第6話 先生は気持ち良くなってきたのかな?
由貴に会いたいという気持ちはあるのは確かなのだが、大人になった俺はどんな風に由貴と接すればいいのかわからない。何も心配する事は無いと言ってはもらえているのだけれど、本当にそう受け取っても良いものなのか不安で仕方がなかった。
生徒会長である栗宮院うまなは俺が今まで見てきたどの生徒よりも教師から信頼されているし、一般生徒からの人望も厚い。基本的には困っている人を放っておけない性格のようだが、彼女が会えて助け舟を出さない場合はその者が自分の力で苦難を乗り越えることが出来るという意志表示のように受け止められているのだ。
今こうして俺が彼女から助けを受けようとしている状況を思うと、自分の力では前に進めないという事を暗示しているのかもしれない。確かに、俺は今の今まで由貴がこの世界にやってきているなんて思いもしなかったし、彼女からそれを聞くまで時々この世界にやってきていたなんて思いもしなかった。普通に生きていればそんな事は思う事も無いだろうが。
疑う気持ちよりも信じる気持ちの方が若干強いのは彼女の普段の行動と結果から得た俺の感想で、何かに迷った時の選択が俺と彼女で別れた時には迷わず彼女の選んだ道へ進むと思うくらいに信頼はしているのだ。自分が選んだ答えよりも、彼女が選んだ答えの方が限りなく正解に近いと思ってしまう。彼女の事を知ると誰でもそんな感じになってしまうだろう。
「先生って、お酒は普通に飲める人?」
「あんまり進んで飲みはしないけど、普通に飲める方だと思うよ。飲み会とかでも最後まで飲んでいられる程度だけど」
「私はお酒を飲んだことが無いからわからないけど、ソレって弱くは無いってことだよね。それだったら、先生に買ってもらったお酒を飲み干すことって出来そう?」
「さすがにこの量を一人で飲むのは厳しいんじゃないかな。俺が普段から飲んでる人だったとしても、日本酒をこの量は無理かと思うよ」
「そう言うもんなんだ。じゃあ、先生が大丈夫なところまで飲んでもらってもいいかな? お酒が入ることで、ユキちゃんと先生のチャンネルが繋がってお話も出来るようになると思うんだよね。直接お話しすることが無理そうだったら私がお手伝いするけど、なるべくなら先生が直接ユキちゃんとお話しできた方が良いと思うんだ。先生もその方が嬉しいと思でしょ?」
「まあ、由貴と話が出来るのであれば直接の方が良いと思うけど、そんなことして平気なのかな?」
「大丈夫大丈夫。ユキちゃんは先生の事は恨んでなんかないし、呪われるような事も無いと思うよ。中には感情を隠して騙そうとするのもいるけど、ユキちゃんはそんな感じじゃないから大丈夫だって。何も心配なんていらないし、危なくなったら私が助けてあげるから」
助けてくれるという言葉にも強い信頼感があったのだけど、どうやって助けてくれるのか全く想像もつかなかった。
それなのに、俺は彼女の言う助けるという言葉にこれ以上ないくらいに安心感を抱いていたのだ。どうしてそこまで信頼してしまうのかだろうか。彼女の普段の行いはもちろんそれを裏付けるだけの事をしているのだが、それだけでは説明出来ないほどに絶対的な信頼感を持っているのだ。
「じゃあ、さっそく始めちゃおうか。先生はそのお酒を飲んでくれてればいいからね。お酒以外は口にしちゃダメだよ」
「わかった。って言っても、さすがにこの瓶のままってわけにはいかないから、マイボトルにうつして飲むことにするよ。それくらいは大丈夫だよね?」
「うーん、大丈夫だと思うけど、先生のボトルの中って空になってるのかな?」
「一応空になってて軽くゆすいであるよ。少しくらいは水滴が残ってるかもしれないけど」
「それだったら大丈夫だと思うよ。私の事は気にせずにどんどん飲んでていいからね。酔えば酔うほどユキちゃんに近付けると思うんだけど、あんまり無理はしちゃダメだからね。あくまでも、先生のペースでって条件だからね」
生徒の目の前でお酒を飲むことに対して罪悪感があるのは事実だが、由貴とお話をするために必要な事なのだと自分に言い聞かせていた。
普段から日本酒を飲んでいないこともあってすぐに気持ち良くなってきていたのだ。日常的にお酒を飲んでいないからこそ、こんなに早く酔えているのかもしれない。お酒に強くも弱くもない自分がこんなにすぐに酔えるのは、日本酒だけを飲んでいるからなのか、由貴に会えるという気持ちの昂ぶりがそうさせているのか、栗宮院うまなの力が影響しているのかわからないが、俺はいつもよりもお酒に弱くなっていると感じていた。
俺が一人でお酒を飲んでいる姿をじっと見ている栗宮院うまなはいつの間にか着替えていた。
学校指定の鞄には着替えなんて入るスペースは無いと思うし、制服から巫女衣装に着替えるのに気付かないというのもおかしな話だ。俺がそこまで酒に集中していたという事は無いし、栗宮院うまなは俺の目の前から一度も消えていないと思う。
それなのにもかかわらず、彼女は制服から巫女衣装に着替えていたのだ。
「先生は気持ち良くなってきたのかな?」
「いつもよりは酔うの早いかも。最後に飲んだのがいつだったか忘れちゃったけど、いつもよりは酔いが早いかも」
「そうなんだ。そんなお兄ちゃんを見るの初めてかも」