第5話 誰も来ないように見張っていてね。
俺に妹がいたという事を知っているのは高校までの知り合いに限られる。
家を一歩でも出た時には由貴の話題は一切出さないようになっていた。何も知らない人に由貴がどんな目に遭ってしまったのか知ってほしくないからこそ、誰も由貴の話題を出さないことになっている。
法事であればもちろん話は別なのだけれど、基本的には親族と会っている時でも誰も由貴の事を話題に出すことはない。若くして自ら命を絶ったという事実は遺された者としても簡単に受け入れることは出来ず、なるべくなら考えないようにしているという事なのかもしれない。
彼女が本当に幽霊が見える人で、この場に由貴がいるというのを信じるとしよう。
そこで一つ疑問に思う事があるのだが、仮にこの場に由貴がいるという事だったとしても、どうして彼女がこの場所で由貴を見つけることが出来たのだろうか。この場所が心霊スポットだからやってきて、そこでたまたま由貴を見つけたという事ならまだ納得も出来たのだが、この場所ではないところで由貴を見つけた彼女は少しだけ複雑な表情を浮かべていた。
「ユキちゃんはちゃんとあっちの世界にたどり着いているんだけど、月に一日だけこっちの世界に戻ってきてやり残したことをきちんと清算しようと思ってるんだって。それが叶わない限りはこっちの世界にやって来るのを抑えられないんだって。それが何なのか私にも教えて貰えないんで手伝うことが出来ないんだけど、ユキちゃんのお兄さんである先生にだったら教えてくれるのかもね」
「君の言っていることを全面的に信じたわけではないけれど、この世界でやり残したことがあるんだとしたら俺はどんな事であっても力を貸すつもりだよ。俺には出来ないことだったとしても、それを出来る人を探すことだってするし、お金だっていくらかかったとしても用意するつもりだ。君が言っていることが本当だとしたらだけど」
「先生は本当に疑り深いね。私はあなたの生徒なんだからもう少し信じてくれたって良いと思うよ。ほら、こんなに可愛い女の子の言ってることは信じた方が良いんじゃないかな」
「容姿について評価なんてしたくないから何も言わないけど、そこまで自信を持てるのは凄いことだと思う。君の事を好きだって男子生徒も多くいると思うからその自信も間違いではないと思ってはいるけど、そこまでハッキリと言い切ることが出来るのは素晴らしいね」
「実際に私はモテますからね。先月だってお話をしたこともない三年生の先輩から告白されたりもしたんですよ。もちろん、お断りさせてもらいましたけどね。私は年下よりも年上の方が好きなんですけど、私より上の学年だったとしても同じ高校生だと大人っぽく見れないんですよね。もっと大人な人の方が好きなんです」
彼女の言い方は気になる所ではあるが、それを気にしてはいけない。彼女に限ってそんな事は無いと思うけど、今の時代はちょっとした選択ミスが今後の人生において大きな影響を与えてしまう事があるのだ。
彼女に限ってそんな事はしないと思うのだが、俺が彼女の言葉を聞いて思いを伝えた瞬間を撮影されていたとしたら、教師生命だけではなく今後の俺の人生すらも終わってしまうかもしれない。
「君よりも年上の人の方が多いよね。そう言う意味だと、その感性はイイコトなのかもしれないね。どこまで年上かにもよると思うけど、俺はそこまでは聞かないから。絶対に聞かないから」
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですって。私は別に先生の事をどうにかしようなんて思ってないですから。むしろ、私は先生の役に立ちたいって思ってるんですよ。その証拠に、先生をこの場所まで連れてきてるんですからね」
この場所にやってきたのが偶然だとしても凄いことである。
この場所に俺を連れてくるのが彼女の中で決まっていたとしても、凄いことには変わりないのだ。
本当にこの場所に俺を連れてくるのが目的だったとして、学校以外で俺と彼女が会う事などありえないことなのだ。今日の俺の行動だって誰にも予想出来るようなものでもないし、俺の普段の行動を知っている者ならば当てることは不可能なくらい俺らしくない行動をとっていた。
普段であれば行かない店に立ち寄ったのも珍しいことだし、頼まれたからと言って自分の生徒のためにお酒を買う事などありえないのだ。お酒もタバコも買ってあげるなんて事は絶対に俺はやらない。買ってあげるにしても、駄菓子程度になってしまうだろう。
普段やらないことを立て続けに行っているのはおかしいのだけど、自分でもなんでそんな風な事をしてしまったのかわかっていない。買い物をするのであればわざわざあの店まで行かなくてもいいし、いくら頼まれたからと言ってもお酒を買ってあげることなどない。
「先生って、見てて面白いところあるよね。学校にいる時は全然気づかなかったけど、先生にも感情ってあるんだね。驚いた姿も初めて見たし、嬉しそうな顔も珍しいなって思ったし、怒っているところなんて一度も見たことが無かったよ。先生って、喜怒哀楽をどこかに捨ててきたのかなって思っちゃうよ」
「俺は機械じゃないんだから感情だってあるよ。ただ、そう言った感情を学校で出す必要は無いと思ってるからね。それで、俺はいったい何をすればいいのかな?」
「先生が今すべきことは、誰かに邪魔されないように私とユキちゃんのことを見舞っててくれるって事かな。途中で邪魔されたりしたら最悪な事になっちゃうから、ちゃんと誰も来ないように見張っていてね」
「それはするけど、それだけでいいの?」
「もちろん。それだけで十分だよ。私に出来なくて先生に出来ることなんて、お酒を買う事とここに誰も近付けないことくらいしか無いんだから。どっちも重要な事なんだけど、ちゃんと先生に出来るかな?」
少しバカにされているように聞こえていたけど、ここまで来たのだから彼女の言っていることを信じてみる。
例え彼女が言っていたことが嘘だったとしても、俺をココに連れてきて由貴の名前を出したのは間違いない事なんだから信じるしかない。
大人とは、そういうものなのだ。