Project5
晩ご飯が済んで、明日の時間割を揃えたのちに、夏樹は由紀にメールを送った。
さすがに「キス」の単語を入れるのは恥ずかしかったが、駅前での方は明日必ず学校の噂になるから包み隠さず報告した。
あっ、お昼の約束もしたんだ。高遠の申し出を断れない自分の弱さはなんだ?高遠に事実を話そうとしないのは何故なんだ?
夏樹の携帯が鳴った。由紀からだ。メールを読んだのだろう。夏樹は通話のボタンを押した。
「由紀」
「夏樹、大丈夫?」
「うぅっ、多分大丈夫じゃないんだと思う。なんで断れなかったんだろう?」
手紙消失に続く大きな謎だ。
「昼休みに会った時、あの手紙は友達を勇気づけるためです。とか言うのかと思ってた。」
はい、そのとおりです。しかし、一瞬たりとも発言するチャンスがなかった。
「明日昼休みに会う約束したからそのとき話すよ。」
「駅前のキスのことはどおするの?私のときとは違うんだよ。目撃者がいっぱいいるんだよ。」
あぁ、それがあったんだぁ。
「どおしよう・・・」
しばらく沈黙が続く、それを破ったのは由紀の方だった。
「・・・・あんまり夏樹向きじゃないけど、しばらくお付き合いしておくとか・・・」
えっ、それって・・・高遠先輩ってかなり展開が早いんですけど・・・・しばらくの間に色んな事が起きそうなんですが、夏樹は由紀の提案に動揺した。
「・・・実は今日夏樹が教室出て行った後すごい騒ぎになったんだよね。当の夏樹がいないから矛先がこっちに来たりして、私は何も知らなくて今びっくりしてるってしか答えられなかったけど・・・」それは間違いなく事実だ。由紀の方は何か知っていればフォローのコメントを入れたかったらしいが。
「今日告白、放課後に駅前でキス、明日にはお別れって、夏樹の今後にあまり良くない気がして、だったらしばらくお付き合いしてお別れになった方がありがちな話しかなって」
それはありがちな話しだ。しかし、しばらくお付き合いの間に自分と高遠の間に何も起こらない保証が全くないのだ。気持ちがないのに、それって困る。
「ねぇ由紀、高遠先輩の本当のことを話したらどんな反応しそうか分かる?」
「ここ1年は彼女作ってなかったからね。その前だと「来る者は拒まず、去る者は追わず」って感じだよ。だから全部話しちゃえば、その後は関わり合いはなくなるよ。だけど、この状況だと今すぐ話しをするのって夏樹のイメージ悪くしそうで・・・」
由紀はかつて自分に起きた出来事の二の舞にならないようにと思っているのだ。
由紀は小学生のとき恋に落ちた。相手は同級生。名前は二宮康章。
由紀も二宮も私立に受験はしなかったので、同じ栄中学に進学した。中学に入ってから由紀は女子の間で孤立した。可愛くてもてるからやっかむ女子が由紀を仲間外れにするようになったのだ。
当たり障りのな態度のままでいてくれるものもいたが、由紀には自分の恋の悩みをきいてくれるような友人は中学には存在しなかった。
中3になったときにはもう割り切ってもいた。それよりも二宮と同じ高校に行きたいとそれだけを切望していた。だからクラスメートと放課後や休日に過ごすことよりも、どのランクの高校でも受験できるようにと勉強に専念していた。
ある日由紀にチャンスが訪れた。進路指導面談で残っていた由紀の次が二宮だった。順番を教室で待っていた時、由紀は二宮にどの高校を受けるかと尋ねた。
「まだ決めてない」それが二宮の答えだった。
本当にまだ決まっていないのか、ただのクラスメートなだけの由紀には教えたくなかったのか、由紀は焦った。
それからしばらくして二宮と同じバレー部だった生徒から映画に行かないかと誘われた。由紀は彼から何か聞き出せないかと思い、誘いに乗った。願書提出までの間に由紀は二宮と親しいと思われる4人と映画に行った。そしてついにどうしても欲しかった情報を手に入れた。
成績も大丈夫だったので無事に合格もした。
しかし卒業式を目前にした登校日、由紀を迎えたのは映画に行った4人それぞれと映画の後キスをしたという噂だった。
この話しを由紀から聞いたのは1年の夏休み、夏樹の家に泊りに来た時だ。
この日は夏樹の16歳の誕生日のお祝いをするということで遊びに来ていた。夜には家族と由紀でお祝いをした。夕飯のとき夏樹の兄と姉がそれぞれ高校時代の同級生と今も付き合っているという話しを聞いていた由紀は「うらやましいなぁ」と夏樹の隣の布団の中で呟いた。
「由紀なんかもてるからすぐに叶うよ」既に堀田の存在が鬱陶しかったが、夏休み前なんか由紀への告白ラッシュみたいになって一緒に歩いていた夏樹はびっくりした。
「そういんじゃないよ。ちゃんと自分が好きな人がいいんだよ!」そこから堰を切ったように由紀は自分に起こったことを話してくれた。
二宮と親しい4人と出かけてしまい挙句キスしたことになっていることで高校に進学してから由紀は二宮に近づけなくなってしまった。
1年かけて夏樹に励まされ、ようやくまずは誤解を解こうという気持ちに由紀はなった。直接会って話したかったので、電話で呼び出そうとしたら「こっちに話しはないから」と切られた。
校内で会っても由紀が視界に入ると分かると睨みつけられる。由紀の隣にいるときは夏樹も負けじとにらみ返していたが、由紀の立場を悪くしているかもしれないと思い、最近はそれはやめていた。
そして先週由紀は二宮が告白のために呼び出されたところを偶然目撃した。聞こえてくる会話から二宮と同じ天文部の子で下駄箱に無記名で呼び出しの内容の手紙を置いていたらしい。
二宮がどう答えるか由紀は最後まで聞くことができなかったが、ただ同じやり方なら二宮と話しができるのではと考えた。
しかし運命が嘲笑うかのように由紀の渾身の手紙は消え失せてしまった。




