9話 リリファさんと一緒に
「考え直そうアリス」
お兄様が困った顔してる。
本当はお兄様にそんな顔をさせたくない。でもここは頑なになるべき場面。
「やっぱり心配だから俺も一緒に買い物付き合うよ」
お兄様の家で過ごすようになって1週間、私はとても良い暮らしをさせてもらってる。
掃除洗濯は全部お兄様がやってくれてる。食事も美味しいしベッドもフカフカ。日本にいた頃よりも、遥かに充実した日々を過ごせている。
ただ一つだけ深刻な問題がある。それは私が着られそうな女児用の服が全然足りないこと。
リリファさんのお下がりを幾つか貰ったのだけど、身長とか骨格が違うからブカブカだ。
仕立てるにしても獣人になっちゃったから針や糸を扱えないし。
そんなわけで洋服を買いに市場へ行くのだけど問題点はまだある。今アスタルトは治安がとても悪いのだ。
首都とはいえ戦争直後。さらに国王がミステクタ狩りを奨励したせいで、柄の悪い人達が集まっているらしくって。
だからお兄様は一緒に行こうって言ってくれた。でもお兄様はとっても忙しい。
戦争特需がまだ続いてるらしくって引く手あまたらしい。日を改めるにしても、お兄様の仕事スケジュールは当分先まで埋まっている。
今日だったらリリファさんが空いているので一緒に付いていってくれる。今日ダメだとまた当分先みたい。
「アリスにもしものことがあったらと思うと俺は」
お兄様も仕事があるのですよね。ではそちらを優先するべきです。
「あんなチンケな仕事、キャンセルしてしまえばいい」
一番ダメな発言です。
仕事に優劣なんかない。いかにお兄様が功名であろうと、信頼ってのはたやすく崩れちゃうもの。
築くのは大変で、労力が要り時間も掛かる。だけど失うのは一瞬だから。
御前試合はとても有力な貴族が開催したらしく、また国王様も出席なさるそう。
偉い人が他国からも沢山集まっているのだから。キャンセルして私達の買い物に付き合ってくれるのは嬉しいけどそれは絶対にダメ。
この世界のルールはまだよく解らない。まだ文字を覚えるので精一杯だし。
けど奴隷とかがまかり通る、身分の格差がハッキリしているこの世界で、貴族や王族を敵に回すような真似は控えるべきだろうと思う。
それにお兄様は私なんかより、仕事を優先しないといけない。絶対に!
人気の傭兵だと聞いてる。仕事をえり好み出来るくらいには売れっ子だと。
でもだからこそ慢心してはいけない。
妹の洋服を買いに行く程度の用事なんかで、久しぶりの大事な仕事をキャンセルなんてあってはならない。
バッグに入ってる財布の重さを考える。中身の金貨はお兄様が汗水流して稼いだ、とっても大切な賃金なのだから。
お兄様といると幸せでポカポカした気持ちになれる。でもそれはきっと脳内麻薬。
24時間ずっと一緒にいる訳にはいかないのだから。私だっていつまでも庇護下にいたんじゃお兄様もしんどいだろう。
負担になるだけなんて嫌だ。一週間ずっと甘えっぱなしだったけど、そろそろちゃんとしないと。
お兄様をなんとか説得してるうちにリリファさんが迎えに来てくれた。
今日も男の子っぽい服装だ。フリルのドレスとか似合いそうなのにな。
「支度は済ませたかしら」
いけない荷物は広間に置きっぱなしだ、急いで取ってこないと。
リリファさんと一緒に買い物に行く。私なんかのために時間を割いてくれて申し訳ない気持ちでいっぱい。
それにあんな可愛い娘と一緒に買い物するんだ、なんか別の意味でも緊張しちゃう。
例えるならそう私服姿の、全世界が憧れるアイドルとデートするみたいな。もし私が男の子だったら昨日の晩からドキドキしてそう。
そんな子とお忍びでショッピングしてるんだから、獣人が隣で歩いてたら注目されるかな。
どうしよう緊張してきた。
日本じゃずっと引き篭ってゲームばかりしてたから、血の通った友達はいなかったし。
「ラズ、王城いくぞ」
「アリスに拒絶された、アリスが兄離れしてしまうなんて」
ラズが面倒臭い。じゅーぶん懐いてると思うがなー。
「ちょっと買い物するだけだろ。1時間くらいで帰って」
妙に落ち込んでるものだから励ましてやろうと顔を覗きこんだらキモい微笑み浮かべてんだ、ってか気持ち悪っ!
「アリスに罵倒された……っ、ハアハアっ……アリスは俺を、キライになったのか……アリス、俺はずっと一緒だよ。絶対に離れないから、ずっと、ずっと……」
お医者さん助けてラズが壊れちゃった。あの獣っ子、今からでも国外逃亡した方がいいんじゃないかな。
大変だ、このままだとランキス傭兵団はストーカー容疑で仲良く牢獄行きになっちまう。
「さっさと仕事済ませて合流しようぜ」
「ああ、全速力で行こう」
ようやく仕事する気になってくれた、んだよな?
ラズの笑顔に嫌な予感がした。頼むからバカな真似だけはしでかすなよ!