序章 奴隷の私になる前のあの日
今何時だろう。スマホの電源入れて確認する。
午前9時06分。なんだ、今日は早起きしちゃったな。
外はどしゃぶりみたい。
きっと窓の向こうじゃ傘を差して学校や会社に行く、苦労人達でごった返していることだろう。
雨戸してるから喧騒はよく聞こえないけど。小粋なBGM、そう脳内で処理しとく。
PCの電源を入れる。
毎日やってたオンラインゲームなんだけど。今日の3時でサービス終了してしまうそうだ。
一時期は至高の和製MMORPGとかまで呼ばれてたらしいけど。
巷で語られるほどに凄く面白いとは思わなかった。話題ばかりが先行していたんだろう。
まあそんなゲームだったからこそ、プレイヤーが減り始めたら雪崩現象のごとく衰退していくのは自明の理だったんじゃないかな。
私の名前は初潮 アリス。年齢は13歳。
一応中学1年生だけど、ここ2年間ほど学校には行ってない。
私を連れ出そうとした教師連中は、来るたびに何度も追い返してやった。
鬱陶しかったなあ。それ以上に向こうも面倒くさかっただろうな。
こんな問題児なんてきっと、もう相手したくなんかないって。
どうせ義務教育のリミットはあと2年ちょっとだし。そしたら私も教師も解放されるだろう。
何時から歯車は狂っていた? なんて答えはとうの昔に出ている。
4年前の初潮家は4人だった。両親と私、それからお兄様の4人家族。
幸せだった。4年前お兄様が行方不明になる前までは。
いわゆる誘拐事件というもの。 新聞とかでも連日にわたって報道されたとか。私は幼かったから知らないけど。
4引く1で3になって、初潮家はおかしくなった。
お父さんもお母さんも酒浸りになって、すごく荒れた。
毎日のように殴られ、蹴られ、虐待された。
両親がおかしくなったって近所でも噂になって、やがて学校とかでもイジメられるようになった。
先生は助けてくれなかった。私が殴られてても「ほどほどにしとけよw」とか。
厄介な存在だったのかも。余計な仕事をしたくなかったんだろうな。
半年ほど前、父さんは酔って道路を横断して、車に撥ねられて死んだ。それからしばらくして母さんも行方不明になった。
誘拐されるのがお前なら良かったのに。それが最後に、両親が私に残した言葉だった。うろ覚えだけど。
ともあれ1人きりになって、私はようやく解放された。ついでに己の余生を悟った。
学校行って働いて、それで幸せになれるのか?
無理。家族はもういないしこれからずっと1人ぼっちだ。
現時点で人生詰んでるんだ。ここから汗水流して頑張ってもまず人並み以上にはなれない。
だったら何もしないで無為にだらだら生きていく方がずっと楽じゃないか。
この、質素な生活を続けてればあと数年間は暮らしていける。そこから先はそのときになってから考えればいい。
台所。今日の献立は野菜スープだ。
料理はだいたい出来る。だって両親がいないから、自分で作るしかない。私の境遇は壊れてる。
なんとなく健康に悪そうだから、冷凍食品とかカップラーメンとかは食べない。
カロリーは全然足りないから痩せる一方だけど太るよりはマシ。
そうこうしてる内にもう午後2時40分。そういえば3時だったかな終了するのは。
一応ログイン。ギルドの連中にも顔出ししとく。律儀にもギルドメンバーのほぼ全員がいるみたい。平日の昼間から、みんなニートなのかな。
移住先は別のMMORPG。まあ私はオンラインゲーム自体に飽きちゃったし、なんか別の趣味とか見つけたい。
サービス終了まで残り1分を切ったかな。
さよならーとPC連中が手を振っている。
まあ私もやっとくか。最後だし一応スクショ撮っとこう。使う機会なんて絶無だろうけど。
そんな茶番をしている内に接続が切れた。瞬間、今までこのゲームで育んできた冒険の軌跡が全て消滅する。
あれに費やしてきた約1年間が無駄になった。まあゲームなんて元から非生産的な遊びだけど。
でも人生だって同じようなもの。だって死んだら全てリセットされてしまうのだから。
歴史に名を残した偉人も、乞食の赤ん坊も、死んで骸になってしまえば同じ生ゴミと化しちゃう。
人生もゲームも皆等しくクソゲーだ。言い切れる程、どっちもそんなにやり込んでないけど、やり込む予定もないし。
終了する前に、どこか別のオンラインゲームに移住するとかの話もあったけど。ギルドメンバーの名前なんだっけ、もうそれすら記憶にないや。
向こうの都合はともかく、こっちは経験値とか利用させて貰うだけの関係だったし。
オンラインゲームはしばらくやらない予定だし、多分もう関わることもないだろう。
この先の人生で、仮に出会ったとしてもパソコン画面のアバターを通して以外じゃ接点はおそらくない。
パソコンの繋がりなんて、所詮そんなもの。それより別の暇潰しを考えないと。
気分転換したい気分だ。久しぶりに書斎部屋でも行ってみようかな。
お兄様が消えてから酒浸りで壊れてしまったけど、元の父さんは読書家で大人しい性格だった。
数えてないけど軽く千冊は超えてるんじゃないかな。それでも足りないってボヤいてて、よく図書館に通ってた記憶がある。
……全部遠い昔の記憶だけど。
部屋に入った。あんまり掃除してないから、ちょっと埃っぽいけど。でもここは落ち着く場所だ。
なんてったって、お兄様との思い出が詰まってる場所の1つ。昔こっそり入って、一緒に読めもしない外国語の書物とか見てた。
あの頃は夢が詰まってた、もう全て過去の思い出だけど。
また下らないこと考えちゃったな。時間が勿体ないし、さっさと掃除始めちゃおう。
箱からお掃除セットを取り出そうとして。
あれ?
箱には1冊の本しか入ってなかった。
ちゃんと整理してたつもりなんだけど私うっかりしてたかな。
これって何処の国の言葉かな。少なくとも英語ではなさそうだけど。こんな本、そもそも書斎に置いてあったかな。
手にとってみる。百科辞典みたいに分厚くて重い本。柔らかい布を乗せたら枕になりそう。
なんでだろ、懐かしい記憶が甦ってくるような気がする。
誘われるように、ページを捲った。
ちょこちょこ弄って全年齢でも大丈夫なようにしました。よろしければ完結までお付き合いくださいませー。