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10月3日

目を開けると視界に入ってきたのは真っ白な天井だった。声の聞こえた方に目を向けると、そこには図書館でよく見かける生徒が立っていた。「良かった」と胸をなでおろしたようなその声は、彼女から発せられたものとは思えなかったから、僕は何を言って良いか分からず、ただ彼女の顔を見つめるだけで精一杯だった。そして、僕の言葉を待つかのような彼女の視線に耐え切れず、にわかに目を伏せた。


沈黙がしばらく続いた後、彼女はおもむろに口を開き、僕がここにいる経緯を話してくれた。彼女の話によれば、僕は昼休みに図書館で倒れたらしい。めまいがした記憶がうっすら蘇ると同時に、居心地が悪くなった。彼女は詳しくは言わなかったけれど、おそらく話したことすらない僕のことを心配し、目を覚ますまでここにいてくれたのだろう。でも、僕はそんな気遣いを受けるような人間じゃない。そう思うと、感謝の言葉が喉でつっかえてしまう。


「…ありがとう。」

絞り出すように声を出すと、自分でも驚くほど弱々しい音だった。彼女の反応が怖くて、顔を上げることはできない。沈黙が再び訪れ、彼女が何も言わず立ち去るのではないかと不安になった瞬間、彼女が小さく笑うのが聞こえた。


「気にしないで。倒れてたのを見たら、放っておけなかっただけだから。」

その声はやわらかく、どこか安心感を与える響きがあった。でも、僕にはその「放っておけなかった」という言葉が胸に突き刺さる。彼女の優しさに甘えてしまっている自分が情けなかった。


「それにしても、こんなに頑張り屋さんだとは思わなかったよ。」

不意に投げかけられた言葉に驚き、顔を上げると、彼女は穏やかな笑顔を浮かべて僕を見ていた。その視線はまっすぐで、逃げ場がないように感じた。


「え?」

僕は思わず聞き返してしまう。頑張り屋さん?自分のどこにそんな部分があるのか分からなかった。


「あなた、いつも昼休みは図書館にいるよね。授業の復習とかしてるのかなって思ってた。あんなに集中してる人、なかなか見ないから。」

彼女の言葉は思いがけず的を射ていた。確かに僕は昼休みを図書館で過ごしている。それは勉強というより、自分の居場所を求めていたからだ。クラスに馴染めない自分を見られたくなくて、逃げ込むように本に没頭していた。でも彼女の目には、それが「頑張り屋さん」に映っていたらしい。


「そ、そんなことないよ。ただ…居る場所が他にないだけで…」

声が自然と小さくなる。言葉にするのが怖かった。でも彼女はそれを否定するでもなく、ただ僕の言葉を受け止めてくれるような顔をしていた。


「それでも、自分のために時間を使ってるんでしょ。それって立派なことだよ。」

その一言が、何か固まっていたものを溶かすように胸に広がった。


「……君は、なんでそんなこと言うの?」

気づいたら、僕は彼女にそう問いかけていた。彼女は少し驚いたように目を瞬かせた後、穏やかに微笑んだ。


「なんでだろうね。でも、頑張ってる人を見ると、応援したくなるんだ。」

その言葉には嘘がないように思えた。それが、僕にとってどれだけ救いだったか、きっと彼女は知らないだろう。

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