Project9
梅雨に入ったから当たり前なのだが、土曜日も雨だった。
今日ほどではないが、明日もまだ傘が必要になるとTVで言っていた。まぁどうせ映画だからあまり問題はない。映画館のあるショッピングモールまでは近所の団地を通るショッピングモール専用のシャトルバスがあるから、夏樹は晴れてもそれを使うつもりだった。
宿題も済んだし家には母と自分だけ、母はキッチンでコーヒーの支度をしている。もうすぐ父が帰ってくるのかな?冬寧は昨日夕方同窓会へ行った後そのまま帰ってきていない。春翔は瑠璃とデートにでも行ったのか?朝は会ったけど気づいたらいなかった。
ピンポーンとチャイムが鳴った。出たら意外にも瑠璃だった。瑠璃の家の近くにあるロールケーキで超有名なケーキショップの髪袋を持っている。
「春翔とデートじゃないんですか?」春翔はどこへ?
「違うよ。今日は補習だって。」
補習??最近どっかで聞いたなぁ。
「雨だから出足が悪いんじゃないかと思って、ケーキショップに行ってみたらお目当てのがあったから、愛子さんにメールしちゃったの、そうしたらコーヒー用意して待ってるからおいでってお誘いがあったのよ。」と袋を差し出した瑠璃が話してきた。
「愛子」とは夏樹達の母親のことだ。
瑠璃は春翔とは同い年とは思えないほどの童顔だった。OLをしているから私服の時はOLらしい装いだが、まだ光南の茶色のブレザーも違和感なく着れそうだった。
瑠璃が買ってきたのはケーキショップでもアウトレット商品として売られているロールケーキの切れ端の詰め合わせだった。店頭で通常販売しているロールケーキは端がきれいな面になるようにカットされている。その切られた方の何種類かをランダムに詰め合わせにして超格安で限定販売されいるのだ。
しかしこれがものすごい人気で、近所に住む瑠璃でさえなかなか手に入らない。TVでそのことを知った母は瑠璃に「いつか買ってきてお茶しよう」とお願いしていらしい。
瑠璃は母のお気に入りだ。ゆくゆくは嫁と姑になるだろう二人ではあるが、年の離れた友達という感じに付き合っている。母にメールのやり方を教えたのも瑠璃だ。母の良いところは春翔と瑠璃が喧嘩した際は一切仲裁には入らないところだ。おそらく春翔と瑠璃が別れても瑠璃のことを可愛がるつもりらしい。
ロールケーキは美味しかった。カットで売っているものはもっと分厚く切ってあるので1個以上食べる気は起きない。それに比べて今日食べた薄切りの端っこなら色んな種類を楽しめる。母と将来の義理姉?と自分でティータイムにするには十分満足できるものだ。
「瑠璃さん。」
「なあに?」ふと、由紀の消えたラブレターのことを瑠璃に聞いてみようと夏樹は思った。
「光南の昇降口の下駄箱に入れたラブレターが消えたとしたらどこに行ったと思います?」
「夏樹あんたラブレター出したの?」母が横やりを入れて来た。
「わっ、私じゃなくて、っていうか入れたのは私だけど、なんというか・・・」
「夏樹ちゃんが友達に頼まれたってこと?それがなくなったの?」瑠璃からの逆の質問に夏樹は黙って頷いた。
夏樹は由紀の名前は伏せて下駄箱に最後に確認したまでのことだけを話した。教室に戻ってから今までのことはカットした。
「う~ん・・・・」瑠璃にも見当がつかないようだが、瑠璃の目が妙にキラキラしてる。
「例えばぁ・・・」
瑠璃が少し甘ったるい声色で話し始めた。
「・・・夏樹ちゃんが下駄箱に手紙を入れたとき、それを見ていた人がいたの。その人はずっと以前から夏樹ちゃんが大好きで、その日夏樹ちゃんが1人で歩いているのをみつけたとき、告白するチャンスだと思って後を追っていた。ところが夏樹ちゃんがラブレターらしき手紙を他人の下駄箱に入れたのを見て・・・」
「「見て??」」母と夏樹がハモった。
「夏樹ちゃんが教室へ行った後、下駄箱から持ち出して、この世から抹消させた。ってのはどお??」
「夏樹をずっと好きだった?そこがありえないわ。」コーヒーの入ったカップ片手に小説の投稿作品に批評する編集者のように母が言った。
「由紀ちゃんが夏樹に頼まれた手紙を入れたところを、由紀ちゃんを好きって子が誤解したってなら分かるんだけどなぁ・・・」ブツブツと母は言っている。
「あっじゃあ、そのラブレターをもらうべき人を、また別の女の子も好きだったりして、ライバルを減らすためにその子が持ち出したってのは???」こんなネタどうですか編集長、とでも言う感じで瑠璃は夏樹にではなく母に語った。
二宮が好きでライバルを減らすために・・・確かに天文部の子も二宮が好きだ。その子か、いや夏樹の印象ではそんなことをするような子には見えない。
消えたというよりは何か誤解があって誰かが持ち出したという可能性の方が信憑性がありそうだが、一体誰が何の目的で、そこへ行くと夏樹は何も思いつかなかった。
瑠璃さんってすごい想像力だわ。妄想って感じもするけど。