Project13
夜になっても高遠のことが頭から離れなかった。
夏樹はパジャマのボタンを外して、昼間高遠がつけた印を見つめた。
赤い小さな花のようなそれが衣服の下に隠れていて誰にも分からないんだ。
そう思ってしまう気持ちは、まるで小さい頃にビー玉か何かを宝物だと言ってどこかに隠し、その隠し場所が春翔達には分からなかったときの優越感にも似ていた。
夏樹が何も言わなければ高遠は何も知らないまま二人は付き合っていける。
でも、本当にそれでいいのだろうか?
それは正しいことなのだろうか?
夏樹は気づいている。このままでは、いつか高遠との別れの日がきっと来るということに。
そしてその考えを否定できる材料が何もないことに、悲しい気持ちでいっぱいになった。
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ほとんど寝ていないまま朝になってしまった。
眠いような眠たくないような緩慢な感じが夏樹の朝の支度を遅らせた。
!!!!
やばっ、今日は日直じゃん!
急に思いだした夏樹は、思い出せて良かったと考えながら突然支度を急ぎ出した。
光南は夏樹の家から走れば10分かからない、雨が降っていたのでその分少し時間はかかったが、日直の朝の仕事には間に合った。
けれど授業中はずっと胸の印のことばかり気にして過ごしていた。
昼休みになったが、夏樹は同じ日直である男子と一緒に4時限目の歴史で使用した教材を史料室へ戻さなくてはならなかった。
「・・・・えぇ~っ。それってぇおかしくないですかぁ?」
史料室から戻って教室に入る直前にねばっこい大きな声が聞こえた。
弥生だ。
夏樹の机に高遠が座っているその前に弥生がいた。
高遠の表情は硬い。
「だって私見たんですよぉ。高遠先輩と杉下さんがツーショットで現れた前日の昼休みに、杉下さん2組の下駄箱にラブレターを入れてたのぉ。」
なんだって!?弥生は手紙を入れるところを見ていたのか??場所はきっとあの踊り場だ。
「なのに次の日の放課後には駅前で高遠さんとキスしてるんだもん。」
手紙を入れに行ったあの日、教室に戻るには1階の廊下を進んで教室に一番近い階段から上がった。その方が昇降口に行っていたと思われないと判断したからだ。
昇降口前の階段からも教室には戻れる。急ぐあまりに視界が狭まっていたようだ。
「夏樹ちゃん・・・」高遠が夏樹に気がついた。弥生も振り返った。
「ラブレターで二股なんてすごいことするのね。もっとも仲良しの竹原さんなんて四股だもんね。二人ともそういうのたいしたことないって思ってるのかな?」
遠巻きにやりとりを見ていた里子達が驚いた顔をしていた。まどかの視線は痛いくらいまっすぐだった。
夏樹の後ろでは男子がざわついている。
「由紀は関係ないし、四股なんかしてないよ!」
「そうだったわね。順番にデートしてキスしてたのよね。」
ガタンッ
居た堪れなくなった由紀が教室を飛び出した。
「由紀のことはデタラメだし、今は関係ないじゃん!」夏樹は叫んだ。高遠に事情があるのだと言いたいのだが、由紀名誉も守りたい。
偶然廊下を通りかかったのだろうか、二宮が教室のドアの向こうでちらりとこちらを覗いている。夏樹は弥生を睨みつけながらも眼の端にその姿を捉えていた。
夏樹はずっと後悔していた。二宮が手紙を手にしなかったあの時、昇降口で二宮の背中を見たとき、夏樹は二宮を追いかけ、由紀の話しを聞いて欲しいと訴えるべきだったと、ずっと悔んでいた。
「…由紀の心はすっごく綺麗なんだから。由紀の心に触れたら絶対あの子のこと好きになっちゃうよ。由紀の心に触れてみようとも思わないやつの気が知れないよ。」夏樹は弥生から視線を離さずに、声は二宮に届くように叫んでいた。
「やめて下さい!」
由紀の悲鳴とも取れる声が聞こえた。
「由紀!」呟きながら高遠をみたその表情には笑顔がなく心が閉ざされているようだった。
高遠の横を通り過ぎて教室を出た方が由紀の声が聞こえた方へ行くには近かったかもしれないが、夏樹はあえて由紀のいる方を睨みつけている二宮の立つドアへ向かった。
「ちょっとごめん」二宮に体当たりした夏樹はその反動で左に向きを替え由紀のいる方へ向かった。
そんなに軽蔑しなくてもいいじゃん。夏樹の目に涙が溢れてきた。
夏樹の目の前に堀田に引っ張られることに抵抗している由紀がいる。その姿は少しずつ突き当たりの階段に向かっていた。
あの階段を登らせてはいけない。堀田のいる階段は屋上へ続いているのだ。
屋上にでる扉のあるあのスペースは、カビ臭くて、ほこりっぽくて、除用具入れしかないけど・・・・
でも・・・春翔が初めて瑠璃にキスをした場所。
高遠の頬に夏樹がキスした場所。
高遠が夏樹の胸に綺麗な宝物をくれた場所。
夏樹にとってはこの上なく清らかな場所だから、堀田をあそこへは行かせてはいけない。
「離しなさいよ。由紀が嫌がっているじゃない!」
「みんな見てるからだよ。照れてるだけだよ。二人っきりになると違うんだから。」
「馬鹿言ってるんじゃないよ。あんたのやり口なんて全部知ってるんだから、人気のないところで触ろうとして怖がらせて、最低だよ!!!」
「もてないひがみ?行こうゆっきちゃん。」シラを切り通す堀田。力では敵わないと分かっていても必死に抵抗している由紀。
「由紀を離して!」階段を昇りだした堀田に夏樹は飛びかかった。堀田は一瞬怯んで由紀を離した。
堀田に押し返されても後ろの廊下に転がるだけだからと思ったが、堀田の突き返す力が真っ直ぐではなかったので夏樹は右に横転する形になった。その下には恐怖に座り込んでしまった由紀がいる。
由紀に怪我はさせたくない。夏樹はそれだけを考えていた。