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第7話 もう少しゆっくり寝ててくれても良かったのにな。

 誰かの話声が聞こえてきてゆっくりと意識を取り戻した俺はその話声がテレビから聞こえていることを理解するまで少しだけ時間がかかってしまった。

 休みの前日だからと言って日本酒を飲んでいた事までは覚えていたのだけれど、ベッドではなくソファに横になっていたという事は寝落ちしてしまっていたという事なのだろう。夢の中とはいえ、久しぶりに妹の由貴に会って話をしたことは覚えているのだが、どんな話をしたのかは全く思い出すことが出来なかった。

 何か重要な事を話していたような気もするのだが、あいにくと夢の中の出来事は全く思い出すことが出来なかった。


 小腹が空いてきたので何か食べようかと思っていると、何やら食欲をそそるいい匂いがしていた。寝落ちする前に無意識のうちに何か料理でも作っていたのかと思ってはいたが、ろくに食材も揃っていないのにこんなに美味しそうな匂いがするものを作れるとは思えない。

 寝落ちする前に何をしていたのか全く思い出せない状況ではあるが、キッチンに行けば全てハッキリするという事を考え、二日酔いで少し気持ち悪いのを我慢しながらゆっくりと移動していた。

 俺の持っている中で一番大きな鍋が火にかけられているのだが、俺はその鍋を今まで一度も使ったことが無い。いつかカレーでも作ろうと思って買っておいたのだが、俺はカレーを作ることも面倒に感じてしまっておいた鍋を酔っている状態で使うなんてどうかしているなと思いつつも鍋の中を覗くと、そこには具だくさんのスープがコトコトと煮えていた。

 食材だけではなく調味料も増えているのは気になるのだが、いったいいつの間にこんなに買い物をしていたのだろうか。全く思い出せない。

 頭の中にそんな疑問がわいてきた時、トイレの水が流れる音が聞こえてきた。


 この家に誰かいる。

 料理もろくに出来ない俺がこんな美味しそうなスープを作ることが出来るはずが無いので、少し考えてみれば俺以外の誰かがいることなんてわかりそうなものなのだが、飲み過ぎて思考回路が鈍くなっている俺はトイレの水が流れる音を聞くまで全く想像もしていなかった。

 少しだけ冷静になったので気付いたのだけど、美味しそうな匂いの他にほのかに甘く爽やかな匂いが混じっている。ほんのりと香る爽やかな匂いは俺の心を落ち着かせていた。


 誰かがトイレからこちらに近付いてくるのが足音でわかるのだが、その人物がいったい誰なのか想像もつかない。

 スーパーで買い物をしている時に生徒会長である栗宮院うまなと会ったことは覚えているのだけれど、スーパーの中で会ったことまでは覚えているのだが何を話して何を買ったのかは全く思い出すことが出来なかった。

 生徒を自分の家に招き入れることなんてありえないだろうとは思ってはいたが、料理の出来ない俺の家でこんなに美味しそうな物を作れるなんて誰かを招き入れたとしか考えられない。

 そして、招き入れた誰かの事を考えると、最後に俺が会ったのは生徒会長である栗宮院うまなという事になるのだ。

 そんな事はあり得ないだろうと思いつつも、誰かが廊下を裸足で歩いているペタペタという足音が聞こえているのは事実なのだ。

 その誰かを確かめないわけにはいかないのだけれど、その誰かを確かめるのは物凄く怖い。もしも、その誰かが栗宮院うまなだったとしたら、俺の教師生命はその瞬間に絶たれることになるだろう。


「あ、起きたんだね。もう少しゆっくり寝ててくれても良かったのにな。もしかして、イイ匂いにつられてこっちに来ちゃったのかな? もう少しで出来ると思うんで、あっちで待っててくれていいんだよ」

「誰?」


 俺が想像していた展開とは異なっていることに安堵したのもつかの間、目の前に現れた女性がいったい何者なのかわからず思わず声に出してしまった。

 生徒である栗宮院うまなを家に招き入れたという最悪の事態は避けられたのだが、俺の家で料理を作っているこの女性がいったい何者なのかという新たな疑問が生まれている。

 彼女は俺の事を知っているようなのだが、俺はこの女性がいったい何者なのか全く理解出来ていない。

 少なくとも、彼女は俺に対して悪い印象を持っていないのだろうという事はわかるのだが、どうして俺の家で料理を作っているのかという疑問は解消されなかった。

 俺は彼女に背中を押されるがままにキッチンを出て先ほどまで寝ていたソファに腰を下ろしたのだが、今の状況を理解することが出来ないまま料理が出来上がるのを待っていた。


 テーブルに並べられる料理を前にしてもこの女性がいったい誰なのかという疑問は拭えなかった。ただ、目の前に並べられている料理はどれも美味しそうでいてそんな疑問なんかどうでもいいように思えてきた。

 いや、どうでもいいなんて思ってはいけないのだ。でも、二日酔いなのにもかかわらず、美味しそうな匂いに我慢が出来そうになかった。


「お腹空いてないのならスープだけでもいいから飲んでみてよ。失敗はしてないと思うんだけど、君の口には合わなかったりするかな?」


 そんな事は無いと言いそうになったが、この場合はどうすることが正解なのだろうか?

 俺は何も考えずにスープを見つめていたのだけれど、いつの間にか手に取っていたスプーンをゆっくりと動かしていた。


「美味しい」


 思わず口に出してしまった言葉だったが、それを聞いた彼女は嬉しそうな顔で俺を見つめていた。

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