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捜索×令嬢  作者: 神木 有
転生したら公爵令嬢でしたが、元刑事なので殺人現場に乗り込みます!
10/26

5

 そうして案内された屯所は、昨日は足を踏み入れなかった中心街の一角にあった。と言ってもそう豪奢(ごうしゃ)な建物があるでもなく、敷地のわりには小さな詰所と、長屋のような宿舎があるだけだった。あとは学校のグラウンドのように広々とした演習場があるのみ。なかなか質実剛健。好感が持てる。

 その詰所の一角にある六畳ほどの小部屋に通されると、少し待つよう指示された。格子の填った小窓がひとつあるだけの殺風景な部屋。中央のテーブルには一対の椅子。角には、書記官が記録を取るための机がある。まんま取調室だな、とむしろ感心した。どんな世界でも、こうした形式はスタンダードなものなのか。

 ややあって、先ほどの『隊長』が部下を伴って現れた。その部下を角の席に座らせると、わたしにも椅子に座るよう促してくる。

「別に、座って待っててくれても良かったんだがな」

「気にしないで。ちょっと興味深くて、色々見てただけだから」

「こんな部屋に興味、ねぇ……まったく、変なお嬢さんだ」

 彼はどっかと腰を落として、わたしに向き合った。とはいえ、その表情に険しさはない。むしろわたしを緊張させないよう気を遣っているようですらあった。

「最初に言っておくが、これは別に尋問じゃねぇ。俺たちとしちゃあ、ただ事の経緯を知りたいだけだ。だから言いたくないことは言わなくてもいい。そう身構えることも……」

 そこまで言ったところで、彼は言葉を切った。

「……どうしたの?」

「いや。特に身構えてもなさそうだな。まあ安心したよ」

 本当に安堵したように笑い、彼は制服の内ポケットから大ぶりなバッジのようなものを取り出した。

「俺はグレインディール騎士団第一調査隊隊長のゲンナジー・オハラだ。まず、お嬢さんの名前から聞かせてもらおうか」

「ヴァイオレットよ。よろしく、オハラ隊長」

「家名は……言いたくないようだな。見るに、どこぞの商家のお嬢さまかね?」

「まあ、遠からずってところかな」

 それ以上の詮索はしないでおいてもらえるのは、素直にありがたかった。わたしは一応ここの領主である公爵家の令嬢であるようだし、それが明るみに出たときどんな面倒があるのか予想できない。

「ところで、隊長さん。騎士団の調査隊って、殺人事件の捜査なんかも行う部署なの?」

「うん……ああ、あまり一般には知られてないのかね」

 オハラはそれが癖なのか、無精髭の浮いた顎を撫でながら答えてくれた。

「何しろ戦争が終わってもう二十年、騎士団の仕事もすっかり様変わりさ。元は偵察や諜報が任務だった調査隊も、今は面倒ごとよろず引き受けの便利屋みたいな扱いだ。町外れのゴロツキどもを追いかけ回し、コソ泥や暴れる酔っ払いを取り押さえ、気が付けばすっかりそれが日常だ」

「でも、それも大事なお役目だわ。おかげでわたしたちも安全に暮らしていられる」

 どこか自嘲めいた声音を見かねてそう言うと、オハラはまた驚いたように目を見開いた。そうして「お……おう。そいつはどうも」と戸惑ったように答える。

「ところでコソ泥というと、あの子は無事?」

 例の、第一発見者でもある少年のことだ。先ほどの様子だとひとまずは大事なさそうではあったが。

「ああ、あいつか。ひとまず治癒術をかけて傷は塞がったようだ。それでもだいぶ出血もあったようだし、二〜三日は治療院で寝かしておくさ。取り調べはそれからだ」

 どうやら騎士団というのは、怪我人でもお構いなしに締め上げるような野蛮な組織ではないようだ。その点はひとまず安心だった。

「では本題に入ろう。お嬢さんが悲鳴を聞きつけるまでの経緯を聞かせてくれないか」

 促されて、わたしは今朝のことを説明した。特に隠すところもない。ただ最初に少年を発見した場所が、公爵邸の敷地内であることだけはぼやかした。そこまで明かしてしまっては素性を隠した意味がないし、あの子に公爵邸への侵入という罪まで着せたくないという思いもあった。

「体力作りのための走り込み、ね。騎士団員でもあるまいに、そんなことをする奴がいるとは」

 どうやらこの世界には、健康のためや趣味でジョギングをする人はあまりいないようだ。鍛錬はあくまで鍛錬、騎士団や衛兵のような者以外には無縁なのだろう。

「さっき、わたしが魔術を使うのを見たと言ったでしょう。実は使えるようになったのもごく最近でね。魔力は生命力そのもの、つまりは体力だっていうなら、体を鍛えれば増やせるんじゃないかと思って」

「また妙なことを考えるもんだ」

 オハラはそう、呆れたように笑う。

「間違ってる?」

「さあね、考えたこともない。魔導士連中の魔力なんて、成長に伴って自然と増えていくもんだろうしな。いや……だが言われてみれば魔剣士の奴らは、剣の鍛錬を積むごとに魔術のほうも安定していくな……」

 だったらわたしの方針は間違ってないんじゃないか。そう言ってやりたくもなったが、どうやらこの世界ではそれが常識として定着しているわけでもないようだった。だったらこのことは、わたしにとってはアドバンテージにもなり得る。彼にも半信半疑のままでいさせたほうがいいのかもしれない。

「ともあれ……それで悲鳴を聞いて、表の通用口をこじ開けようとした、か。それで俺たちに見つかるまでどのぐらいが経過した?」

「うーん……何しろ夢中だったからなぁ。それでも十分は経ってなかったと思う」

「なるほどな。その間、最初の悲鳴以外に声は聞こえてこなかったと」

 オハラが角の席に目をやると、記録係は肩越しに振り返って小さく頷いた。もしかしたら、今のは重要な証言になったのかもしれない。

「もしかして騎士団はあの子を疑ってる?」

 状況からすれば、あの少年は第一発見者であると同時に容疑者と言える。例の倉庫は施錠されていたし、出入りできたのはあの小窓を通れるものだけ。つまり彼のように小柄で身軽で、並外れて体の柔らかい人間だけだ。

「それはありえないと思うわ。あの現場、血はもう半分以上乾きはじめてた。被害者は死後六時間は経ってるはず」

「だが断言はできまい。お嬢さん、あんたがまんまとあのガキに嵌められたって可能性だってある」

 確かに可能性としてはそれもなくはない。少年は夜のうちに男を殺し、小窓から脱出して公爵邸の中庭に隠れた。そしてわたしをあの倉庫に誘導し、はじめて発見したかのような悲鳴を上げてみせた。もしそうなら、わたしは彼のアリバイ工作に利用されたということになる。しかし。

「あんな子供に、そこまで悪知恵が働くかしら」

「わかってるさ。俺だって、あのガキがそこまでの悪党だとは考えたくない。しかしすべてを疑ってかかるのが俺たちの仕事なんでね」

 それは捜査にあたるものとして当然の姿勢だった。今はまだ事件の初動段階である。勝手な印象や思い込みで可能性を排除してはいけない。

「それで、被害者の身元はわかってるの?」

「ああ、それはすぐにわかった。ルヴァン商会の運搬員でマルク・ゴードンという男だ。ただほんのひと月ほど前に雇い入れたばかりらしく、それ以前の経歴は調査中だが」

 しかし年齢は見たところ三十はいっていたように見えた。働き出して間もない若者ではない。となるとこれまでの経歴も重要だった。もしかすると、何かの目的をもってルヴァン商会に入り込んだ人間かもしれない。

「今わかっているのはそのくらいだな。あとは詳しく現場を調べてみないことには何とも言えん」

「でしょうね。仮にわかっていたとしても、わたしに話して聞かせる義理もないでしょうし」

 それが当たり前ということもわかっている。しかしそのわたしの言葉は、オハラにはどこか恨みがましく聞こえたらしい。そんなつもりもなかったのだが、彼は気まずそうに眉をひそめた。

「あのガキのことが気になるのか。さっきの話じゃ、別に知り合いってわけでもなかったようだが?」

「そりゃあね。でもどんな形であれ、関わってしまった以上は気になってしまうのが人情ってものじゃない?」

 婆さんみてぇな物言いしやがって。彼は困ったようにそうつぶやく。そりゃあ中身のわたしはこの見た目よりは年上だが、婆さんと言われるほど歳を食ってはいない。失礼な男だ。

「仮に殺しについてはシロでも、無罪放免ってわけにはいかんぞ。あのガキには他にも色々ぶちまけてもらわにゃならんし、少し厳しく絞ることになるだろうな」

 彼が昨夜モルガン商会に押し入った賊の一味であることは、騎士団もわかっているようだった。それなら逃亡中の残党を残らず捕まえるためにも、彼への尋問は必要だろう。

「ただまあ、何しろあの歳だしな。さほど厳しい罰にはならんだろう。せいぜいが半年ほどの強制労働がいいところか」

「強制労働、か。あまり危険な仕事じゃないといいけど」

「常習犯でもなけりゃ、炭鉱や荒野送りにはならんさ。それに読み書きや計算も教わって、手に職もつけられる。今の公爵さまの温情溢れる施策のお陰だよ」

 それなら良かった。どうやらこのヴァイオレット嬢の父親も、なかなかの人格者らしい。しかしオハラはそれに不満ありげな口調に感じられた。

「あなたは、あまりお気に召さないみたいね」

「まあ、俺からすりゃあちと甘すぎると言わざるを得んな。そこまでしてやったところで、真っ当な道に戻れるやつなんてごくわずかだ。ほとんどのやつは、また悪い仲間に引き込まれて元の木阿弥さ。せめて一年か二年は外部と引き離し、年季が明けても領内からは追放。最低でもそれくらいはしないと、悪い繋がりは断ち切れん」

 たぶん、それが本人のためでもある。そう言いたいのだろう。それもまた、現場の人間が見てきた実情に違いなかった。上が考える理想と現実が噛み合わないのは、どこの世界も変わらないようだ。

「……余計なことまで話し過ぎたな」

 公爵家に対する批判ともとれる言葉を気にしたのか、オハラはそう話を打ち切った。わたしも、そこは聞かなかったことにしたほうがよさそうだ。

「ともあれ、ご協力感謝する。また何か、思い出したことがあったら伝えてくれるとありがたい」

「そうするわ。あまりお役に立てなくてごめんなさいね」

「そんなことはないさ。時間を取らせたな」

 彼はそう言って立ち上がると、少しおどけた調子を含みながらも恭しく頭を下げ、手を差し出してきた。わたしもその手を取って、淑女らしく優雅に席を立つ。取調室の質素な机と椅子が少々不似合いではあったが。

 しかしそのとき、部屋の外から何やら騒々しい物音が響いてきた。続いて、慌てふためいたような声。

「……ちょっ、待ちなさい。我々は何も……!」

「その手を離しなさい、無礼者。お嬢さま、お嬢さまはどちらに!」

 マリーの声だった。そういえば、彼女のことをすっかり放ったらかしにしてしまっていた。

「あなたたちは自分が何をしているのかわかっていますか。あの方をどなたと心得ているのです!」

 わたしはいったいどこの水戸黄門だ。居心地の悪さを覚えるより先に、その口上に笑ってしまう。

「グレインディール公爵家の三女、ヴァイオレット・ディ・グレインディールさまですよ。騎士団は公爵家を敵に回すおつもりですか!」

 オハラがまじまじとわたしを見て、「公爵家……?」とつぶやいた。わたしはなんと答えたものかと悩んだ末、上手い言葉が見つからず。

「は……あははー」

 と、笑って誤魔化した。

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