15話 これから行うのは単なる害虫駆除
???? 人間
27歳 ♂
HP 22
MP 0
力 30
体力 24
器用 27
敏捷 17
魔力 0
魔防 0
スキル なし
あれパラメータ的にはそんなに強くない、むしろかなり弱い。リリファさんは当然として、私と比べてもかなり劣っている?
MPみたいな魔法関連のパラメータは0で、その他の能力も私より軒並み低い。スキルなしって表記も初めて見た。
リリファさんは悠然と構えてる。
魔法関連は論外として、HPや力といった物理パラメータですら10倍以上の歴然とした差があるけど。
自称傭兵というか傭兵崩れっていうか。お兄様みたいのじゃなく、こんな下品な人達も傭兵なんだな。
人相がよろしくない。あと失礼ながら不細工というか美少女なリリファさんと対面すると、モブキャラ感が半端ないというか。
「勝つか負けるかの駆け引き? そんなものは存在しない。これから行うのは単なる害虫駆除」
リリファさんってこんなに喧嘩っ早い性格だったの。
魔法が使えるんだから決して弱くはないんだろうけど、武器持ってる男3人が相手なんだし、いくら魔法に自信があっても危険じゃないかな。
向こうサイドの表情とかチラ見したけど許してくれそうな雰囲気は皆無っぽい。子供にここまでコケにされたんだし腹が立って当然だろうな。
言い返せない3人の男の人達はすごく悔しそうにリリファさんを睨み返してる。
ステータス表記してないけど、きっと知力のパラメータはお察しレベルなのだろう。
「絶対に許さねえ」
「半殺しでも良かったか」
「ボスには内緒で受けたんだから報酬は俺らだけのモンだ」
なんかウダウダ会話してるけどあの傭兵崩れさん達は気付いてないのだろうか。
リリファさんの足元から、こう魔力のうねりみたいなのが小さな竜巻みたいになってるのを。轟音まで立ててるのに。
「私の名前を知ってるかしら」
「ガキの名前なんざ知る訳ねえだろ!」
傭兵崩れ達の怒鳴り声に対し、興味なさげに『そう。』と一言だけ呟いてリリファさんは目を細める。
直後リリファさんの姿が消えた。
【感覚スキルがLVUPしました!】
テレポート? いや瞬間移動っぽい。
スキルのLVが上がった表示が出たけどそれどころじゃない。
傭兵崩れさん達の1人にリリファさんは、頭突きするかってくらいに目を近づけて、ななめ下方向へ潜り抜けていく。その際に金属製とおぼしき鎧を蹴り砕いていた。
私以上に男の人達は、状況を理解出来ない様子。
そうこうしている内に、リリファさんの標的となった1人の傭兵は静かに倒された。鎧ごと肉体の大部分が抉られてて血塗れになってる。
2番目のターゲットの人にリリファさんは肉薄して、次の瞬間2番目の人は壁に叩きつけられてた。それはさながら柔道の投げ技みたいだ。
うわ魔法とか関係ない、物理攻撃で叩きのめしてる。
ステータス値の差ってこんなに絶対的なの、成人男性を軽く吹っ飛ばせるものなの。
まるで現実感のない光景だけどあんまり違和感ないのは、やっぱりここが異世界だからなのかな。
細くて砂糖菓子みたいな腕なのに。どこから出てるの、そんなデタラメ威力。
「……シャマル?」
日本にいた頃お兄様に教えてもらった。人間って非常時に本性が現れる。
辞典に載ってた馬脚を現すってことわざ。本当はこの人達って、とても優しい性格なんだろうな。
この倒れてる2番目の人はシャマルさんっていうんだ。
3番目の人は仲間が倒された怒りから、顔を真っ赤にして剣を抜きリリファさんに斬りかかる。
【感覚スキルがLVUPしました!】
スキルLVが連続で上がったからか、今度はなんとか眼で追えた。
あくまで追えただけで私じゃ到底避けられそうにないけど。
フェイントのような動きを織り混ぜながら身体を深く沈め、隙間から縫うように男の腕を狙う。そのスピードが尋常じゃない。誇張とか抜きに銃弾みたいだ。
男の人の目前で立ち止まり、なぜか途端にゆっくりとした動作に変わる。
ピンと伸ばしてた指先を軽く曲げて猫みたいに爪でひっかいた。
さっきまでと比べて遥かに遅い。傭兵が咄嗟に対応出来る位に。リリファさんの追撃は金属製の小手で受け止められてしまう。
途端に、男の人の小手がみるみるうちに溶けていった。
ブクブクと泡を吹いてて、まるで開ける前に沢山振ってしまったコーラとか、化学実験でなにかの危険薬物を混ぜちゃった化学反応を見ているよう。
泡は腕にまで到達した。やがて肉が削げ落ちていって、骨まで溶けて、ボトリって彼の右腕が、肘から先が落ちた。
ギャアアアって獣みたいに叫んでる。地面に転がり、のた打ち回り、それでも泡の勢いは留まる気配すら見せない。
3番目の人は血走った、だけどすごく怯えてる表情でリリファさんを見上げた。
「お前、もしかして、毒使いのリリファか」
「昔はそう呼ばれていたけど。鍛えた今では、致死毒姫のリリファって呼ばれてるわ」
あのオタサーの姫っぽい二つ名に、そんな恐ろしい意味が込められてたんだ。
「た、助けてくれ。もう二度と襲わない。だからい、命だけは」
返事はない。代わりに爪が紫色に禍々しく変化していった。リリファさんの細い手指が、怯える男の人へと近付いていく。
待って。
私の声に反応してリリファさんの腕は寸前で止まった。男の人は座り込んでビクビクしてる。付きつけられた貫手はまるで死神の鎌みたいだ。
殺すのはやり過ぎだと思う。
襲ってきたのは向こう。だからこれは正当防衛。そして奴隷なんかもある厳しい世界。
甘い考えなのは百も承知。だけどどんな命も死んだら終わりなのだから。
反省の機会すら与えないなんて、いくらなんでも可哀想だと思う。
甘い考えだって、自分でも痛感してる。
日本人だからって、平和ボケしてるからって第三者は口を揃えそう。
「アリス、怪我してる」
えっ。
リリファさんが近寄ってくる。右手の甲にすり傷があった。いつ出来たんだろう、気付かなかった。でもこの位ならほっといても治りそう。
「感染症の恐れもある。綺麗にしておかないと」
中世っぽいこの世界に衛生観念とかあるんだ。
私の怪我した右手をリリファさんはそっと持ってしゃがみ込む。王子様が、お姫様にキスするみたいに唇を近付け、舌を出してペロリと舐めた。
「アリスの体毛は甘いわね。ほんのちょっとだけ興奮しちゃう」
えっ。
えっちょっと待って。
な、ななな何してるのこの非常時に!
「心配しないで。致死毒姫のリリファの他に私は、癒しの聖女って二つ名も持ってるのよ。この体質を維持する為に、普段からあらゆる毒物を摂取するよう命じられてる。努力の甲斐あって、体内であらゆる種類の毒を生成可能になった。もちろん薬もよ」
何言ってるのか解からない。解からないままリリファさんは私の身体に覆いかぶさるようにしてきた。
なんだか甘い匂いがする。どうしようこの状況。
「クソッタレがぁ!」
正気に戻る。そうだった私達は襲われてたんだった。
3番目の人が剣を振りかぶってる。動きはカクカク、右腕は完全に溶けてしまい肩や首まで泡が噴出してる。
彼が3歩ほど歩いた所で突然、腰から上下が真っ二つに裂けた。
首を切られ、縦に斬られて、最後は爆散して周囲に血と肉と骨が散らばった。残ってるのは血だまりだけだった。
「リリファ、俺の手を煩わせるな。眠いんだから」
「申し訳ありませんご主人様」
いつの間にかお兄様とランキスさんが、血まみれの刀剣を片手に立っていた。