10話 何言ってんのお前?
ここはアスタルト帝国の首都に近いだけあって沢山の人々がごった返してる。
人間以外の種族も歩いてるけど、みんな粗末なボロ切れを纏ってる。
格差なんて地球にもあったけど正直あんまりいい光景じゃないな。
私みたいな見るからに獣人なのが大通りを歩いてて大丈夫なのかな。マスクとかあったらいいのに。
「どうぞ」
手を差し出してくれた。握手していいのかな。そっけない態度、でも鬱陶しいって雰囲気じゃない。
年上のお姉さんと手を握ってると安心するっていうか。身体が小さくなって幼児退行してるのかな。
「同じ奴隷なのだから敬語はいらない。私のことはリリファと呼んで」
リリファさんと知り合って1週間が経ったけど。本当にリリファさんはぶれないなあ。
***
「で、お前マジで何やってんの」
双眼鏡を片手に女の子2人組を食い入るように観察している超危険人物に話しかけた。ってか俺の相棒なんだけど。
俺、何でこんなことしてるんだろ。さっさと仕事終わらせて午後は昼寝する予定だったのに、しょーもないことに付き合わされちまった。
この街でとても偉い貴族、ナントカ伯爵とかいう奴が催した御前試合。それのパフォーマンスをする予定だったんだ今日は。
こーゆーのって本来は城仕えの騎士様がやるもんなんだけど、つか今まで毎年そうだったらしいし。
なんにせよ拘束時間が短めなわりに実入りが大きいのはラッキー。 さっさと終わらせて午後からは晩飯までゆっくり昼寝。
その予定だったのにラズの奴め。
伯爵の屋敷に乗り込んで、模擬試合する予定だった他国の騎士様を徹底的に叩きのめし。さらに伯爵を睨みつけて帰って来た。
アレ絶対に印象悪いって。ただでさえ俺ら、こないだの首都防衛戦で悪目立ちしてたのに。
んで今。ラズは自分の奴隷をストーカーしてて、俺はそれに付き合わされてる。
昔から変な奴だと思ってたが、この一連の行動はマジで意味不明すぎる。
「ラズ、俺すげー眠いんだけど帰っていいか」
「駄目だ。アリスが強姦されてたらお前は責任とれるのか?」
なんだその発想。こっちの理解が追い付かねーんだけど。
「だってアリスは可愛いだろう。街中を歩いてたら誘拐とかされるに違いない、俺なら絶対にする」
「それってつまりラズが一番危ないんじゃねーの」
「そうだな、アリスにたかる蛆虫は徹底的に排除しないと」
話が通じない。あーうん、そうなんだ。つか澄んだ瞳が真面目すぎて引く。
ラズってこんな脳内お花畑な奴だっけ。あの獣人奴隷を買ってから変になってないか?
つかリリファ連れてんだから、襲われても大丈夫だと思うんだがなあ。
俺のリリファがいれば余程の馬鹿じゃない限りビビって手は出さないだろう。
「ランキスの奴隷は強い。ランキス、お前自身が鍛えたのだから。だが絶対ではないだろう? 千人以上の兵士に襲撃されても対応できるのか。背後にアリスをかばいつつ」
切り札を使えばリリファなら可能だろうけど、ラズの奴隷を庇いながらじゃ面倒かもしれないな……ん?
「ちょっと待て俺の相棒よ。千人に襲われるってどんな状況だ? しかも街中で」
「ありえる。アリスは魅力ある少女だから」
まあうーん、可愛いのは認めるけど。でも所詮は子供だろう。
ラズってこんなシリアスな笑い決める奴だっけ。
「なあ」
「何だ」
「アリスだっけ、お前さぁ実の妹をなんで奴隷にしたの」
つかコイツ、ロリコンなの。俺ってそんなヤバい性癖持ちを相棒にしてたの?
「アリスが奴隷、アリスが俺の奴隷……ぁぁ」
頬を朱に染めやがって恋する乙女か貴様は。なんつーか、こんな奴だったのか。本当に変わったなラズ。
もう10年近く前の話だ。ミステクタ辺境の村に強大な魔物が襲ってきた。
村長が大枚を叩いて雇った凄腕の騎士様が、野党討伐のために鋼鉄製の巨大なヤリを片手で軽々と振り回してる姿に感動して。
槍術にちょっとした自信があった当時13歳だった俺は騎士様に憧れ、周囲の反対を押し切って村を飛び出した。
騎士様はミステクタに所属してる役職付きの偉いさんだったらしい。
元々俺は幼い頃に両親を亡くして天涯孤独の身だった。だから成人したら村長の畑を借りて、それで細々と暮らしていくよう命じられていたけど。
そんなダルいのより、もっと輝かしそうでハジけた未来が俺を待ってるような気がしてならなかった。
つっても現実は甘くない。世間知らずのガキが想像してるよりもずっと。
つーかコネも無いのに、そう簡単に仕事を見つけるなんて無理。日雇いのクッソつまんない雑用屋で食い繋ぐしかなかった。
小さな傭兵団に潜り込んだ時期なんかもあったけど、トップじゃなきゃ気が済まない性格が災いして長続きしなかった。
馬鹿で弱いリーダーなんかに、ヘコヘコ頭を下げてつき従うなんて我慢ならない。
ずっとイラついてて誰にでも喧嘩吹っ掛けて、あんなに尖ってた時期があったんだな俺にも。
行き場のないイライラを持て余してる丁度そんな頃だった。極めて常識を知らない、文字すらまともに書けないラズと出会ったのは。
安酒に酔いながら街道をふらふら歩いてると、数人のごろつきに絡まれてる華奢な男がいた。
感情の無いアンデッドやゴーレムみたいな男。それがラズに抱いた第一印象だった。
無視しようかと思ってたんだが、ラズはアッという間にごろつき共を潰しちまいやがった。
記憶喪失で妹がいること以外、全て忘れている、天才的な戦闘センスを持ちながら一般常識を欠片も知らない。
名前が無いと呼ぶときに面倒だったから適当にラズウェルって名付けてやった。こいつは俺の相棒でなければならない。当時はそう思ってたんだけどさ。
「ああ、アリス、アリス」
妄想の世界へトリップして、ヒクヒクと体を震わせ、蹲って喘いで、うわぁ。
戦場の死神と恐れられてるラズウェルがなあ。こんな気持ち悪い一面があるとは思わなかった。
周囲からヒソヒソ話し声が聞こえてくる。
往来のど真ん中でガキの髪束を鼻に埋め、クスリやってるみたいに恍惚の表情浮かべてやがる。
事情知らない奴からは狂人に見えるだろうな。すんげー気持ち悪いし、他人のフリしとこ。
「ランキス」
なんだよ全力で他人のフリするつもりだったのに、俺まで同類に思われるじゃねーか。
「済まないが、見張りを継続してくれ」
「ラズお前、見守り押し付けて自分は帰るのかよ」
「いや、アリスのコトを考えてたら興奮したんだ。トイレで発散してすぐ戻るから待っててくれ」
凄いイケメン顔で何言ってんのお前? マジで他人のフリしとこ。