貴女の心は在ったのに。
前作『貴方の心が欲しかった。』
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『ヴィオ!今日はここが分からなかったの!……いったいこれを覚えることで将来なにになるのかしら?』
『最近、学園で辛いこと無いかって…?ないない!私なんか皆なーんにも気にしてないよ!
――ほんとにいないようなものだよ……』
『ヴィオ……。
――じゃあね。バイバイ。』
――過去を……思い出していた。
あれはまだ、学生だったとき。
自分で言うのも何だが、学園では宰相子息である私の婚約者の座を狙って水面下で激しい争いが繰り広げられていた。
とはいえ、家格、容姿、成績等から侯爵令嬢であるルミナス嬢にほぼ決まっていたように思う。
ルミナス嬢も恐らく、そうなると感じていたに違いない。
ある日転入してきたドール男爵令嬢が来るまでは。
私も初めはなんとも思っていなかった。
だが、いつからか彼女を目で追うようになっていた。
話すようになっていた。
出掛けるようなっていた。
一緒に帰るようになっていた。
ドール嬢の、良く言えば貴族らしくない振る舞い、言動に真新しさを感じた。
なによりドール嬢の真っ直ぐさ、芯の強さに惹かれたのだ。
この気持ちが学園での一時の感情なのか、これからも保ち続けられる感情なのか、その時は分からなかったが、当時、とにかくドール嬢を想っていたのは確かだった。
ルミナス侯爵令嬢と比べれば家格も釣り合わず、マナーや知識としても覚えることのほうが多い。
宰相の妻となるには、ある程度の知識やマナーは無くてはならない。
そんなのは分かりきっていたはずなのに。
ドール男爵令嬢の事を想ってしまったのだ。
――だが、今は後悔しかない。
結論からいえば、私がそういった態度だった為に、ドール嬢は退学する事になった。
ドール嬢に会うたびにだんだんと笑顔が減っていったことには気付いていた。
なんとなく避けられていることにも気付いていた。
恐らくだが、ルミナス嬢が裏で手を引いていたのではないかと思っている。
ドール嬢が助けを求めるのであれば全力で助けるつもりだった。
だが、ドール嬢はついぞ助けを願うことはなかった。
そして言われたのだ。
『じゃあね、バイバイ。』と。
最後にみたドール嬢は、食べ物や飲み物を摂ろうとしないらしく、頬はこけ、顔色は悪く、こちらを見ようともしなかった。
あんなに明るく真っ直ぐな女性であるドール嬢をここまで追い詰めたのは誰なのだッ…!
ルミナス嬢がやったのではないのかッ…!
そんな人間を許すこと等できやしないッ…!
――と、思っていた。
だが、ふと気づく。
私ではないのか、と。
私と関わらなければ。
私が構うことがなければ。
私がドール嬢を想わなければ。
まだルミナス嬢と婚約を結んだわけではなかった。
なかったが、ほぼ決まっていたのだ。
それを反故にしようとする素振りを見せたのは私だ。
これが商売なら、ほぼ契約がまとまりかけていた取引先があったのに、急に他と取引し始めるようなものだ。
裏切りだ。
私なら真っ先に切り捨てる。
原因はルミナス嬢でもなんでもない。
私ではないのか。
いや、
――私だ。
私の心は罪悪感で塗れた。
私に何が出来るだろう。
いくら頭が良いと言われたって、こんなときには何もでてこない役たたずだ。
そうして塞ぎ込んだ心のまま、何をしたらいいのか分からないまま、ルミナス嬢と婚約し学園を卒業。
その後、結婚した。
まるで想像の出来なかったルミナスとの結婚生活。
私は、結婚生活とは幸福ではなくとも不幸せなものにはならないと思っていた。
ドール嬢の事は考えていないように振る舞った。
それが最善だと思ったからだ。
ルミナスと口をきかなかったとか、きつい態度をとったとか、そんな事はしなかった。
当然の事だが初夜も済ませ、ルミナスの事は尊重していたと思う。
不幸せにしないためにも、そこは貴族として、人として守ってきたつもりだ。
そこから気づけば20年が経った。
ルミナスは息子を産んでくれた。
私は宰相となり国を支え、息子も結婚した。
まだまだだが、少しだけ肩の荷が降りたような気がした。
――そんな時だった。
ルミナスが居なくなったのは。
――手紙が残されていた。
今までのことへの謝罪。
懺悔と後悔に塗れた日々だった事。
傷つけたこと。
私を縛り付けてしまったこと。
――私を、好きだったこと。
――そんな……そんな馬鹿な。
手紙の内容に驚いているのではない。
ルミナスが家からいなくなったことに酷く狼狽し驚いていた。
ルミナスが行きそうな場所を考える。
――考えてる、のに。
出てこないんだ。
20年も一緒にいたのに。
一緒にいてくれたのに。
息子になにか伝えているかもしれないと思い、息子に聞いたが、
『母上を解放してやるべきだ。』
そう言われた。
そう、そうだ。そうだったのだ。
縛っていたのは私だった。
ルミナスを。
ルミナスの人生を。
学園の頃から含めれば20年余り、縛っていた。
奪っていた。
全ての原因は、私だ。
いつからか、ルミナスがいるのが当然になっていた。
そんな日々、当然でもなんでもなかったのに。
幸せにすると、不幸せにしないは、まるで違うというのに。
私が罪悪感に浸り、ルミナスを正面から見てなかっただけなのだ。
勝手なのは分かっている。
だが、最後にもう一度だけ会いたい。
今までの事への謝罪。
裏切り、傷つけたであろうこと。
目の前にいたルミナスをみれていなかったこと。
――好きであったこと。
走馬灯のように蘇る。
学生の頃の気丈に振る舞うルミナス。
なにかに縋るように私の瞳を見ていたルミナス。
私が微笑むと、ぎこちない笑みを浮かべていたルミナス。
ルミナスと息子と、三人で歩いた並木道。
少しわがままで、
可愛くて、
弱さを見せない、
強い人。
どうかもう一度だけ。
私に、
――貴女の心を取り戻させてくれ。
『愛した貴方にさよならを。』
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ルミナスのその後。
『愛した貴女にさよならを。』
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ヴァイオルドのその後。