1話 冷たい暗闇
肌を突き刺してくる痛みで、私は目覚めた。
それが強烈な寒さからもたらされるものだと気付くのに、数秒を要した。
ここは、何処?
辺りは真っ暗闇。何にも見えない。まるで冷蔵庫に閉じ込められたよう。
手探りでぺたぺたと冷たい床を叩く。
材質は鉄かな。でもそれ以上に空気が恐ろしく冷たい。
寒いとか通り越して、手をちょっと動かしただけで激痛が走る。
まるで身体中の筋肉や骨まで凍りつくよう。
伸ばした手が何かに触れた。
金属の棒?
それも氷みたいに冷たい。もっと先に手を伸ばしてみよう。
そしたら今度は足首にも激痛が走った。後ろに引っ張られている。
よく見えないが、どうやら足枷を付けられているよう。鎖の先は別の金属棒につながっていた。
叩いてみたけどとても硬い。私の腕力じゃ、どうこうするのは無理っぽい。
だんだん夜目が効いてきたようだけれども。
四方を太い金属棒で取り囲まれている。どうやら狭い檻に足枷セットで閉じ込められているみたい。
なんで監禁されてるの私? もしかして学校の先生?
いや流石に違うかな。あまりにも非常識すぎるし。
誘拐されたのかな。
行動を思い返してみる。
確かリビングで1日中ずっとオンラインゲームをしていた。
本日がサービス終了、で、午後3時にサーバーが落ちた。終了後、父さんの書斎に入って、多分疲れててそのまま寝ちゃって。
そこまでは覚えてる。でもどうして、私はここにいるの。玄関や窓のカギはきちんと閉めてたのに。
ただ1つハッキリ言えるのは運が最悪だということ。
こういう碌でもない事件に巻き込まれるのって、大抵不良だとか夜遊びしている人だとか。
そういうDQN的な駄目人間ばかりだと思ってたけど。
よりによって私なのか。
私を誘拐して、一体どうするつもりだ。身代金を支払ってくれる親戚なんか1人もいないというのに。
単なる泥棒だとしても、あのマジキチ両親が残した貯金なんて嵩が知れている。
戸棚に入っているのも数年前に賞味期限の切れた、安いお酒だけくらいだし。
じゃあ何だろう、Hなコト目的とか?
それこそ1番有り得ないって。私みたいな貧相な女子を相手に欲情するとか。
ロリコンの中でもかなりの特殊性癖な気がするけど。
そう思いながら身体をぺたぺたと触ってみる。あれ。なんか感触が変だ。モコモコ、ゴワゴワっていうか。
自分の身体の異変に気付いた。
アレ、これ誰?
身体がモコモコしてる。合ってないサイズの冬服を着ているような、でも馴染んでる不思議。
腕を見た。薄汚れた灰色の体毛で覆われてる。体毛を引っ張ってみる。痛かった、毛皮のセーターとかじゃなく、自分の身体から生えてるようだ。
顔を触ってみる。輪郭はさほど変わってない。いや鼻の位置が微妙に下がってるのかな。鏡でちゃんと確かめないと、わからないけど。
こんな動物、見たことある。地球上にはいないけど、ファンタジー世界ではありふれたあの種族だ。
私は一体、どうして獣人になってるの?
解らない。解からないし、何も出来ない。
寒さから逃れたくて出来る限り丸まる。
体温が逃げないように頑張っても、それでも寒い。
【冷水耐性スキルを習得しました!】
我慢してると不意に耳元で誰かが囁いてきた、っ!? 他に誰かいるの。
……イヤ違うな、あれは誰かが喋ったんじゃない。頭の中に直接、ボーカロイドよりも無機質な声が響いてた。
これってもしかして、ラノベとかでありがちな例のパターン?
試しに呟いてみた。すっ、ステータスオープン。
寒さのせいかコミュ症なせいか噛んでしまったけど、ちゃんと反応してくれたようだ。
アリス 猫型獣人
13歳 ♀
HP 41
MP 16
力 65
体力 34
器用 134
敏捷 149
魔力 100
魔防 103
スキル
【冷水耐性LV1】
ユニークスキル
【異世界からの転生者LV1】【猫の本能LV1】
ゲームのウィンドウとしか説明しようのない半透明のボードが突然現れ、宙に浮かんでいる。
まさか本当に異世界転生? ラノベとかで有名な。
私はそういうのに選ばれないタイプの人間だと思ってたけど。
もう一度ステータスオープンと呟く。さっきと全く同じのが表示された。
でもそれだけ。檻を壊すチカラはなく、現状を打破できないままだった。
お腹空いたなあ。
ずっとゲームばかりして引き篭ってたから食も細いし。元から痩せてたから、脂肪の蓄えとか無いし。
まさか飢えなんて感覚を味わうなんて。あばら骨が浮き出る程にやせ細った身体。それは毛むくじゃらの獣になっても変わらない。
涙が浮かぶ。
いくら何でも、あんまりじゃないか。
神様恨むよ。私悪いコトしてない、どうして私ばかり辛い目に遭わなくちゃいけないの。
お兄様の顔が浮かぶ。私とお兄様と両親と、家族みんなでテーブルを囲んで笑っている光景を。
幸せだったあの頃。どうしてこうなったんだろ。
不意に物音がした。
耳を澄ます。頭についてるケモノ耳がぴくぴく動いた。
あれは人間? 一応それっぽいシルエットはしてるけど。
そいつは檻の隙間から何かを投げ入れて、そのまま立ち去っていく。
汚い何かが床にぶちまかれた。
数匹のハエが集っている何かからは、腐った生ゴミの臭いがした。
とうてい直視できるような代物じゃない。
代物じゃない筈なのに。生え揃った牙の隙間から涎がダラダラと零れ落ちる。視線が汚い生ゴミに吸い寄せられてしまう。
手が人間だった頃より上手く使えない。仕方なく犬のように床に顔を突っ込んで食べる。
何の躊躇もなくそんな行動を取れてしまう自分は、人として最低限のプライドすら無くしているのかもしれない。
私はどうなってしまったんだろう。
一応お腹膨れて、ある程度の余裕が出てきたから周囲を見渡す。
檻の外には私と同じように、檻に入れられてぐったりしている人がいる。
私のような獣人間だけでなく普通の人間もいる。動物とか鳥とか昆虫とかもいた。