第27話 ちょうどユキちゃんの写真を見ていたところだったんですよ。
由貴が彼に与えた影響は俺が思っていたよりも大きかったようで、由貴がいなければ野球を続けていたかどうかも怪しいという事だった。
そんな彼でも由貴がどんな気持ちで野球部の手伝いをしていたのかはわからないらしい。そこまで深い関係ではなかったという事なのかもしれないが、そんな関係であるのにもかかわらず彼の人生に由貴が大きな影響を与えていたという事は驚いた。
「俺よりもマネージャーの方がユキちゃんのことをわかってると思いますよ。俺と違って部活以外でも仲良くしてたみたいですからね。お兄さんなら連絡取れるんじゃないですかね?」
由貴の親友であるあの子の連絡先なんて俺は知らないのだが、あの子の両親は今も変わらずあの家で暮らしているかもしれない。そんな可能性に賭けてみる価値はあるだろう。
彼の知らない由貴の事をあの子なら知っている。普通に考えれば由貴とのかかわりがあるとは言っても有名になったプロ野球選手にいきなりコンタクトをとるなんてどうかしている。イザーちゃんと栗宮院うまなの助けがあったとはいえ、普通なら由貴の親友だったあの子に先に聞くべきだったのかもしれない。
でも、俺のために時間を作ってくれた彼には感謝しないとな。もちろん、イザーちゃんと栗宮院うまなの二人にも感謝はしている。
「俺にはユキちゃんがどんな気持ちであんなことになったのかわからないですけど、これからもユキちゃんのために野球は続けますよ。こうしてお兄さんに会えてよかったです。忘れていたわけではないけど、今まで以上にユキちゃんのことを考えてプレーし続けますね」
「そう言ってくれると由貴も喜ぶと思うよ。テレビとかで応援してるね」
「たまには直接見に来てくださいよ。言ってくれればチケット用意しますから」
彼と話しても由貴がどんな思いであんなことになったのかはわからなかった。
そんな事は最初から分かっていたし、彼が原因だとは思ってもいなかった。
由貴の事を聞くために彼に会ったのではなく、有名になった彼と直接話がしたかったのではないかと言われてしまうと、強く否定できないかもしれない。妹の由貴の事は今でも大切に思っているのだけれど、日本を代表するような野球選手になった彼と直接話が出来るなんて誰でも浮ついてしまうだろう。野球に興味が無くても彼の凄さは聞こえているし、別世界の住人と言ってもいいような彼と会えるのだとしたら、みんな俺と同じ気持ちになるんじゃないかな。
そんな言い訳を心に秘めたまま、俺は由貴の親友だったあの子が住んでいた家のインターホンを鳴らしていた。
「あら、誰かと思ったらユキちゃんのお兄さんよね?」
「はい、そうです。突然お邪魔して申し訳ないですが、今日は少し由貴の事についてお尋ねしたいことがありまして」
「そう言う事なんですね。それだったら、私よりも娘の方が良いわよね。ちょっと娘に連絡とってみるので待っててもらえるかしら」
面識が全く無いというわけでもなかったとはいえ、最後に会ったのは由貴のお別れ会だったと思う。あの子と一緒に家に来てくれたことは覚えているのだが、ここまでスムーズに話が進むのは意外だった。インターホンを鳴らした後も何と説明すればいいのか考えてはいたのに、俺のそんな思いは無駄だったのではないかと考えるくらい物事が進んでいる。
こうして待っている間にもなんて説明するのが一番いいのか考えてはいたのだが、そんな俺の思いを無視するかのように更に俺にとって都合がよく進んで行った。
「娘に聞いてみたんですけど、今からだったら大丈夫だそうですよ。お兄さんは大丈夫ですか?」
「はい、これからでも大丈夫です。よろしくお願いします」
待ち合わせ場所に指定されたカフェに着き、俺は待ち合わせをしていることを伝えるとあの子が待っている席へと案内された。
大人にはなっているが見覚えのある顔の彼女と軽く挨拶を交わすと、俺は席について彼女と同じものを注文した。
何度か会ったことのある彼女は少し戸惑っているようにも見えた。それは俺も同じかもしれない。何度か会ったことがあると言っても、由貴がいない状況で会ったことなど一度も無いので、今のこの状況は少し不思議に思えていた。
「お母さんから連絡が来た時はビックリしました。だって、ちょうどユキちゃんの写真を見ていたところだったんですよ。久しぶりに手に取ったアルバムを見ていたんです」
「急に訪ねてごめんね。俺が言うのも変だと思うけど、今日で大丈夫だった?」
「今日で大丈夫というか、今日じゃないと時間が無かったんです。実は、明後日から転勤で引っ越すことになってたんですよ。明日は引っ越しの準備とか手続きとかで忙しかったんで、今日お兄さんがきてくれて逆に良かったです。明日とかだったらこうして会えなかったと思うんで。次にこっちに帰ってくるのは、年末になっちゃうと思いますからね」
引っ越しの直前に俺が彼女を訪ねたのは偶然なのだろうか。
ここまでくると、これは偶然などではなく必然だったのではないだろうか。
そんな事を考えながらも、彼女も由貴の事を考えていてくれたという事が少し嬉しかった。
「ユキちゃんのことで何か知りたいって聞いてるんですけど、私に聞きたいって事は、野球部の事ですよね?」
小さく頷くと、それを見た彼女は真っすぐに俺の目を見てから自分を落ち着かせるように深く息を吐いていた。




