第18話 ねえ、どっちが好き?
生徒から宿題を出されたのは教師になって初めての事だった。
というよりも、答えることなんて出来ない。どう答えたところでマイナスにしかならないのだ。栗宮院うまなもそれは理解していると思うのだが、俺にとってつらい決断を迫られることになってしまった。
「うまなちゃんもなかなか酷いことをするね。お兄ちゃんがどう答えても悪い方向へ進みそうだよ。でも、お兄ちゃんはどう答えるつもりなのかな?」
イザーちゃんが作ってくれるご飯は相変わらず俺の好みにドンピシャでありつつもしっかりとバランスの取れたものになっている。そんな美味しいご飯を食べている間はイヤなコトを忘れられるのではないかと思っていたのだが、そんな俺の思いを無視するかのようにイザーちゃんはうまなちゃんの質問を俺にぶつけてきた。
おそらく、俺が学校に行っている間にイザーちゃんは栗宮院うまなとやり取りでもしていたのだろう。もしかしたら、あの質問をするようにイザーちゃんが誘導していたという事もあるのかもしれないが、そうだとしたらこんなに無邪気な笑顔を俺に向けることが出来るのだろうか?
いや、イザーちゃんはそういった事を平気で行うことが出来るタイプなのかもしれない。そんな思いが俺の中にあるような気がしていた。
「もしもだよ。うまなちゃんが金髪になったとしたら、お兄ちゃんはどう思うかな?」
「どう思うって、何かあったのかなとしか思わないよ。真面目な生徒会長である栗宮院うまなが金髪にするなんて、きっと何か理由があったんだろうって思うし。おそらく、俺以外の他の教師もそう思うんじゃないかな?」
「そうじゃなくて、そういう意味で聞いてるんじゃないよ。うまなちゃんみたいな子が金髪になるのってお兄ちゃん的にはどう思うのかな?」
「うーん、想像もつかないけど、多分似合わないんじゃないかな。意外と似合うのかもしれないけど、きっとすぐに今みたいな黒髪の方が良かったって思うかも。珍しいものを見たって感想以外には特に思いつかないかもしれないね。それにさ、いくら私立とはいえいきなり生徒会長が金髪にして登校するとか大問題に発展しかねないんじゃないかな。お互いにとってデメリットが多すぎると思うよ。真面目で信頼の厚い栗宮院うまなが金髪にしたところで教師たちはあまり強く言わないと思うんだけど、そうなると他の髪を染めている生徒たちに対しても指導出来なくなってしまうんだろうね。今は注意されない程度の色におさえている生徒たちも、栗宮院うまなが金髪にしてしまえばそんな生徒たちもおさえていたものを取っ払って、思い切った髪色に変えてくるんだと思う」
「それはあるかもしれないね。でも、私が聞きたいのはそういう事じゃないんだよ。金髪になったうまなちゃんと私だったらどっちがお兄ちゃんの好みなのかなって話なんだよ。ねえ、どっちが好き?」
どっちが好きって言われても答えることなんて出来ない。
イザーちゃんは当然それをわかって聞いているのだ。
そう考えると、イザーちゃんは俺が思っているよりも性格が良くない。そんな可能性が出てきた。
「じゃあ、もっと答えやすいように質問を変えるね。お兄ちゃんは三年後の大人になったうまなちゃんと幼女だったころの私ならどっちが好きかな?」
「どっちも想像出来ないから答えられない。この話はここでお終いね」
「ちぇっ、お兄ちゃんはもっと困って面白い反応を見せてくれると思ったんだけどな。今回ばかりは見逃してあげるか。あんまり考えてばかりだとご飯もさめちゃうしね。って、お兄ちゃんはほとんど食べ終わってるじゃない。私もちゃんと食べてればよかった」
「イザーちゃんの作ってくれるご飯は冷めても美味しいよ。今日のお弁当も美味しかったし」
俺の言葉を聞いて満更でもないという表情を見せているイザーちゃん。それを見た俺は上手くごまかすことが出来たとホッと胸をなでおろしていたのだが、当然イザーちゃんはそんなに甘くない。俺が褒めたことはしっかりと受け止めてくれているのに、俺の置かれている状況はより厳しいものへと変わってしまった。
藪を突いてて蛇を出すという状況を作り出してしまったのかもしれない。
「お兄ちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるから、こちらとしても作った甲斐があるってもんだよ。お弁当は残り物が中心にはなってしまっているんだけど、そう言ってもらえると私も嬉しいな」
「俺も自分でお弁当を作っていた時は残り物ばかりだったよ。時々はちゃんとお弁当のために料理も作ったりしてたんだけど、段々とそんな時間も無くなってしまったからね。お弁当だけじゃなく、それ以外の事でもイザーちゃんには本当に感謝しているよ」
「もう、あらたまってそう言われると、私としても嬉しくなっちゃうよ。最初はうまなちゃんに頼まれたからって事で何となくだったんだけど、今は完全に私が好きでやってることなんだよ。これから色々と大変な事になるお兄ちゃんが一時でも平穏に暮らせるといいなって思っての事だからね」
「ソレって、どういう意味?」
「どういう意味って。お兄ちゃんはユキちゃんがどうしてあんなことになったのか本当の事を知りたいって思った事は無いかな?」
由貴が自ら命を絶った理由を知りたくないはずなどない。
大体の予想はついていたのだけど、きっと俺の知らないこともあるんだろう。
なぜそれをイザーちゃんが知っているのかと思ったりもしたのだけど、イザーちゃんも栗宮院うまなも亡くなっている由貴とお話が出来るんだという事を思うと、何もかも知っていてもおかしくは無いという事に気付いてしまった。
「ユキちゃんがどうして死のうと思ったのか……。知りたい?」




