Project8
高遠は予備校が終わった頃に夏樹にメールを送って来る。
それに夏樹が返信するのが最近習慣になっていた。
たまには自分の方から送った方がいいのかなとも思ったが、予備校の授業中高遠が着信をもし消していなったらなどと余分なことを考えていていつも送りそびれていた。
今夜の夏樹の返信はかなり長かった。2年生のメインイベント修学旅行で由紀と一緒の班の可能性が高くなったこと、少なくとも同じ部屋になれそうになったこと嬉しいという自分の気持ちを絵文字を使ったりして随所に書きこんでいたからである。
しばらくすると高遠から返信が来た。
「俺も一緒に行きたかった。お土産待ってます。お休み。」
修学旅行は秋だ。夏樹は高遠にお土産を渡せるのだろうか?それよりも渡してもいいのだろうか?そんなことを考えていたらなかなか寝付けなかった。
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数日後、HRで修学旅行の班分けが行われた。出来る限り仲の良い友人達とグループになりたいと全員が思っていたらしく、あっさりと決定した。
夏樹と由紀は別々になっても良かったが、里子の方から里子一人が夏樹達と組む方が都合がいいと言って譲らなかったので、夏樹、由紀、里子と男子3人で第1班となった。
菜穂子達は第2班、部屋割も予定通りとなった。
事前学習の段取りについては春翔から
「調査するべき項目を分担して各自で資料を作る。出来あがり集まった資料を班の資料として内容を旅行前までに理解しておくと効率が良い。」
とアドバイスをもらっていた夏樹はその内容を班のメンバーに話してみたところ、夏休み中も部活が忙しくなるという男子からは非常に喜ばれた。
春翔の話しを里子から聞いたまどかが、どうせなら二班合同にして12等分にしないかと持ちかけられた。
二班で話し合ったところ、メンバー全員の意見が賛成となりその日の放課後早速分担を決めた。
資料作成の担当を決めた後、里子から協力して欲しい内容を話したいので、駅前のファーストフードにでも寄らないかと誘われた。
「最終日の自由行動の時にうちの班の草川と菜穂子を二人っきりにしたいの」里子がいきなり要件を述べた。
菜穂子が恥ずかしそうに両手を合わせて夏樹と由紀を見た。
「えぇっと。草川とは付き合ってるの?」
「ううん、自由行動で告白できたらなって、でも、旅行前に告白出来たらしちゃおうとは思っているんだけどね。なかなか・・・」菜穂子は実行できるかどうか分からない不安を表した。
草川と里子が同じ中学なので里子が間に入って菜穂子と草川で同じ班にすることも出来たのだが、肝心の草川がどう答えるかは分からない。断られたとしたら帰ってからの学習レポートの作成のときが気まずくなっては困るので、ならば里子と菜穂子は違う班で里子の班に草川が入るようにして、自由行動のときに草川の身柄がこちらの手の内にあるようにしたいというのである。
「すごい・・・」由紀が静かに、でも感心しているのが分かるように言った。
夏樹もそう思った。由紀が二宮と話しをするために色々策を練ったが、里子のプランと比べると行き当たりばったりと言った感じがありありとした。
夏樹と由紀、そして草川以外の1班男子に課せられたのは「自由行動も一緒にしようと、まとまった意見でいること」「実行の有無はさておき、旅行前の話しあいの折には自由行動で何をするかのプランを立てること」であった。
夏樹も由紀も快諾した。架空のプラントはいえ計画を立てた内容が旅行のいい思い出になりそうなら、実際にそのプランで行動してもいいだろうと思った。
まどかや彩のいる2班のメンバーと合流になっても楽しいんじゃないかな。
菜穂子、上手くいくといいなぁ。それが夏樹の素直な思いだった。
「ところで高遠さんとはどんな感じなの?」やはり里子の関心は夏樹と高遠のようだった。「夏樹達最近校内ではいちゃいちゃしてないけど、土日にべったりなの?」
はあぁ。いちゃいちゃってなんだ?夏樹は目が点になった。
「土日に会ったことないよぉ。だって予備校と模試でしょ?」
「えっ?そうなの?って予備校はともかく模試は毎週受けるものでもないでしょ?」
あれっ??おかしいか?春翔も冬寧も高3になってからは土日はほとんど家にいなかったぞ。
だから夏樹自身も来年は土日は受験勉強一色なると思い込んでいた。なのに周囲の反応がおかしい。夏樹は考え込んだ。
「・・・予備校とか模試って毎週じゃないの?・・・」
「予備校はその予備校時間割とか受けたい授業とかによるだろうし、模試も色々なやつを受けていたら場合によっては毎週になるかもしれないけど、普通は毎週は受けないんじゃないかな?」彩が教えてくれた。
「そう、なんだ・・・」
高遠は告白してきた夏樹が土日に会いたいと言わないことを変に思ったりしていないだろうか?そういうところが「来るものは拒まず、去る者は追わず」だからか・・・
夏樹が考え込んでいるのをみて由紀を除いた4人が高遠が夏樹に「土日は模試と予備校で会えない」と言って会うことを拒んでいると思い込んだ。4人の同情のような視線を感じて夏樹は慌てて言葉を続けた。
「あっ高遠先輩は何も言ってないよ。うちの兄と姉が高3のとき毎週いなくて、予備校と模試って聞いていたから、進学希望の3年生はみんなそんな生活なのかと、ずっと、思ってたの・・・・」
「じゃぁ高遠さんが模試とかじゃない日にデート出来たらいいね。」里子が明るく切り返してきた。周辺の空気も和んできた。
「あははは・・・そうだね・・・」夏樹は乾いた声で答えていた。
しかし、春翔と冬寧は毎週何してたんだ??
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「土日って何してるんですか?予備校ですか?」夏樹はアンケートでも取っているかのように高遠に聞いてみた。
春翔と冬寧が本当のところ何をしていたのか知りたかったのだが、そんなときに限って冬寧は帰って来ないし、春翔も仕事が忙しく帰宅が遅かった。
で、現役の受験生に聞いたら予想がつくのではと思い聞いてみた。
二人が一緒にお昼を食べるのは久しぶりだった。ここしばらくは夏樹の委員会が昼休み行われていたからだ。
季節は梅雨に入った。雨の日の今日はあの音楽室でお弁当を食べている。しかし今日は教室内に他に人がいる。音大を目指している3年生が夏休み中にあるコンクールのために音楽室のグランドピアノで練習しているのだ。
繰り返し聞かされる同じ曲。納得がいかないのか同じフレーズが続く。普通の人なら飽きてしまうのかもしれないが、家にピアノのない夏樹には新鮮味もあり、演奏者の技術が高いので聞き心地が良かった。
「それってデートのお誘い?なかなか聞かれないから気になっていたんだよね。あっでも残念なことに今週の土曜は予備校の補習で日曜は模試です。」
デートぉ、そおきたか。あっでも模試も受けてるんですね。
「私も日曜は由紀と映画に行くんです。うっかりしてたら来週の金曜までらしくて・・・」二人で出掛けて何かあったらと気が気ではない夏樹は牽制の意味を込めて答えた。
「じゃぁ来週の土日はどこかへ行こうか?その翌週だと期末の準備したいだろうからそっちの土日は図書館とかにしようか?」
「えっ?あの予備校は??」
「土曜に予備校は行ってないよ。俺が通ってる予備校は第3土曜日に補習って名目で受講生が出入り自由に以前の講義で分からなかったところを聞いたりできるようになっているんだ。」
ふーん、予備校はそんなこともやっているのか?
実は春翔は今年の春から契約社員として予備校で勤務している。講師はもちろんテキスト作成や予備校ないで行う模試の作成をやっているらしい。(←瑠璃情報)場所も高遠が通っているところと同じ最寄駅だった。ただあの界隈は予備校が多い地域なので、春翔と高遠が同じ予備校とは思えない。
ついでに言うと瑠璃が働いている会社も同じ最寄駅らしい。「光南高校創立以来の快挙」となった春翔は有名国立大学を現役で入った。その春翔が大学卒業後正社員にならなかったことで大学の就職課は驚愕したらしいが、勤務地が瑠璃の職場の目と鼻の先だと知って家族や春翔と親しいものには春翔の意図が理解出来た。
高遠の話しから夏樹が知りたかった春翔と冬寧の行動のヒントになるものはなかった。しかも由紀と映画に行った翌週は高遠デートすることになったらしい。
予鈴がなって教室戻ると別れ際に高遠が「どこに行きたいか考えておいて」と言った。
そのやりとりをクラスの大半が見ていた。里子は「やったね!」とニヤついた顔を見せてきた。
高遠と自分は学校以外のどこで会っていいのだろうか?と思った。