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11話 ……やっぱり私って

 昼御飯は何処で食べようかしら、なんてリリファさんが呟いてる。

 もうそんな時間なんだ。

 デジタル世代の私にとって時計とかないのはちょっと不便な気がしないでもない。せめて鐘の音とかあったらな。

 

 財布を覗いてみた。お兄様から持たされたのは、凝った模様が彫られてる金貨が20枚ほど。

 これって日本円にして幾らくらいの価値かな。洋服を買っておいでって渡してくれたお金だし、1枚千円としてだいたい2万円くらいかな。だったら無駄遣いはしないほうがいいかも。


「私は軽くでいいけれど。貴女は獣人だから、肉でいいのかしら」


 肉ってワードを聞いた瞬間グー! って、返事するかのように大きなお腹の音。

 

「屋台にしましょう。変に気取らなくて大丈夫だし」


 私を見てちょっと呆れた様子のリリファさんからはきっと、世話ばかり掛かるダメな子って印象もたれちゃってるだろうな。

 もう羞恥心とか捨てて、本能に忠実に生きたほうが幸せなのかな?

 大通りから少し外れた場所に案内してくれた。たくさんの屋台が並んでてお祭りみたいになってる。

 

「どの店も優良だから味は保証するけど。彼処にしようかしら」


 お肉の焼けるジューシーな匂いのせいでよだれが止まらない。

 こんな穴場を知ってるなんて、リリファさんも食べるのが好きなのかな。

 

「こんにちは。注文いいかしら」

「いらっしゃい! 可愛い嬢ちゃん達だな。沢山買ってくれたらサービスするよ」

「ありがとう。私はティル芋のサラダをお願い。アリスは何を注文するの、アリス?」


 リリファさんが怪訝そうに覗き込んでる。

 じっと私を見てる、でも返事することができない。

 何故なら、カチンコチンに固まってしまってるから。

 

 両親が亡くなってからというもの私は、ずっと独りで家に引き籠って生活し続けてた。その弊害で、コミュニケーション能力が著しく低下してしまった。

 ほぼ数年間、ろくに会話どころか声すら発さずに過ごしてきた。異世界転生してからもずっとそう。


 ネット注文とかでも緊張するのに対面で、ましてや初対面の、大柄で威圧的なおじさん相手なんて。駄目だ、頭の中がパニックに、真っ白になっちゃって、どうしよう。

 

「アリス、貴女もしかして」


 ふいに目の前が金色に染まった。

 リリファさんの髪の毛だ。私はリリファさんの背中に庇われてる。

 

「この子にはナグー肉の詰め合わせを大盛りで頂けるかしら」

「いいけど、そっちの可愛い嬢ちゃんは大丈夫か」

「そうね、昼食ついでに休憩しようかしら」

「ごめんなぁ厳ついオッチャンで」

「ありがとうございます。代金はこれでいいかしら」

「おう毎度あり、嬢ちゃんも無理すんなよ。厳ついオッチャンだけどまた来てくれよ」


 公園で一息ついてようやく心臓のバクバクが直ってきた。

 ……やっぱり私ってダメだな。


「もしかしてアリスは男性と会話するのが苦手なの」


 そういう訳じゃなくって……。

 どう説明するといいのかな、会話っていうより面と向かいたくない、あれ単なる我儘なのかなやっぱり……?

 

「ランキス様は貴女に対して馴れ馴れしく接していた。不快に感じていたでしょう。後で注意しておくわ」


 ランキスさんは悪くないんだけど……。

 まあいいやもう。冷めないうちに食べよう。

 少し味付けが濃い気がするけど、ジューシーな油とソースの焦げた風味や香りがマッチしてて私は好き。

 

「私もコミュニケーションは苦手よ。交渉は全部ランキス様がしているから問題ないのだけど」


 コミュニケーション苦手って、さっきの様子を見た限りじゃ完璧だった気がするけど。

 というかそれじゃ全くなんにも喋らない私ってなんなんだろう。

 

「色んな街とかに渡り歩いていく仕事をしているから馴染みの知り合いなんかもいないし。屋台で買い物なんてしたことないから、さっきも本当は緊張していたのよ。アリスは私より緊張してたから、肝が据わってしまったけど」


 そうなんだ。

 あれ今ちょっと矛盾してたような?




 ***




「以上が君達に依頼した仕事の内容だ。では契約書に目を通してくれ、報酬や細かな条件などを記している」


 儂は溢れ出そうになる憤怒を抑え、なるべく無表情でペンを寄越した。

 だが二人の手が動かない。目をパチクリさせ間抜けな面を、彼らはまた儂に向けてくる。

 一体彼らは、どれだけ儂を苛立たせれば気が済むのだろう。第一印象からして阿呆丸出しだったが、よもやここまで常識知らずとは。

 

「すんません、あっしら字が読めないもんで」

「とりあえず報酬の部分だけ言ってくれませんかい」


 ムライトの傭兵団はよほどの人手不足なのだろう。こんなことなら時間を惜しまず、直接ムライトの元へ出向くべきだったか。

 交渉をしにきたというのに字が書けない、どころか書類を扱ったことすらない。

 

 その程度で、よくもまあ俺達はNO2だ等と大層に抜かしたものだ。恥という感情を知らないのかこの2人は。

 いや、もう2匹でよいだろう。

 

 ヘラヘラと汚い愛想笑いする、こんな連中は同じ人間として扱うべきでない。身分がどうこう以前に馬鹿は論外だ。

 罵ってやりたい衝動に駆られたが、なんとか飲み込む。大人として貴族として、上に立つ者として在るべき尊厳な態度をとらねばならない。

 

「じゃ、あっしらはこれで」


 こんなにイライラした20分間は初めてだ。

 これでようやく解放される。

 そう安堵した直後に、2匹は一気飲みしたカップを乱暴に置いた。

 

 一時も安らぎが訪れぬのか。欠けがあったら弁償させてやる。テーブルに零れた紅茶の滴を眺め、どうせならもっと安物を用意するべきだったと後悔する。

 ぐしゃぐしゃに畳んだ契約書を、小汚ない鞄に乱暴に突っ込んで、無作法にドアを開け、閉めて、床が傷むのも構わずにドカドカと、ええい廊下くらい静かに歩け溝鼠共!

 

 2匹が座っていた椅子は酷い有り様だ。泥汚れがこびりついて、臭いもかなり酷い。不衛生な奴らめ。後でメイドに洗わせないと。

 都合良く荷運びをしているメイド達が廊下にいた。子奴らに任せよう。


「カニエ様」

「セラスは何処にいる」


 ついでだ。セラスの部下に直接ムライトの元へ向かわせよう。あんな2匹に任せておけん。

 のちの教訓になると考えよう。衝動は良くないと。畜生と取引などしても時間を浪費するだけだ。やはり取引は貴族とのみに限る。

 

 思い起こせば、少しばかり戦果を挙げただけの傭兵に御前試合という大役を任せたのも間違いだったのだろう。

 あの若造が全ての元凶だ。アスタルトの受難は若造によってもたらされたと言っても過言ではない。

 

 儂は帝国貴族だ。儂は優れている。儂は選ばれている。儂がアスタルト帝国の未来を導いていくのだ。

 覚悟するがいい若造め、よくもアスタルト帝国に喧嘩を売ったな。

 帝国の番人たる儂の機嫌を損ねたこと、たっぷりと後悔させてやる。

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