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6話 身体、洗おうか

「じゃあ後でな」


 色黒のお兄さんとエルフな女の子は、向かいの巨大な一戸建てに入っていく。

 かなり大きな家。あの2人って、もしかして凄くお金持なの?

 

「俺達も休もう」


 お兄様のほうの家も負けず劣らず大きい。まるでお城みたい。

 家っていうより屋敷って表現のほうがしっくりくるかな。日本に住んでた頃の一戸建てよりもずっと大きくて立派だ。

 

 門を潜る。庭も綺麗だ、色彩豊かな花々とか可愛い小鳥が舞っているのとか。

 これだけの家を日本で建てようと思ったら、最低でも10億円は掛かるんじゃないかな。お兄様きっとすごく儲けてるんだろう。凄い。

 

 家の中は掃除が行き届いてて綺麗。メイドさんとかいるのかな。

 とか思ってたけど新築だから汚れてないだけって、掃除もお兄様が1人で全部やってるって。だったら今日から私も手伝わないと。

 

 疲れてるだろう。そう言って紅茶みたいなのを出してくれた。香りは上質のハーブ、なのかな。鼻がインスタントしか知らないから不明だけど。

 

 この異世界で初めての温かい食事。

 生きた心地がする。内側からポカポカとして、ほのかに果物の甘みも混じってて、ああこれが幸せなんだなって実感した。


「身体、洗おうか」


 一服してから連れてこられたのは実家のより何倍も大きめなお風呂。既にお湯がたっぷり張られてて、中には桃色の入浴剤が入ってる。

 お兄様と一緒に入るのって少し恥ずかしいな。

 

 今までボロ布1枚とはいえ服を着ていた。その最後の一枚を自ら脱いで裸になるんだ私、お兄様の目の前で。

 子供の頃は一緒にお風呂に入った。それから庭のビニールプールとかで、夏はよく2人とも裸になって遊んでた。

 ああいうのは全然平気だったのにな。

 

 指が震える。穴のあいたボロ布みたいな簡素な服なのに、爪のせいもあって余計に上手く脱げない。

 お兄様は不器用な私を全然怒ってない。

 それどころかバンザイしてごらんって、優しく手伝ってくれる。

 

 お兄様がすごく近い。

 お兄様の髪の毛ってサラサラ。女性でもこんなに綺麗な人いないかも。

 香りも素敵。この世界にもシャンプーとかリンスとか、あるのかな。

 

 お兄様と比べたら私、臭いかも。この世界に来てからお風呂に入ってないし。獣だから毛むくじゃらだし。

 ずっと檻にいたせいで鼻が麻痺しちゃってるけど、きっと至近距離だとかなり獣臭さが伝わっちゃうかも。ミルク拭いた後の雑巾みたいな。

 

 誰も兄妹って信じてくれないだろうな。

 ボロ布を脱がせてもらった。

 私、お兄様の目の前で裸なんだ。アッお兄様も脱ぐんだ。あっでも上着だけか。別に残念じゃないけど。

 

 細身な感じに見えてたけれど、さっきの色黒さんに負けない位に筋肉ガッシリしてる。

 逆三角形で、マンガで見た水泳部の人みたいな体格だなって思った。


「服はここに置いとくね」


 そう言ってお兄様は棚の上に、私の着ていたボロ布を、私じゃ届かない位置に仕舞う。

 凄くドキドキしちゃってる。

 私ヘンじゃないよね。ううんヘンだよね、獣だし。

 

 木製の椅子に座る。真ん中が凹んでる、なんでこんな不便な形してるんだろ。でも尻尾の収まりがちょうどいい感じ。

 お湯を肩から掛けてくれた。今までずっと寒い場所にいたから、温かくてとっても満ち足りた気分。

 

 風呂場の床が黒い液体まみれ。私こんなに汚れてたんだ。自分でもびっくり。

 白くてネバネバな液体を掬い取る。この世界の石鹸みたいなものらしい。

 

「お尻も綺麗にしとかないと。感染症は恐いからね」


 身体中をまんべんなく洗ってくれた。そのあと首筋をクンクン嗅いでる、まるでお兄様まで獣みたいになっちゃったみたいに。

 

「綺麗になったね。じゃあお風呂で温まろうか」


 そう言ってお兄様は、私の腋下を持って抱き寄せた。一緒に温かいお湯の中へと。

 それよりお兄様の……。私のお尻に硬いのが当たってる。

 

 まさかお兄様にも尻尾がある、ってそうじゃない。

 この世界に来て私はますます子供みたいな身体付きになった。

 

 日本にいた頃も中学生のわりに小柄だったけど。体重とかも貧相だったし。

 でも性教育は受けてた。男女で身体のしくみが違うとか教えてもらってる。

 

 だから多分そう。

 お兄様は私に、その、興奮してるのかな、性的な意味で。

 いや違う。私妹だし、なにより獣だし。私ってば何考えてるんだろ。

 

 背も高くて優しくて格好よいお兄様と、こんなのに成り果てた私なんかじゃ。どう考えても不釣り合いだし。

 なんて考えてると。

 おもむろにお兄様が、獣っぽい私の耳をペロリと舐めた。

 

 アッ

 

 突然だったからびっくりしちゃった。喘ぎ声みたいになっちゃって恥ずかしいかも。

 獣耳ってこんなに敏感なんだ。

 なんか電撃が走ったような、身体中の毛穴が一気に開いたような感じ。体毛が何本か抜け落ちちゃってる?

 

「ごめんね、美味しそうだったからつい」


 えっと私を食べる気なの。

 獣肉は美味しくないよ。痩せてるからスジばっかりだし。

 

 まさかとは思うけど。兄様は妹に興奮する変態さんじゃないよね。

 も、もう上がる。

 恥ずかしすぎて、どうにかなっちゃいそう。

 

「まだ駄目だよ」

 お兄様が手を離してくれない。早風呂はよくない。風邪を引いちゃうから、ちゃんと温まらないとって。

 うぅ、その通り。反論できない。奴隷商にいた頃はずっと凍えてたし。

 

 お兄様は私をギュッと抱き寄せ、シートベルトみたいに腕でしっかり固定した。

 固いけど柔軟性ありそうな筋肉、腕回りだけで私のウエストくらいありそう。

 

「1から10まで一緒に数えよう」


 身体が密着してて、それどころじゃないお兄様。

 お兄様の手は私の、胸とお腹を包んでるんだけど。


 お兄様の顔がすぐそこにある。息遣いまで聞こえてくる。お兄様の心臓がトクントクンと動いてる。それからまた獣耳をペロッて舐められた。

 

「十分温まったね、じゃあ上がろうか」


 腕のシートベルトを緩めてくれたけど。芯まで温まりすぎちゃって、頭まで蕩けちゃって。心臓とかがドキドキし過ぎちゃって。

 動かない私を仕方なくお兄様は、お姫様抱っこしてくれた。

 

 フワフワの柔らかいタオルで身体を拭いてる。ペットを可愛がる感覚なのかな、お兄様にとって。私って獣だし。

 バスローブを着させてもらって屋敷を案内してくれる。屋敷っていうか広さ的にはお城クラス。眼に映るどれもが高級そう。

 部屋に案内してくれて、クローゼットから色々と出してくれた。

 

 それはお兄様の古着だそう。

 中にはフンドシみたいなのもあったけど、もしかしてお兄様が使用してたのかな。さっきの硬い棒の感触がちょっと頭をよぎる。

 

 ズボンと前開きのシャツも着込んで、少し人間の心地がした。

 奴隷商にいた頃は衣類だけじゃなく、食事も犬食いだった。檻に入っていたし。

 今までずっと獣の扱いをされていたから。心だけでも人間に戻れた気がする。

 

「うん、ピッタリだ」


 お兄様は服装をじっくり眺めて、笑顔でそう言った。でも更に言った。

 

「けどアリスの魅力を完全には引き出せてない。やっぱり男物だからかな」


 そうなのかな。姿見に映ってるのは活発な女の子だけれど。魅力っていっても幼児体型だし、子供って凹凸とかないし。

 

「今度、一緒に服を買いに行こう。服屋さんの1番可愛い服を全部買い占めよう。俺は凄腕の傭兵なんだ。お金なら幾らでもある。アリスが欲しいと思った物は何でも買ってあげるよ」


 お兄様は全部実行してしまいそう。こんなに甘やかされていいのかな。

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