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Project1

予鈴ギリギリで教室に戻る。夏樹の席は教室のほぼ真ん中だ。その右斜め前に2つ進んだところが竹原由紀たけはらゆきの座席になる。すでに席についていた由紀がちらりと振り返って夏樹を見た。夏樹はその視線を受けてだまって頷いた。


午後の授業の由紀はなんとも落ち着きがないように夏樹には見えた。





*********





放課後、HRが終わると由紀が夏樹の席に来た。


「夏樹ぃ、昇降口見に一緒に来てくれないかなぁ。」心細げな由紀の表情が気にかかる。


「由紀・・・」


「手紙、名前入れなかったから来てくれるとは思うんだけど、気になって・・・」



先週由紀は由紀の想い人「二宮」が無記名の手紙の呼び出しに応じたところを目撃していた。そこで自分の名前を入れなければ二宮が動いてくれる可能性が高いと由紀は判断したらしい。


ところがいざその手紙を渡す方法に困ってしまった。由紀は光南こうなん高校内でも指折りの美少女でとにかく注目されている。入学以来告白されたのは1回2回ではない。その上由紀の学校生活の写真がネットで売買されているという噂もある。


挙句3年の堀田(ほった)という人物が由紀にご執心で由紀が一人でいると由紀に触ってくるというのである。夏樹の姉、冬寧ふゆねが夏樹と入れ違いに光南高校を卒業していて、夏樹達が入学前に堀田に気に入られた女生徒がどんな迷惑を受けていたか夏樹は聞かされた。由紀が人目を避けて昇降口へ行けば堀田の動向が心配だし、人目のある時間帯に下駄箱に手紙を入れればたちまち噂になって、「二宮」本人が呼び出しに応じない可能性が出てくる。


最初は二人で行って夏樹は見張り、投函は由紀がすることに決めていたが直前になって由紀が怖気づいた。

仕方がない、誤解ではあるが、二宮は由紀を嫌っているのである。


クラスの女子も由紀を毛嫌いしているものが多い。大方の理由は由紀が「もてる」という嫉妬からである。


由紀とは高校に入学してから知り合った。1年生の時も同じクラスで、最初は挨拶程度だったが、少しずつ話すようになり、気も合ったので一緒ににいることが増えて行った。そして初詣のときには「あと2年間同じクラスになれますように」と二人で絵馬を書いたのだ。


去年の春に20センチほど切ったが、肩にかかる髪をいつも三つ編みにしている夏樹。顔立ちも悪くはないが特に目立った点もない。運動神経は抜群で、それを裏付けるかの様に細いが程よく筋肉のついた長い脚をしている。けれどもどの運動部にも所属しておらず、帰宅部だ。運動神経と縁の薄い由紀は「もったいない」といつも言っている。


一方の由紀は肩より短い艶やかな少し内側に巻きの入った黒髪に、つぶらな瞳、小さくふっくらした唇をしていつもはかなげに微笑んでいる。性格は飾り気がなく穏やかな由紀は夏樹の自慢の親友だ。


二宮への想いも小学生のころからだと聞いて、今だ特定の異性に好意を持ったことのない夏樹としては由紀の想いが成就して欲しいとただただ願うばかりだった。




昇降口が見える階段の踊り場で、夏樹と由紀は立ち話でもしているかの様に立っていた。


夏樹は昇降口に背を向けて携帯を片手に、今は何も意味をなさない画像を由紀に見せている振りをしている。


夏樹の向いに立つ由紀は静かに昇降口の二宮の下駄箱を見つめている。時々夏樹の携帯に目を向けるが視界の端から二宮の下駄箱がなくならない程度にしか首をかしげていない。



「来た・・・」由紀がそっと呟いた。


夏樹もにわかに体が強張った。夏樹は今不自然に振り向いては行けないと自分に言い聞かせ体を硬くした。そして携帯に目をやりながら、二宮を見つめる由紀の気配に神経を向けた。


「えっ!?なんで・・・」青ざめたような顔で、そういった由紀の発言の意味がわからない。二宮は手紙をどうした?夏樹は由紀の顔を見た。その視線を受けて、由紀が夏樹を見つめて言った。


「靴履いて帰った。」



!?一体どういうことだ手紙は靴の上に置いたのに、靴を出す前に嫌でも封筒が視界に入るはずだった。茫然とする由紀に声もかけず夏樹は慌てて階段を下りる。二宮の下駄箱がある前あたりまで着くと校門のところまでまっすぐ行ったであろう二宮がいた。


由紀のいる後ろを振り返るときに、二宮の下駄箱の中へ視線を合わせる。その中には上履き以外のものがある形跡はなかった。





*********




誰もいなくなった教室で夏樹と由紀は隣り合って椅子に座り込んでいた。


二宮を見送った後、夏樹が手紙を間違った下駄箱に入れたのではないかと考え、由紀と手紙に指定した場所へ行って見たが、誰一人として現れなかった。


「なんで・・・」由紀の表情は思いつめていて暗い。夏樹も同じ気持ちだった。手紙を入れたのは自分、どう考えても場所を間違ったとも思えなかった。呼び出しの場所へ行った後、もう一度二宮の下駄箱を見たが手紙はなかった。


「由紀、もう一度手紙書いてみる?私、直で届けるよ。もしくは呼び出してもいいよ。」


「そんなことできないよ!二宮くん、私と夏樹が親しいのきっと知ってるんだよ。呼び出しの場所しか書いてないかもしれないけど、1回勇気出して書いた手紙また書けなんて・・・夏樹はラブレターとか書いたことないから分かんないんだよ!」痛いところを突いてくると思いながら、由紀の行き場のない憤りの声を夏樹は黙って聞いていた。途方に暮れている由紀はあのきれいな瞳に涙をいっぱいためて、泣き出した。


「由紀・・・ごめんね。」夏樹は自分の発言が今の由紀に対して配慮が欠けていることを誤った。下駄箱に入れたラブレターが消えるなんて異常事態だ、と夏樹は感じた。今日は5時限しかなかったので、HRと合わせて1時間足らず、しかも普通に授業を受けていれば、生徒が昇降口へ行けたであろう時間はわずかである。



「夏樹、本当に好きな人いないの??もしいるなら夏樹も書いてよ。それなら私もう一度書くよ。一緒に書こう。」瞳に涙を溜めてそれでも次へ進もうと何かきっかけを探している由紀が呟くようにいった。


しかし今度は夏樹は途方に暮れた。夏樹には好きと言えるような異性が今まで存在したことがないのだ。6歳上の兄と3歳上の姉がいる夏樹。小さい時から兄や姉の友人とも交流があった夏樹にとって年上の存在は血が繋がりがなくても兄であり、姉であった。かといって同年代に恋心を抱くこともなかった。兄や姉、その友人たちの恋の様子を見聞きしていた夏樹は「門前の小僧習わぬ経を読む」が如く経験はなくても、自分の知る恋の話を参考書にして友達の恋愛相談に乗っていたのである。


もし今の夏樹に想い人がいれば、これをチャンスと発想を転換させて、ラブレターでも呼び出し状でも書いただろうが、実際にはその相手がいない。


夏樹が無言なのは相手がいないという答えだと理解した由紀はそれでも夏樹と手紙を書くというきっかけにこだわりたいのか、あらぬ提案をしてきた。


「それなら3年の高遠たかとお先輩ってどおかな?前はそうでもなかったらしいけど、ここ1年くらいは告白してくる子みんな断っているっていう話だし。夏樹のことが万一噂になってもすぐに別の噂が出て忘れられると思うんだけど。」


高遠先輩ってどんな顔だっけ?確かに他の女子が高遠を見つけると黄色い声で「高遠せんぱーい」とか言っているのは聞いていたけど、ちゃんと顔とか見たことないなぁ。もてるって話しだからルックスはそんな悪くないんだろうなぁ。


夏樹は高遠の顔を知らなかった。


堀田のことは由紀が被害に遭っていることを知って、冬寧ふゆねに何か知らないかと聞いたら、たまたま由紀が目をつけられる前の被害者が冬寧の友人の妹だったのだ。それもあって堀田の行動パターンを夏樹は知ることができた。ただ冬寧はあまり周りに興味を示すタイプではないので、堀田情報も冬寧が前被害者の姉である友人を家に連れてきたときについでに聞いたのである。


夏樹も冬寧同様周りに興味を示すタイプではなかった。



考え込む夏樹を無視して少し先ほどよりは明るめの声で由紀は続けた。

「夏樹書こう。私今便せん持ってるし。あっ色んな柄が入ってるやつだから被らないよ。」


「由紀、あのさっ、高遠先輩ってどんな人なの?」


「興味あるの?」


嫌興味はない。どんな人かも知らないのに手紙は書けないじゃないか?そう言いたげな夏樹を理解しているのかいないのか由紀が続けた。


「私と同じさかえ中の卒業だよ。桜橋さくらばし先輩と仲いいけど付き合ってないよ。桜橋先輩は高遠先輩の親友の彼女なの。ここ1年くらいは断り続けているから校外に彼女いるのかな。その辺は良く分からないけど、私に付き合って書くってくらいなら断ってくれる人の方がいいよね。」


高遠や新しく登場した桜橋先輩のことより、噂話しのできる友人が少ない由紀が色々知っていることに夏樹は驚いた。その直後、二宮情報のためにアンテナ張ってるんだなぁと気がついた。


夏樹がどんな人にラブレターを書くか、ということには、もう由紀は気が回っていないようである。彼女の中にあるのは「夏樹と一緒に書く」ということだけである。


夏樹に本気の相手がいて、それでも夏樹が書くと言えば由紀は「やっぱり止めよう」と言ったに違いない。由紀はそういう女の子だ。手紙が消えてしまったことで気が動転してるらしい。


夏樹は由紀には二宮と上手くいって欲しいと願っている。こんなこと持ちかけて欲しくないとも思うが、由紀を元気づけるには今はこの方法しかないようである。


「分かった。一緒に書こう。そいで一緒に出しに行こう。」夏樹は腹をくくった。


もしかしたら手紙を書いている内に由紀が落ち着いてくれるかもしれない。そうでなくても、このまま夏樹が高遠に告白しても、確実に断って来るだろう。仮に噂が立ったとしてもその時由紀が二宮と上手くいけばそちらのことの方が大騒ぎになると思う。


今後夏樹に本気の相手ができた時、高遠への告白の事実が障害になったなら由紀に弁護をお願いすればいい。いや、由紀ならきっとこちらが頼まなくてもそう動いてくれるはずだ。


夏樹はかばんの中からお気に入りのペンを出して手紙を書きだした。


「あっ、高遠先輩って下の名前は?」


「ゆう、しめすへんだっけ?カタカナのネに右だよ。」


「祐ね。はいはい。」


「あっ夏樹はちゃんと名前書くんだよ。」先ほどの落ち込みようはどこへ行ったのかというほど元気に腕まくりなんかしている由紀が言った。


由紀も覚悟決めたんだ。由紀のきれいな笑顔を見て嬉しくなった夏樹は言われるままに最後に「杉下夏樹」と自分の名前を書いた。



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