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人生やり直しには代償が必要なんですが、覚悟は出来てますか?  作者: 釧路太郎
先生とうまなちゃん

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24/27

第24話 今の俺があるのはユキちゃんがいたからです。

 野球部の練習は苛酷で気の休まる瞬間は一度も無かった。

 そんな中で唯一の癒しと呼べるのはマネージャーたちがかけてくれる声援だけだった。

 当時はまだ運動中に水を飲まないことが精神を鍛えると信じられていた時代だったし、漫画やアニメなんかで見かける差し入れなんかはほとんどなかった。試合があれば話は別なのだが、練習の時には一二年生は水分補給すら許されないという、今になって考えると頭がおかしいとしか思えないことが当たり前のように行われていた。

 ここまで苦しい思いをしても必ず良い結果が出るわけでもなく、練習試合ですら勝てない状況が続き、俺が二年生の夏になるまでの間に対外試合で勝利したのはたったの二度だけだった。そのうち一勝は相手の棄権によるものなので実際には一度しか勝ったとはいえないのだ。

 いくらやっても勝てず、ただただ苦しい時間だけが続く環境でも誰一人として野球をやめなかったのはマネージャーたちがかけてくれる優しい言葉の力が大きかった。地獄のような場所で自分たちに優しくしてくれる女子の存在は俺らにとってとても大きなもので、恋愛感情とは別の不思議な思いがみんなの中で育っているのを共有していたのだ。

 中でも、マネージャーの友達であるユキちゃんが練習をサポートしてくれる時間は野球部員たちにとってかけがえのないものであった。正式なマネージャーではないユキちゃんは他のマネージャーたちと違って裏方というよりもコーチに近い立ち位置でアドバイスを送ってくれたり、顧問にバレないようにそっと差し入れなんかもしてくれていたのだ。

 現在であれば当然のように行われている水分補給や栄養摂取も進言してくれていたし、部員たちの得意不得意をまとめたデータ収集も行っていて練習効率も一気に向上していった。

 その結果、今まで試合で繰り返していた凡ミスが減っていき、少しずつ野球の試合と呼べるものになりつつあったのだ。

 状況が変わると部員たちの意識も変化していき、辛いだけだった生活も少しずつ楽しめるようになっていった。練習は相変わらずきついままではあったが、ユキちゃんがいればそれも乗り越えることが出来る。そんな共通意識を野球部員たち全員が持っていたのだ。


 ただ、どういうわけか、ユキちゃんは試合を直接見に来てくれることは一度も無かった。

 地方予選決勝まで勝ち進み、全校応援となった試合ですらユキちゃんが応援に来てくれることはなかったのだ。


「自分がこうしてプロ野球選手になれたのはあの時にユキちゃんが野球の楽しさを教えてくれたからだと思うんです。当時は常識だったことを否定して、今では当たり前のように行われている事を実践してくれたんです。地獄のような日々に現れた天使、いや、女神だと俺たちは本気で思ってました。もちろん、他のマネージャーの子たちも良くしてくれたのは変わりないんですけど、ユキちゃんは顧問にも色々と言ってくれたみたいなんです。効率を求める事だけが正解だとは思わないですけど、あの時の常識が間違っていたというのは事実だと思います。ただ、それをあの時代のあの顧問にも言えるというのは今の俺が過去に戻ったとしても難しいと思うんですよ。今になって考えると、あの時のユキちゃんって何度か人生をやり直してたんじゃないかなって思うくらいに現代のトレーニング理論やデータ収集をしてくれていたんですよ。お兄さんがそう言うアドバイスをしていたとかってないですよね?」

「俺は全くのノータッチだよ。休みに家族で出かける時も会話に野球部の事は出てなかったね。あの時にもう少し野球部の話を聞くことが出来ていたら、あんなことにはならなかったんじゃないかなって考えたりもしたんだ。別に君たちを責めてるわけじゃないんだけど、俺たちの中では由貴が自ら死を選んだのは野球部に関わったからじゃないかなって心の中で感じてたんだよね」

「それはたぶん、間違ってないと思います。ユキちゃんが俺たち野球部に関わらなかったとしたら、あんな事にはならなかったんじゃないかと思っちゃいますよね。お兄さんたち家族には本当に申し訳ないという思いで一杯なんですけど、今の俺はあの時のユキちゃんの思い出やかけてくれた言葉なんかが野球をやる原動力になっているのも事実なんですよ。勝手な言い分ではありますが、今の俺があるのはユキちゃんがいたからです。ソレだけは間違いないです」


 由貴は小さい時から誰かに良い影響を与えていた。

 俺だって由貴がいなければ教師になろうとは思わなかっただろう。

 彼だって、由貴がいたからこそ今の活躍があると言ってくれている。

 

 由貴が残してくれたものはみんなに大きな影響を与えてくれている。

 そう思えば、由貴の死は無駄ではなかったという事になるのだろうけれど、自らそんな道を選んでほしくなかった。


 そう心の底から願っている。

 おそらく、俺の目の前にいる彼も同じ気持ちだろう。

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