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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第一章 ダリアの結婚
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1-6

「部屋を変に飾り付けている、と噂に聞いたので見に来た」


 そっけなく言い、リュシアンは部屋に入ってきた。


「許可もなく部屋に入るなんて失礼な」

「別に君がいない間に忍び込むわけではない。それに俺は君の夫であり、ここは俺の家だ。部屋に入る権利はある」


 権利、とはなんと大袈裟な言いようだ、と思いダリアは顔をしかめる。しかしリュシアンはそれに気付く様子などなく、部屋の中央に立った。


「なるほど、この部屋だけまるで別の国のようだな。侍女たちが噂するのも無理がない」


 元は白い壁のそっけない部屋であった。青いカーテンがかけられ、暖炉の上には風景画が飾られていたが、今はそれはない。ダリアがカーテンは赤に金糸の草花の文様が刺繍された華やかなものに、風景画は外し、代わりに赤いぼんぼりの飾りをつけていたからだ。


「寒々しい部屋だったから、せめて飾りだけは温かみのある、華やかなものにしたのよ」

「お祖母さまはこんな部屋、目がチカチカして頭痛がしそうよ、と言っていたが」


「あら、それは初耳だけれど、イレーヌ大奥様がこの部屋を訪れたことは一度しかないし、これからも訪れるようなことはないと思うからよかったわ。孫の嫁の部屋で、ゆっくりと茶を飲むような人ではないでしょう?」


 リュシアンはダリアが言っている間に、ゆっくりとした足取りで部屋を歩き回っていた。


「……それから、君の部屋はなにやら匂うと噂になっている。ああ、きっとこのお茶だな」


 そう言いながら、暖炉の近くにある配膳用のテーブルにある急須を触ろうとしたので、慌ててそれを止める。


「触らないで。翠蓮国から持ち帰った大切なものなのだから」


 白い磁器の大きな急須で、牡丹の模様が入っている。ダリアが割れないようにと大切に持ってきたものである。


「変わった香りのお茶だな。翠蓮国のお茶か?」


 リュシアンはダリアの話を聞いているのかいないのか、急須に鼻を近づけた。


「薬湯よ」

「薬湯?」


 リュシアンは怪訝な表情で急須を見つめている。


「そう。誰かさんと言い合って気持ちが昂ぶってしまったから、落ち着かせるために桂皮と柴胡、半夏を煮出したお茶を淹れたのよ」

「見ればそちらのストーブの上にもなにやらあるな。薬缶か」


 窓際に、石炭を燃料にしているストーブが置いてあるのだが、その上は薬缶や鍋が置けるようになっていて、湯を沸かしたり簡単な料理を作ったりすることができる。ダリアは湯を沸かし、生薬を煮出すために使うことが多い。


「君は翠蓮国で医術を学んだと聞いているが……」


 リュシアンは暖炉の側にあるソファに、部屋の主であるダリアに断ることなく腰掛けた。さっさと出て行って欲しいのに、座るとは長居をするつもりなのか、と頭がくらくらしてきた。


「ええ、そうね。向こうの国では中医学を学んでいたわ。その中でも特に漢方については詳しいわ。素晴らしい師匠について、向こうで医師の資格も取ったのよ」


 イルギス国と翠蓮国の医術はずいぶんと違う。

 ダリアの母の故郷である翠蓮国の医術は、この国では受け入れられていないと知っていたので、帰国するとなったとき、もう患者を診るようなことはないのだと諦めた。ダリアは十三の時に翠蓮国へ行き二十一歳で帰国するまで中医学の医師の元で中医学を学び、助手兼薬師として診察に同行し、ときに患者を診ることもあった。翠蓮国では医師としてそれなりに頼りにされていたが、帰国してからはこちらから医師であることを言うことはない。ただ、自分や周りにいる人達のために学んだことを生かせればいい、とは思っているので、ときおり不調に困っている人がいると漢方を処方することはある。嫁ぐと決まったとき、王都のような大きな街ならば漢方薬局があるだろうことを思い、結婚を受け入れたという事情もある。


「……しかし、そんな資格はこの国ではなんの役にも立たない」


 リュシアンはわざとらしく肩をすくめ、足を組んだ。


「かの国の医学など、まじないのようなものだ。草や木の幹の皮を煎じた臭い薬湯を飲んで病気を治そうなんて、ただの気休め、意味のないことだ。それに身体に針を刺したり、身体をこすったりするんだろう? とても信じられない。野蛮な未開の地の民間医療なんて、なんの役にも立たない」


 そしてこちらをからかうような、不敵な笑みを浮かべる。

 その表情に苛立ち、薬缶の湯をぶちまけたいような衝動にも駆られたが、こんな男相手に憤ることすら相応しくない、疲れるだけだ、と思い直し、冷静な声で応じる。


「ええ、知っているわ。中医学がこの国では受け入れられていないことは」


 ダリアは扉の方へと歩き、ドアノブに手を掛けた。


「だから、こうして大人しく結婚したのよ。こちらで医師として身を立てるなんて不可能だと知っているから。結婚相手があなたのような血も涙もない、人の気持ちを平気で踏みにじるような人だというのは一生の不覚だけれどね。あなたみたいな医師にかかるくらいなら死んだ方がマシだわ。患者さんは気の毒ね」


 そう言ってから扉を大きく開け放った。


「なにをしに来たのか分からないけれど、私はとても疲れているの。もう休ませていただけないかしら?」


 リュシアンは不思議そうな表情で首を傾げた。


「いや、俺は君が作っているという薬湯を飲んでみたいと思って来たんだ。昂ぶった気持ちを静めてくれるんだろう?」

「お断りだわ」

「なぜ? せっかく君が効くと信じているものを、試しに飲んでやろうと言っているのに」


「なにを勘違いしているか分からないけれど、中医学は二千年もの歴史がある、人智が集結した素晴らしい医術よ。それを、効くか効かないか分からない、まじないのような民間医療、なんて言っている人に施してあげるわけがないでしょう? この国の者たちは、自分たちが最高だ、と信じている医術だけに頼って、翠蓮国の素晴らしい医術など知らずにいればいいのよ」


 ダリアがふん、と鼻で笑うと、リュシアンは肩をすくめた。


「君には自分が身につけた医術を少しでも広めたいだとか、それで人を救いたい、だとかいう気持ちはないのか?」

「ええ、そんな慈悲深さは私にはないわね。少なくとも、あなたのような上から目線で『まじないだとは思っているが、試してみてやってもいい』なんて人は、裏の森の適当な草でもむしって食べていればいいのよ」


 リュシアンは一瞬だけ驚いたように目を瞠った後、なにがおかしいのか大声で笑い始めた。

 なにがそんなにおかしいのか、仕事のしすぎで頭が変になったのではないかと訝しげな表情で彼を見つめる。


「ああ、君という人がどんな人なのか分かった。非常に有益だった」


 リュシアンは肘掛けに手をかけて、大仰な仕草で立ち上がった。


「まあ、先ほども言った通り、俺はこの屋敷にいないことが多い。君は君で好きに過ごせばいい」

「ええ、ありがとうございます。そういたしますわ」


 そして早く出て行けとばかりに首を斜めに振ると、リュシアンは小さく息を吐いてから、穏やかな笑みを顔に貼り付けながら部屋から出て行った。

 ダリアは勢いよく扉を閉め、ぎゅっと目を瞑り、強く拳を握って身体の底から湧き上がってくる怒りに耐えていた。あんな失礼な者に対してこちらがこんなエネルギーを使ってはいけないと思って心を静めようとするが、なかなか上手くいかなかった。

 すると、扉が遠慮がちにノックされ、『ダリア様、私です』とリタの囁くような声が聞こえた。ダリアが扉を開けると、上目遣いのリタが腰を屈めつつ部屋の中へと入ってきた。


「本当はもっと前に戻って来ていたのですが、どうも入りづらくて申し訳ありません」

「ああ、いいのよ」


「それに、おふたりの会話を聞いてしまいました……。ダリア様、どうやら酷いところに嫁いでしまったようですね」

「本当にね」


 ダリアは大股で歩いて暖炉の前のソファに座ろうとしてから、そこには先ほどまでリュシアンが座っていたと思い出して、窓際の安楽椅子に腰を下ろした。


「下で話を聞いてきたのですが、恐らく、リュシアン様は執事に言われて謝りに来たのだと思います。先の廊下での言い争いについて。まあ、お互い様というところはあるかと思うのですが、先に仕掛けたのはリュシアン様だったので」


「それはそうよ。一週間も顔を出さずにすまなかった、が最初に言うべきことなのに。ふてぶてしい、なんて言われたわ。あのお祖母様からして失礼極まりない方だったので、その孫もさもありなん、というところではあるけれど」


「ええ、あり得ませんわ。ですが、それに対してダリア様も少々言い過ぎたというところもあると思いますが……」

「それは認めるわ。だけどね、あの失礼な者に対してはそのくらい言わないと負けてしまうもの」


「夫婦は勝ち負けなのでしょうか?」

「最初が肝心だわ。こちらを侮ってもらっては困るのよ。私は、求められて嫁いできたのだから」


「確かに、言われる通りですわ! ですが、この屋敷で上手いことやっていくためには少しは歩み寄りが……」

「もうあの男のことはいいわ。幸い跡取りを求められていないし、あの男は仕事で忙しくて屋敷にはあまりいないし、妻を伴って舞踏会だとか晩餐会だとか、そういう集まりには今までも出席していないというから。もう二度と会わなくても差し支えないでしょう?」

「考えようによっては、そうですが」


 リタはまだなにか言いたそうだったが、ダリアがじっとりとした視線を向けると黙ってしまった。彼女の気持ちは分かる、侍女として、婚家と上手くやることをこんなに早々に諦めるのはどうかと思っているのだろう。下手をしたら十年、二十年、お互いに長生きをしたら五十年以上も冷たい関係を続けていかなければならないのだから。


「もう、今日は夕食もいらないわ。早く休みたい」

「はい。では、仕度をいたしますね」


 その日は早くに寝台に入ったが、なかなか寝付くことはできなかった。ルネに婚約破棄を告げられたときにも、落ち込んだものの、夜はぐっすりだったのに。


(私の安眠を妨害するなんて……! もう二度と顔を合わせたくないわ)


 その望み通り、翌日の朝早くに王宮に戻っていったリュシアンは、それから一週間は帰ることはなかった。

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