第12話 どんな事をしたって大丈夫なんだよ。
金髪の女性であるイザーちゃんと俺の妹である由貴の共通点なんて女性であるという事くらいしか無いのに、なぜかイザーちゃんの姿に由貴が成長している姿を重ねてしまっている。両親がイザーちゃんの姿を見ても俺と同じように感じるのかはわからないけれど、大人になった由貴はイザーちゃんみたいな金髪になっているのかもしれないと少しだけ想像してみた。
イザーちゃんが私たちと言っているからそう思っているのか、本当に由貴がイザーちゃんの中にいるからそう思えるのかはわからない。わからないけれど、俺はイザーちゃんの言葉をなぜか疑うことが出来なかった。
「せっかくのお休みなんだし、お兄ちゃんはどこかに遊びに行ったら良いんじゃないかな。私は残った家事をやっておくから気兼ねなく遊んできなよ」
「遊んできなよって言われても、俺は特に趣味とかもないし出かけないといけない用事も無いんだけど」
「そんなわけないでしょ。それじゃあ、まるで何も趣味の無い仕事人間って事になっちゃうよ。小さい時はオモチャで楽しそうに遊んでたし、中学生の時は夜遅くまでゲームばっかりやって怒られてたじゃない。それなのに、今は趣味がまったくないってどういうことなの?」
「どういう事って言われても。何となくそう言う事をする気力がわかないってだけだよ。別に深い意味は無いから」
夜遅くまでゲームをやって怒られていたことはあったのだけれど、どうしてイザーちゃんがソレを知っているのだろう。ほんの少しだけ俺の中にあった、イザーちゃんの中にいるはずが無いという思いは完全に消え去ってしまった。これが無かったとしても疑う気持ちは無くなっていたとは思うけど、友達にも話したことのない事を知っている時点で信じるしかないだろう。
俺はイザーちゃんの中に由貴がいると確信したのだ。
「まあ、お勉強ばっかりしてて遊ぶことを忘れたって事なんだろうね。でも、勉強だけじゃ良い先生にはなれないかもしれないよ。勉強ばっかりじゃ世の中の事を理解出来なくなるだろうし、偏った知識は人を偏屈にするんだからね。私はお兄ちゃんにそんな先生になって欲しくないし、そんな先生に生徒を指導してほしくないって思うな」
「勉強ばっかりしているわけでもないけどね。家事とか一通りやっているし、時々は遊びに行ったりもしているんだよ。ところで、君はイザーちゃんなの? それとも……由貴なの?」
俺の質問を受けたイザーちゃんは一瞬真顔になってくだらないことを聞くなと言った感じで俺の事を見ていた。
察しの悪い男だとでも言いたいのか、少しだけため息をついたイザーちゃんは面倒くさそうに俺の質問に答えてくれた。
「期待してもらっているところ悪いんだけど、私はイザーちゃんだよ。ユキちゃんの事はうまなちゃんから聞いているんでわかってはいるけど、私はまだユキちゃんのことを見た事は無いんだよね。みんなの話を聞いていると、いい子だったってのはわかるんだけど、実際にこの目で見て見ないとわからないよね」
俺がずっと感じていたイザーちゃんの中に由貴がいるというのは単なる思い違いだったのかもしれない。
でも、確かに俺はイザーちゃんの中に由貴がいるという事を感じていた。
はずだ。
「というわけで、私の中にユキちゃんがいるのか実際に鏡を使って確認したいと思います。ねえ、お兄ちゃんの家にある一番大きな鏡って、どこにあるの?」
「一番大きな鏡は玄関に置いてある姿見だけど、そんな簡単にわかったりするもんなの?」
「私は今まで何回も今回みたいな感じになったことはあったんだけど、鏡を見たらいつもの見慣れた私の顔じゃなくなってるんですぐに気付くよ。女の子は誰でもすぐに気付くんじゃないかな。いつもと違う顔って、外に出るのがちょっと怖くなっちゃうもんなんだからね」
「それはわかるかも。俺もいつもと顔が違う時ってすぐにわかるからね。蜂に刺されて瞼が腫れた時とか親知らずを抜いた後とかは特に酷かったからね」
「その状況だと、毎日鏡を見てなくても気付くんじゃないかな?」
確かに、考えてみたらそんな状況であればどんな人だって違和感に気付くだろう。それに気付かない人がいたんだとしたら、自分にだけではなく他人にも興味を持てていないんじゃないかと思ってしまう。
どんな人だって自分の顔が腫れるような事をした後は気になって鏡を見るとは思う。それでも、自分の変化に気付かないような人がいたとしたら、そんな人は他人だけではなく自分にも興味が無いと言ってしまっても問題無いだろう。
不思議な事に、学年に一人くらいはそんな生徒がいるので、世の中には俺が知らないだけでそういう人たちが一定数存在しているという事なのかもしれない。他人にも自分にも興味を持っていないなんて、どんな人生を歩めばそんな事になるのだろうか。
「そんな事よりも、お兄ちゃんが何かするべき趣味を見つけるためにも外に出ようよ。なんだったら、腕くらい組んであげてもいいんだけど?」
「誰かに見られたら誤解されるようなことはしないで欲しいな。一緒に行くのは全然かまわないんだけど、そういう目立つようなことは良くないと思うから」
「大丈夫だと思うよ。私の事を見ても覚えている人なんてほとんどいないんだから。今回の事が終われば、お兄ちゃんだって私の事を忘れちゃうんだと思うし。そういうもんだから、どんな事をしたって大丈夫なんだよ。お兄ちゃんがしたい事だったら、なんでもしてあげるからね。それだけは、覚えててね」




