第4話 大人になっても変わらなかったんだね。
遺族というのは家族の誰かが無くなって残されたものを指す言葉なのだが、どうして彼女は俺の事をそう呼ぶのだろう。
この場所で起きた事件を知っているとしても、どうしてその事を俺を繋げることが出来たのだろうか。
俺には全く想像も出来なかった。
「私はね、先生が考えている事は分かるよ。だって、この場所がどういう場所なのか教えて貰ったからね」
「教えて貰ったって、いったい誰に?」
「誰にって、絶対に驚いたりしないって約束してくれるならいいよ」
この場所に来たこと以上に驚くことなんて無いと思う。詳細を知る者はほとんどいないこの場所だが、何か事件があったという事はみんな知っている。その事件を知っている者も誰一人として口外する事は無いはずだ。
事件を知る者にとってそれくらい深い傷を植え付けられるような悲しい出来事があった場所なのだ。
それを知っているという彼女は、誰に教えて貰ったというのだろうか?
「私に教えてくれたのは、ユキちゃんって女の子なんだ。どんな漢字の名前なのかわからないんだけど、ユキちゃんって可愛らしい女の子なんだよ。多分、私と同じくらいの年齢だと思うんだけど、服装はちょっと幼い感じなので中学生かもしれないな。って、先生はどうしてそんなに驚いた顔をしているの?」
この場所で“由貴ちゃん”と聞いて俺が平常心を保っていられるはずがない。
偶然やってきたのだとしても、この場所と由貴を関連付けられる人なんて俺の家族以外は由貴を傷付けた犯人しか知らないはずなのだ。
もちろん、警察関係者に知っている人もいるとは思うけれど、警察関係者がまったく関係ない彼女にここであった悲惨な出来事を話すはずがない。
彼女がいくら栗宮院家の令嬢だとしても、あの事件をベラベラと話すことは無いと思う。そんな事をするものがいるのだとしたら、この国の警察組織は腐敗していると俺は思ってしまうだろう。
なぜ由貴の名前を知っているのか聞きたいところではあるが、その事を聞いてしまったら事件の事も知っているか聞かなければいけないのではないだろうか。
俺には、そんな事を聞く勇気なんて無かった。
「君がこの場所にやってきたのは偶然って事じゃないんだよね?」
「うん、偶然じゃないよ。でも、今日この時間に先生に会えたのは偶然かも。あの店に入ったのも初めてだったし、先生がいるなんて思ってもいなかったからね」
「俺の後をつけていたとか、そういう事でもないんだよね?」
「そんな事しないよ。私はユキちゃんのお話を聞きに来ただけだし、先生と関係があるなんて知らなかったからね」
「俺と由貴の関係を知らない?」
「うん、全然知らなかった。ここに先生が来るまでわからなかったよ。先生って、ユキちゃんのお兄ちゃんなんだよ……ね?」
俺は何一つとして彼女の言葉を理解出来ていない。
言っていることはわかってはいるのだけれど、どうしてもうまく彼女の言葉を処理して理解することが出来なかった。
彼女は由貴の事を知っているのは間違いないだろう。由貴が俺の事をお兄ちゃんと呼んでいたことも知っているのだろう。だが、由貴が俺の妹であるということは知らなかったようだ。
そんな事があり得るのだろうか?
いや、ありえないだろう。
由貴の事を知っているのであれば俺の妹だという事はわかっているはずだし、ここで何があったのかを知っているのであれば由貴と俺の関係だって知っているはずなのだ。
それなのに、彼女は由貴の事を知っているのにもかかわらず、俺と兄妹だという事を全く知らなかったようだ。
「ユキちゃんがね、先生に謝りたいって言ってるんだけど、先生は聞いてあげられるかな?」
「ごめん、それってどういう意味なのか分からないんだけど。君の話を聞いていると、ここに由貴がいるみたいに聞こえるんだが?」
「そっか、先生は見えない派の人だったんだね。関係性の深い人だったら見えることもあるみたいなんだけど、兄妹って関係だとそこまでお互いに強い思いを抱いていないって事なのかもしれないね」
俺には見えないが、彼女の近くに由貴がいるらしい。
もしも、彼女の言っていることが全てデタラメで、俺を驚かせるためだけにやっている事だとしたのなら、相当悪趣味な事をしていると言えよう。
「俺にはそこに由貴がいるのはわからないんだけど、由貴は俺の事をわかっているって事なのか?」
「最初は先生がお兄ちゃんだって気付かなかったみたいだけど、話し方とか手の動かし方で気付いたんだって。驚いた時に左手で口元を隠す仕草って、かって、ユキちゃんが言ってるよ」
大人になっても変わらない。
そんな事を言われるとは思っても見なかった俺は左手を口に当てたまま涙をこぼしていた。
悲しい気持ちはもちろんあるのだけれど、そこに由貴がいるという事が嬉しくて泣いてしまったのかもしれない。
成仏できずにこの場にとどまっているという事は良くないことなのかもしれないが、俺のすぐ近くに由貴がいるという事は、俺にとって嬉しい出来事なのかもしれない。
「先生も驚くことがあるんだね。どんなイタズラをしても学校じゃリアクション取らないから感情が無いのかと思ってたよ。未来からやってきたサイボーグなんじゃないかって噂もあったくらいだし」
「影でそんな風に呼ばれてたなんてしらなかったわ。俺も別に感情が無いわけじゃないんだけどな。あんまり感情的になるのは良くないって思ってたら、いつの間にかそうなってただけだし」
「ソレって、私たちを見ると、ユキちゃんのことを思い出しちゃうからって事なのかな?」
「別に、そういうわけじゃないんだけど」
そう言いながらも、俺は無意識のうちに左手を口元に当てていた。
それを見た彼女は今まで見たことが無いような意地悪な顔をしているのであった。