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第8話 君って、いったい誰なんだ?

 全ての不安が解消されたわけではないが、余計な事を考えたくなくなるくらい食に没頭してしまった。どれを食べても美味しく、今までに感じたことが無い幸福感を覚えていた。

 普段はそこまで量を食べられない俺ではあったが、思わず出されたモノを全て食べつくしてしまった。もう少し食べたい気もしているのだけれど、これ以上食べてしまうと自分の許容量を超えてしまうような気がして我慢をすることにした。

 もしかしたら、このテーブルに並んでいた料理は俺一人分ではなく、目の前で俺を見つめている彼女の分もあったのかもしれない。そう思った瞬間、俺の背中を冷たいものが一気に駆け巡っていた。


「ごめんなさい。せっかく作ってくれたのに、あまりにも美味しすぎて全部食べてしまった。もしかしたら、君の分もあったのかな?」

「そんな事気にしなくていいよ。あんなに美味しそうに食べてくれたのも見れたし、そんな姿を見たら作ってよかったって気にもなるよ。それに、私の分はちゃんと別に用意してあるから安心してね」


 本来であれば誰かわからないような相手が作った料理なんて食べる事は無い俺なのだが、今回に限ってはその危機感をどこかへ置いてきてしまっていたようだ。もしかしたら、夢で見た由貴の姿をこの女性に重ねてしまっていたのかもしれない。

 由貴に似ているところなんてどこにも見当たらない彼女ではあるが、時々見せる視線の動きが懐かしいように思えていた。それだけしか共通点を見出すことが出来ないのだけれど、その一点だけをとっても彼女と由貴の共通点があるという事に俺は嬉しいような懐かしいような気持ちになっていた。


「多めに作ればお昼も大丈夫かと思ってたんだけど、その様子じゃまだ食べられそうだよね?」

「無理をすれば入るかもしれないけど、今のままでも十分満足だよ。俺はそんなに大食いじゃないんでこれだけ食べられたことに自分でも驚いているくらいだし。一つ気になることがあるんだけど、君っていったい誰なんだい?」

「フフッ、お兄ちゃんは私の事を覚えていないのかな?」


 由貴とは全くの別人であり、由貴の成長した姿だと言われても信じることが出来ないくらい見た目が似ていない女性。

 俺の事を優しく見守っているこの姿は由貴なのかと思ってしまいそうだが、どう考えても由貴のはずがない。

 それなのに、俺の事をお兄ちゃんと呼んでいるのは由貴だとしか思えないじゃないか。


「もしかして、君は由貴なのか?」

「違うよ。ユキちゃんってお兄ちゃんの妹さんの事なんだよね?」


 少しでも由貴なんじゃないかと思ってしまったが、ほんの少しでもちゃんと考えていればこの女性が由貴ではないという事はわかっていたことなのだ。それでも、俺は昨日見た夢の影響で俺に優しくしてくれるこの女性の事を由貴だと思ってしまったのだ。


「私はユキちゃんのことなんて何にも知らないんだけど、そんなに似てるの?」

「いや、全然似てないと思う。どちらかと言えば、君みたいに可愛らしい感じではなく大人っぽい感じになってたんじゃないかな」

「全然似てないのに私の事をユキちゃんだと思ったのって、どういうわけなのかな?」

「実は、昨日見た夢の中で──」


 彼女は俺が見た夢の話を最後まで真剣に聞いてくれたのだが、ソレだけで俺の中での好感度は上がっていた。

 他人の見た夢の話なんて全く聞く価値も無いようなことだと思うのだけれど、そんな夢の話でも細かくリアクションをしてくれて真剣に聞いてくれていた。


「なるほどね。それでお兄ちゃんは私の事をユキちゃんだと勘違いしちゃったんだ。もしかしたら、ユキちゃんがこの世界に本当に蘇ってお兄ちゃんに会いに来たと勘違いしたって事なんだね。もしかして、ユキちゃんって料理上手だったりしたのかな?」

「料理が上手って程に何かを作ってもらった記憶はないかも。あともう一年でも長く生きていたとしたら、料理に興味を持って色々と作ってたかもしれないんだけどね」

「あ、なんかごめん。変なこと言っちゃったね」

「こちらこそ申し訳ない。君を困らせるような事を言ってしまったね」


 二人の間に気まずい空気が流れているが、この状況をどうやって打開するべきなのだろうか。

 俺が余計な事を言ってしまったのが悪いというのはわかっているのだけれど、なぜか素直に謝る気にはなれなかった。

 この女性がいったい何者なのかわかっていないし、俺の家で料理を作ってくれていた理由もわかっていない。何もかもが謎なのだ。


 目の前にいる女性がいったい何者なのか、どうして俺の家にいるのか。その疑問を何度もぶつけようと思ったのだけれど、どうしてもソレを聞き出すことが出来なかった。

 素直に聞けばいいとは思っているのだけれど、何かこの状況は俺にとって良くないことなのかもしれないと考えてしまう。何者かわからないが悪い人ではない、そんな予感も当たっているのか正直不安になってしまうのだ。


 でも、このまま黙っているのも間違っているような気はしていた。


「今更で申し訳ないんだけど、君って、いったい誰なんだ?」


 彼女は俺の質問を受けてからすぐに顔を伏せてしまった。

 続けて俺が話しかけようとしたタイミングで顔をあげたのだが、顔をあげた勢いで彼女の綺麗な金色の髪が空中に小さな波を起こしているように見えていた。

 その姿は、とても綺麗で神秘的に感じていた。

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