Project4
6時限目は担任の矢野先生の授業だったので、授業終了と同時にHRとなった。
効率良く行動したい、そういう教師だ。
本日最後の危険な質問タイムが見事消え失せて、夏樹は心の中でガッツポーズを取った。
HRが終わったらダッシュで3年の高遠の教室へ行けばいい。そして駅に着くまでの間に事情を説明して、心をこめて高遠に謝罪すればいいだ。
HRも早々と終了。中間の結果も出てしまったこの時期、連絡といえば6月の衣替えのことくらいだが、校則のゆるい公立高校、暑い日はすでに夏服で登校しているものもいるし、6月過ぎて寒ければ冬服のブレザーを着てくる者もいる。そんなもんだ。
席を立とうしたとき痛いくらいの視線を感じた。
高遠ファンの会田弥生だ。高遠と同じ予備校に入ったと言っていたのは彼女だった気がする。きっと弥生は夏樹が高遠を好きだと思い込んでいるのだ。「私はこれから予備校で一緒なのよ。」とでも言いたげな勝ち誇った表情をしている。
でも学年違うから高校と一緒で予備校も教室違うだろ?
とりあえず弥生から視線を外すと今度は由紀と眼が合った。
「高遠先輩の教室寄るの?」
「うん・・・」
由紀が発した「高遠」の声にクラス中が聞き耳を立てているように感じた夏樹は「また明日」と由紀に声をかけて教室を出た。
堀田のことがあるので、由紀を一人にするのは心配だが、夏樹たちのクラスは早めにHRが終わったようで、まだ学校全体は静かだ。
今のうちか下校する生徒の数が増えた頃に由紀も人波に紛れて帰れば大丈夫だろう。
理由は分からないが堀田は人目があるところでは接触してこないのだ。由紀にもその前の被害者にも。
高遠の教室は偶然にも春翔が使っていた教室だった。夏樹達の2年生の教室ある校舎とは渡り廊下で結ばれた別の校舎にある。
春翔が高3のとき夏樹は小6。その頃春翔に初めて彼女ができた。ぶっとんだキャラクターだったが、二人のことを包み隠さず話してくれたので夏樹は春翔がどんな高校生活を送っているのか知ることもできたし、春翔の彼女・瑠璃がどれだけ春翔を思っているのかも知った。
瑠璃の春翔への想いを考えると、気持ちのない自分と高遠がこのまま付き合ってはいけないのだと改めて思った。
「夏樹ちゃん携帯持ってる?」
夏樹が話しを切りだそうとしたとき高遠が聞いてきた。
「一応・・・」
夏樹達の父は携帯電話に関してかなり保守的な人物だった。
春翔が高校生になっても携帯を持たせてはくれなかった。春翔自身も欲しいとは言わなかった。中1だった冬寧は春翔の出方を見ていたようだ。小4の夏樹は興味はあったが上二人の動向次第だと悟っていた。
瑠璃は春翔に携帯を持って欲しいとずっと思っていたらしく、春翔が20歳のとき誕生日プレゼントに携帯を渡した。
瑠璃が自分でバイトしたお金で買ったこと、本体以外の使用料は春翔自身が支払うと決めたこと、そして既に春翔が成人していたことで、父はあっさりとその携帯の所有を許可した。
そのとき瑠璃が夏樹達の父に、冬寧や夏樹が夜塾に行くようなことがあるなら絶対持たせた方がいいと力説して帰っていった。
特に「絶対」が強調されていた。
すぐさま冬寧が動いた。大学受験のための予備校に通えば夜になるから自分も持ちたいと言い出したのだ。全額自分持ちということで高3になる頃父が折れた。
春翔はそのままずっと同じ機種を使い続けていた。そして先日瑠璃が機種を新しくしたいと言い出した。しかも春翔とお揃いで。
春翔はそれを承知したが、機種変ではなく新規契約にした。そして夏樹は番号とメアドがそのままの古い携帯をお下がりでもらった。月々の使用料はこづかいから自分で払っている。
夏樹はスカートのポケットから黒い携帯電話を出した。
「しぶいねぇ~」
女の子らしからぬ色の携帯を見て高遠が言った。
「古い機種だから赤外線とかできないんですが」さすがに恥ずかしくて「お下がり」とは言えなかった。
「高校入学のときに持ったから、俺のも古いよ。あっ夏樹ちゃん貸して」高遠は夏樹の携帯を手に取り少し険しい顔つきで操作し始めた。
高遠の方から着信らしきメロディが聞こえてきた。「きたきた」すぐに着信音は途絶えた。ワン切りってやつになるのかなぁ?高遠はそのまま操作し続けている。今度はメール送っているのだろうか?
すぐにメール着信音らしき音がした。
夏樹に携帯を戻して「最後の発信と送信が俺の連絡先だから」と言いながらブレザーのポケットの中の携帯を取り出した。
夏樹の連絡先をアドレスに登録しているようだ。「・・・はるとあーる??」高遠の表情が曇った。
「面白いアドレスだねぇ」
「・・・・兄のなんです。」
「えっ?」
「兄の携帯のお下がりなんです。アドレスは兄の彼女が考えて・・・」
「夏樹ちゃん、お兄さんいるんだ。」
「あと、姉が、姉は私と入れ違いで卒業しました。杉下冬寧って知りませんか?」
「いや、しらない」
その言い方は本当に冬寧をしらないみたいだった。
結局手紙の事情が話せないまま、連絡先の交換だけをして、夏樹達は駅に着いた。
予備校の授業の時間が迫っている高遠を引き留めるわけにはいかない。夏樹の話しは明日に持ち越すことになりそうだ。
「明日お昼一緒に食べようか?」
夏樹の眼が眩むほどの笑顔で夏樹の頭をなでながら高遠が言った。その手は自然と夏樹の後頭部へ移動した。高遠の顔が近づいて夏樹は恥ずかしくなって目を閉じてしまった。高遠は夏樹の頭を支えながら夏樹に2度目のキスをした。
うわーーーっ!!!
「予備校終わったらメールするね」夏樹の目の前で高遠が言った。
見てるよ人が、おんなじ学校の人が、「高遠さんだぁ!」だとか言ってる~。夏樹はパニック状態だった。
ファッション誌のモデルが撮影でもしているかのような立ち姿でクスクス笑う高遠は「大丈夫?一人で帰れる?」と改札には行こうとしないで聞いてきた。
顔を真っ赤にして夏樹は頷いた。自分が出発しないと高遠は改札に入らないようだ。夏樹は顔をあげて高遠に目を合わせてから自分の帰る道へと進んだ。
高遠がすぐに改札へ行けるようにとそして恥ずかしさで早くこの場から立ち去りたいという思いから全速力で走って行った。