで囲われ、地面に何か白い粉のようなものが撒かれている。

「ご覧ください。これがおわかりになりますか?」

 薄く満遍なく撒かれた白い粉の一部、ワッツが示したところに、指で掃いたような細い筋が入っていた。それをよく見ると、確かに紋様のようなものが浮かび上がっている。

「これが、さっき言ってた魔力の残滓ってやつ?」

「はい。魔術が行使された痕跡です。我々はこれを、魔紋(まもん)と呼んでいます」

 浮かび上がった文様は幾何学的な記号を並べたようであり、それでいて不規則で有機的。なるほど、ファンタジー映画でよく見る魔法陣の一部を切り取ってまっすぐ並べたみたいにも見える。

「魔紋は同じものはふたつないと言われています。つまりこれを解析することで、魔術の行使者を特定することができるわけです」

 それは指紋と同じだった。つまり魔術を犯罪に利用する者がいても、あとから現場を見て犯人を特定することもできるということか。なるほど、魔術といってもそうそう誰にとっても都合のいいものではないわけだ。この世界の警察である騎士団としてはありがたいことだろうが。

「熟練の魔検士であれば、行使された魔術の種類まで類推できるそうです。残念ながら私には、そこまでわからないのですが……」

「えっと……」と、わたしはふたりを振り返る。「ところでこの魔紋って、もしかして……?」

「はい、おそらくは昨日お嬢さまが魔術を使われたときのものかと思われます」

 オハラは何やら難しそうな顔でそう答えた。確かにわたしは昨日ここで、魔術でバールのようなものを顕現させた。その痕跡がこうしてばっちり残ってしまったわけだ。

「もしもそうでなければ、何者かがここで別の魔術を行使したことになり、事件の有力な手掛かりとなるかもしれません。私どもといたしましては、それを確認させていただかなければならないわけでして……まことに失礼ではありますが、お嬢さまの魔紋を採取させていただくことはできますでしょうか」

 言っていることはもっともだ。わたしとしては別に構わない。つかそれなら、わたしがここにまた来たことは彼らにとっても好都合だったはずだ。だったらあんな嫌そうな顔をしなくてもよかったろうに。

「いいわよ。これをどうやって採取するのかも興味があるし」

 わたしがそう答えると、オハラはようやくほっとしたように表情を崩した。しかしそこに、突然険しい声が聞こえてくる。

「お待ちください。おふたかたは、ご自分が何をおっしゃっているのか理解されていますか?」

 マリーだった。これまでわたしには見せたこともない険しい表情で、ふたりの男を睨みつけている。

「王国に冠たる魔導師の家系グレインディール公爵家。その一員であるヴァイオレットお嬢さまの魔紋。それが、どれほど重要なものかわかっておられますか。まさに国家の機密にも等しいものですよ。もし万一あなた方から漏れるようなことでもあれば……」

「待ってマリー!」

 わたしは今にもふたりに食ってかからんばかりの彼女を押しとどめる。

「彼らは騎士団の仕事をしているだけよ。責めるべき相手がいるとしたら……うーん、わたしかな?」

「お嬢さま……お嬢さまに非などあろうはずが」

「いやあるでしょ。何にもわからずに外で勝手に魔術を使ってしまったのはわたしなんだから」

 わたしはバツ悪く肩をすくめ、オハラとワッツに目を向ける。するとオハラはマリーの剣幕に怯む様子もなく、一歩前に進み出て言った。

「おっしゃることは重々(わきま)えております。採取した魔紋はここにあるものと一致することを確認することにのみ使い、そののち直ちに記録を廃棄します。そしてそれはすべて我々調査隊の内々で行い、王国騎士団にも上げません。それでよろしいでしょうか」

 そう言って、彼は胸に手を当てて頭を下げた。その姿を見ても、マリーはまだ半信半疑といった表情だ。そんな彼女に、わたしは足元の魔紋を指差して続ける。

「もしわたしが拒否したとしても、もうわたしのものである可能性が高い魔紋がここにあるのよ。魔紋は、すでに流出してしまってるの。ならば彼らに協力して、その上でこれごと記録を消してもらったほうが確実でしょう?」

 マリーはしばらく無言で思案したのちに、ようやく頷いた。

「わかりました。しかしそのときはあらためて誓約を入れていただきます」

「わかりました」と、オハラも頷く。その隣でワッツだけが、心配そうな顔で彼とマリーを見比べている。

「それでももし漏洩した場合は、あなたがすべての責任を負うということですが、よろしいですね?」

「はい、それで構いません」

 何やら話がずいぶんと大事になってしまって、わたしとしては恐縮するばかりだった。なるほどそんな面倒臭いものなら、のんきに顔を出したわたしを疎ましく思うのも無理はなかった。

「それで中に、これ以外の魔紋はあったの?」

 わたしがそう話を戻すと、ワッツはどこか自信なさげに首を振った。

「少なくともわたしの見る限りでは、手掛かりとなりそうなものはありませんでした。梱包された荷に強化魔術がかけられてはいましたが、痕跡も薄く数日以上が経っているものと思われますし……」

 では、犯行に魔術が使われた形跡はなかったということだ。となると、犯人はどうやって施錠された倉庫に出入りしたのか。それが可能だった者を調べれば、容疑者はだいぶ絞られるのではないか。

 と、そのときであった。わたしはようやく、ずっと感じていた既視感の正体に思い至った。わたしは確かに、これとよく似た事件を経験している。いったいどうして、すぐに思い出せなかったのか。

 あれはわたしがこの世界に来る以前。例の議員秘書殺害事件で合同捜査本部に参加する、その半年ほど前のことだったと思う。

 荒川近く千住桜木(せんじゅさくらぎ)にある運送会社の倉庫で、三十歳の派遣社員が刺殺された事件だった。この事件と同じく被害者は首をナイフでひと突きされ、背後の壁一面に血をまき散らした末にこと切れていた。あの目を覆わんばかりのありさまは、まさにその再現と言える。

 そして同じように現場は施錠されていて、犯人の侵入経路がわからなかった。搬入口と通用門を除けば他に出入り口もなく、ほぼ完全な密室だったのだ。

 しかし、あの事件は結局……

「じゃあ……」

 そうわたしが口を開きかけたとき、オハラの部下と思われる若い男が息せき切って走り寄ってきた。

「オハラ隊長、よろしいでしょうか!」

「どうした。何か見つかったのか?」

「いえ、そうではなく……」

 伝令役の若者は、そう言ってわずかに言葉を濁した。わたしに聞かせても大丈夫なのかと迷ったのか。けれどすぐに気を取り直し、また口を開いた。

「先ほど、この事件の犯人だと名乗る者が屯所に出頭してまいりまして……」

 その知らせにはオハラも驚いたようで、「何だと……」と言ったきり言葉を失っていた。

 驚いたのは、もちろんわたしも同じだった。けれど、同時にそのことを予感してもいた。かつてわたしが経験した千住桜木の事件でも、発生後すぐに犯行を自供する者が自ら出頭してきたからだった。

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