Project6
午前中、学校にいるだけで夏樹は疲れ切っていた。
自転車で登校すれば良かったものの、うっかり歩いてきてしまったのだ。
昨日高遠と別れた駅前を通り過ぎた辺りで夏樹を注目する人が増えた。「昨日高遠くんとキスしてた子よ!」なんて発言が聞こえるのは1回や2回ではなかった。
恥ずかしさのあまり走り出したかったが、急に走り出すのは逃げているようだと思い(実際は逃げたかったが)少しずつ足を速め最後に走り出す形を取った。
息を切らして教室へ着けば、既に到着していたクラスメート達が一斉にこちらを見た。夏樹を心配してか早めに登校していた由紀がかばんを置いた夏樹の腕をつかむようにして二人で教室を出た。
ところが教室を出たところで二宮とばったり会ってしまった。こっちは1組あっちは2組、そんなこともあるだろう。
さらに追い打ちをかけるように「二宮く~ん」と声をかけて二宮によって来る女子生徒がいた。
「あの声・・・」色の白い由紀がさらに白くなって反応した。どうやら二宮に告白した子のようだ。夏樹の中では「テニス部」って雰囲気のポニーテールをした由紀とは違った可愛らしさを持った子だ。
親しげに声をかけてくるということは二宮は良い返事を返したのだろうか?同じことを思った由紀が動けなくなった。
「由紀、教室に戻ろう・・・」
二宮と女生徒はそのまま行ってしまった。夏樹は由紀をかばうように再び教室へ戻った。
そして夏樹が席に着くと、高遠と夏樹のことに興味津津のクラスの女子に取り囲まれた。
「杉下さんが高遠先輩に告ったの?」
多分そういうことになるのかなぁ。そう考えても夏樹はいきなりの質問に返事ができなかった。
「えぇっ!?」1人の女子が驚いた。なぜ?そこ驚くところか?夏樹が逆に驚いた。
「高遠さんからじゃないの?だってここ1年くらいみんな断られてるって話じゃん。だから誰かに片想いでもしてるんじゃないの?って噂になってたし。」
「そういえばそんな噂もあったっけ?それにラブレターが捨てられてた、って話しも出たよね。」最初に聞いてきた女子が腕を組んで自分の持っている情報と照合しているようだ。
みんな良く知ってるなぁ。夏樹は感心してしまった。しかしラブレターを捨てるとは・・・ん、私のは捨てられなかったぞ?不思議に思っていたら由紀と眼が合った。由紀も何やら違和感を感じているらしい。
「あぁ~それうちの部活の先輩。『昼休みに会って下さい』って書いて待ってたのにすっぽかされて、放課後職員室行ったら自分の手紙がゴミ箱にあったって言ってた。」
もう古い話しなのか話している子も笑い話のようにしゃべっている。
ゴミ箱!職員室!?夏樹は激しい眩暈に襲われた。
「それにしても駅前でキスって大胆じゃな~い」
ほんとだよ。って私に言ってる?矛先が夏樹に戻って来たかと思い、夏樹は焦ったが、周囲は自分達の持っている情報を整理するのに必死にだった。
「でも高遠先輩って告白したその日にHってもよくあるみたいよ。」
だろうねぇ。予備校がなかったらどうなってたか?ってことは進路は真剣に考えているってことかな?
「あっ聞いたことある。それで体の相性が悪いから即別れたとかいうやつもあるよね。」
ろくでもねぇ~。夏樹は呆れた。冬寧は不明だが、春翔は瑠璃が初めての「彼女」でずっと瑠璃だけだ。二人を比べるのはあまり意味がないように感じるが夏樹が知る限り、春翔の友人にも今聞いた高遠のような恋愛をしているタイプはいなかった。
由紀も夕べの提案が不適切だったと判断したような表情で夏樹を見ている。由紀の言いたいことは分かる。由紀を責める気もない。満面のとは行かないが夏樹は由紀に微笑んだ。
クラスの女子たちの会話が自分を通り過ぎ、一方的に夏樹の知らない高遠情報を公開するだけで夏樹は特に答えることなく(無理だって)矢野先生が教室に来た。
朝のHRの間、夏樹は由紀を見た。さっきの二人の様子から察するに、おそらく二宮がOKしたと思っている暗い表情だった。
それから午前中は休み時間の度に噂好きな女子が夏樹の席に来ては高遠の「恋の遍歴」とでも言うのだろうか、高遠の過去をを好き勝手に話していた。
夏樹も高校生になったら、春翔と瑠璃のような冬寧とその彼のような春翔や冬寧の友人達のような、たとえ苦しくても素敵な恋が自分にも訪れると思っていた。
実際は高2になってもまだ恋はしてないし、手違いで出来た「彼氏」は驚くべき人物だし、途方に暮れた。
だけれど、目の前にいる高遠はキスなどを仕掛けてくる以外は夏樹にはとても紳士的に振舞っているように感じた。
う~ん、噂は所詮噂ということかな?由紀のことだって尾ひれがついてるし。でもでも、万が一(現状あってはならないが)高遠先輩とHした後、「相性が合わない」とか言われる可能性もあったりするんだよねぇ。由紀も「去る者は追わず」とか言ってたし。
告白が手違いだった云々以前に、やはり自分の手には負えない人物のように夏樹は感じる。
*********
「何考えてるの?今朝いっぱいからかわれた?」
はい、そのとおりです。お昼のお弁当の蓋を閉じたところで、夏樹は頷きもせず、隣に座っている高遠を軽く睨みつけた。既に購買部で買ったらしいパンを食べ終えて缶コーヒーを片手に持っていた高遠は夏樹が言いたいことを理解しているようだ。
「俺なんか担任から呼び出くらったよ。少しは慎め!だって」楽しげに高遠は言う。
本当に慎んでください。夏樹は祈った。そういえば矢野先生からの注意がなかったなぁ。
二人は音楽室にいた。4時限目高遠が音楽の授業だったのだ。授業が終われば鍵を掛けられてしまう教室ではあるが、高遠が何か仕掛けをしたのか、夏樹達は音楽室に入ることができた。
音楽室を入室可能した後、高遠は夏樹を教室まで迎えに来た。
授業で音楽室にいたのならメールで教室を指定してくれも良かったのにと夏樹は思ったが、口にはしなかった。
弁当箱をきんちゃくに入れその紐を結わいていた夏樹の前に高遠の顔が現れた。目が合った瞬間高遠の腕が夏樹の背後にまわった。
しまった!
夏樹の唇はまたしても奪われてしまった。
なんでこんな風に流されちゃうんだろう。夏樹の遠のく意識が思った。
高遠のキスは終わらない。そのうち夏樹の口の中にやわらかなものが入ってきたことで夏樹は瞬時に意識を取り戻した。
これって、もしかしてしなくて、あれですかぁ!?
それでも高遠の深いキスは続き再び遠のいていく夏樹の意識の中に瑠璃の声が聞こえてきた。
「・・・西校舎の階段を最後まで登って、屋上に出る扉のあるスペース。でっかい掃除用具入れしかないの。・・・クスクス・・・ほこりっぽくて、なんとなくカビ臭くて・・・でもね。春翔はね、「好きだよ」って言ってそこで初めて私にキスをくれたの・・・うふっ」
瑠璃の話してくれた「キス」ってまさか、春翔ともまさか高遠のように、まさかまさかまさか・・・・
夏樹は完全にパニック状態だった。
高遠のキスが終わると夏樹は肩を揺らしながら呼吸した。
「デザート、刺激が強すぎたかな?」夏樹の顔を覗き込んで高遠はにっこりしながら聞いてきた。
毎度おなじみとなった眩しい笑顔に夏樹は顔は真っ赤、頭はクラクラだった。返事をしたのかさえ分からない。
「うーん、これから大丈夫かな?」高遠の呟きが聞こえた。大丈夫って何がだろう、二人に「これから」なんてあっていいのだろうか。夏樹の体面のためだけにしばらくお付き合いするのは、とてもとても危険な気がする。
答えの出ない夏樹は前の机におでこをつけた。少し冷たい感じが夏樹を落ち着かせてくれるようだ。高遠は夏樹の後頭部を優しくなでた。
高遠の手のひらを感じた夏樹は、なんとなく目を閉じていた。自分の胸の奥底から何かがあふれ出てきているように感じていた。