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第3話 先生は悪い先生ですか?

 イケナイ事をしている自覚はある。

 頼まれたからと言って、未成年者のためにお酒を買うなんて絶対にダメな事なのだ。

 生徒会長で優秀な生徒で人望も厚く悪い噂なんて今まで一度も聞いていなかった彼女の頼みだとしても、断るべきなのだ。

 だが、そんな彼女の頼みを俺は聞いてしまった。


 何に使うつもりなのかはわからないが、俺は彼女のために日本酒を買ってしまったのだ。

 彼女がこの日本酒をどうするのか最後まで見届けるという条件を付けたのだが、その事を少しだけ俺は後悔し始めていた。

 もちろん、彼女のために日本酒を買ったこと自体も後悔の対象なのだが、最後まで見届けると言ったことについての方がより後悔の対象として強くなっていた。


「先生は悪い先生ですか?」

「俺は悪い先生だとは思ってないけど、今は少しだけ悪い先生になってしまったんじゃないかって思ってるよ。生徒会長で優等生な君が、悪い事なんてするとは思いたくないからね。俺のそんな気持ちを裏切らないでくれると信じているよ」

「先生の期待には答えたいと思うんですけど、どうなっちゃうんでしょうね。優等生だと言ってくれるのも嬉しいけど、私って本当は悪い子かもしれないですよ」


 真っすぐに俺を見つめる彼女は少しだけ口角をあげると同時にゆっくりと瞬きをしていた。何かを待っているかのように見えたそのしぐさであったが、俺は何も気づかなかったフリをしていた。何かあったとしても、教師と生徒という壁を超えてはいけないのだ。

 俺に何かを期待するようなそぶりを見せる彼女と何も気づいていない風を装う俺。

 きっと彼女はそんな俺の態度も見抜いているのだろうが、あえて気付かないふりをしてこのまま何も無かったかのように進んで行く。目的地がそこまで遠くは無いだろうと思って後をついていったのだが、どうしてもこれ以上一緒に歩きたくないと思ってしまう場所へ彼女は向かっていた。


 俺にとってこの街で一番近付きたくない場所。

 俺だけではなく、俺の両親も近付きたくないと思っている場所。


 彼女が向かっていたのは、俺たち家族が誰も近付きたくないと思っていた場所なのだ。


「先生、顔色が悪くなってるけど、大丈夫?」


 頭では冷静になって考えられていると思っていたのだが、俺の体は無意識のうちにこの場所に対して拒否反応を起こしていたようだ。全身の血の気が引いているのがわかるくらいに体は冷えていて、右手はどんなに意識しても震えが止まらなかった。

 どうしてこの場所に彼女が来たのか俺にはわからないが、俺が想像していたのとは違った意味で彼女は危ないのかもしれないと思ってしまった。


「ココって人の気配が全くないよね。今は夜だから人がいないのかもって思うかもしれないけど、日中もあまり人通りは多くないんだよ。どうしてなのか、先生はわかるかな?」

「さあ、どうしてだろうね。俺には全然わからないな」

「先生は知らないのか。結構有名な話なんだけど、ココって結構前に悲惨な事件があった場所なんだって。私も噂で聞いただけなんで本当の事はわからないけど、一人の女の子が複数人の男子に乱暴されて、そのまま亡くなった場所らしいんだ。たぶん、先生がまだ学生だった時の話だと思うんだけど、いつからそんな噂が広まるようになったんだろうね?」


「どんな噂が広まっているのか知らないけど、あんまり不確かな情報に踊らされない方が良いんじゃないか。いくら進路が決まっているとはいえ、こんな時間に出歩いているなんて良くないと思うし。ほら、ご両親も心配していると思うし、帰った方が良いんじゃないか?」

「急にどうしちゃったのかな? もしかして、この場所が怖いとか思っているのかな?」

「怖いとかそう言うのじゃなくて、こんな時間に高校生が出歩いていいわけないというだけの話だし。ほら、家の近くまで送るから帰るぞ」

「ええ、そんなに慌てなくてもいいのに。先生ならこの場所で何があったか知っているかなって思ったんだけど、ソレって私の気のせいだったのかな?」


 もちろん、そんな噂が広まっていることは知っている。

 この場所で何があったか正確に知るものは少ないだろうが、正しい情報を得ることが出来なかった者たちが様々な噂を立て、その噂が広まっているのも事実なのだ。情報が正しいのか間違っているのかなんて関係なく、自分たちの興味を引くものであれば噂なんてなんだっていい。そう思っている人は意外と多いのだ。


 この場所で起きていた痛ましい事件は幸か不幸か真実が広がることはなかった。

 事件はとても不幸な事だったが、その事件の内容が広まらなかったことは被害者にとって不幸中の幸いだったのかもしれない。被害者が死後にまで穢されることが無かったのは良かったのかもしれないが、それによって加害者たちが軽い罪で済んでしまったのは許されていいのだろうか?

 俺は、俺たちはいつまでもその事で悩んでいた。

 でも、その事を彼女は知るはずがないのだが、俺を真っすぐ見つめる彼女の瞳は全てを見抜いているように見えていた。


「この場所で何かあったとして、なんで俺がソレを知っているって思ったんだ?」

「だって、先生はその事件の当事者ではないけど、遺族ではあるでしょ?」

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