1-73
「悲劇を生まないために、隠しておくのではないのか?」
「それでもいいけれど。たぶんあなたは真実を受け入れることができるだろうから。コリンヌ様に隠し事をしたときに、その点についてずいぶんと私を責めていたし」
「……その復讐のつもりか?」
「復讐なんて大袈裟なものではないけれど。あなたに対して真実を隠しておく責め苦を私が受けるのは嫌だし……」
「本当にお前はいい性格をしている」
「あら、褒め言葉ね」
「まったく褒めていないわけだが」
ダリアはふたたび歩を進め、リュシアンもそれに続いた。
「シェリーは最初、病死だと思われていたけれど、部屋の中から不審な薬が出て来た。それで、もしかして自死ではないかという疑いがあった」
「ああ。だが、サリーはそれを否定した。自分はずっとシェリーの侍女で、シェリーのことはよく知っている。シェリーは俺と結婚できたことをなにより喜んでいた。夢のようだと言っていた。それなのに自ら命を絶つなんて考えられない」
「それが鍵ね。夢のような結婚だった、でも、そうではなかった」
ちょうど森の中で木々が途切れた広場にたどり着いた。ダリアはそこで足を止めて、近くにあった切り株に腰掛けた。リュシアンはダリアからは少し離れたところに立ち、枝葉を仰いでいた。
「俺を責めているのか? 夫としての役割を果たせなかった」
「そうではないわ。それが全ての原因だったからそう言っただけ。恐らくシェリーは思っていたのでしょう。こんなはずではなかった、あんな優しかったリュシアンが、私という妻がいながら留守がちで、私にちっとも構ってくれない。いつも仕事で疲れて不機嫌な顔をしている。やがて気づいたのは、それは結婚前は私が患者だったから。リュシアンはなによりも患者を大切にしている、患者がいるから家には帰れない、患者がいるから……」
「その点は、シェリーも了承して結婚したものだと思っていたが」
「思っていたのと理想は違ったのよ。仕方ないことだと思っていたけれど、彼女は寂しかったのでしょうね。そもそも彼女は病弱で、貴族の娘でありながら社交界デビューもしていない。親しい友人もいない。あなただけが頼りだったのよ」
「……なるほど、そうだったかもしれないな」
リュシアンの表情は優れない。彼にとってシェリーとのことは深い傷になっているのだろう。
彼にとって、その傷を深くえぐる結果になるかもしれない。
それでもダリアは続ける。
「だから、患者に戻ろうと思ったのでしょうね。侍女に頼んで毒を手に入れた。それで」
「ちょっと待て」
リュシアンはダリアの方へと近寄って来て、その正面に立ってダリアを見下ろした。長身長の彼に見下ろされると、かなりの威圧感を覚える。
「まさか、シェリーの体調不良は、自ら飲んだ毒が原因だというのか」
「ええ、恐らくは。全くの原因不明だったのでしょう? 毒も小量ずつ飲めば、死には至らずにそのような症状を出すことはできるわ。医師のあなた相手だから、ただの仮病は通じないと思ってのことでしょうね」
「毒を飲み続けていたというのか? では、シェリーが死んだのはその毒が身体に蓄積したのが原因か?」
「その辺りは彼女も心得ていたのではと思うけれど、でも真相は分からないわ。私の予想では、少しずつ毒を飲み続けたのはいいけれど、やがて耐性ができて、思うような症状が出なくなってしまった。そして、今度はもっと強い毒をと欲して、その毒を飲み過ぎてしまった」
リュシアンの顔はみるみる青ざめてきて、近くにあった倒木に力なく腰掛けた。そうして頭を抱え込み、じっと動かなくなった。
「サリーに証言を得られたの」
リュシアンが聞いているのかどうか分からなかったが、それでもダリアは続けた。
「毒を調達していたのはサリーよ。別の毒を調達して、それを飲んだ途端にシェリーはみるみる具合が悪くなって、亡くなったそうよ。サリーには言わなかったのだけれど、恐らく前に飲んでいた毒と新しい毒とは致死量が違ったんじゃないかしら。それは毒を購入したときに言われていたはずだけれど、サリーはそれをシェリーに告げていなかったのではないかしら。だからこれは事故なのよ」
「……事故だって?」
リュシアンは小さな小さな声で言う。
「ええ、事故よ。シェリーには自死するようなつもりはなかった。あなたの気を惹くためという、子供っぽい理由で毒を飲んでいた。サリーは大切な主人の言いつけで毒を調達していた。少しずつ毒を飲めば、命にかかわるようなことはない。シェリーもサリーも、そう思っていたのでしょう。毒に対する知識が薄かった」
「なんてことを……」
リュシアンはそう言ったまま、じっと押し黙ってしまった。
それからどれくらいの時間が経っただろうか。リュシアンがまるで独り言のように呟いた。
「……そうだな、今ではシェリーの気持ちが少しは分かる」
「今では……?」
ダリアが聞くと、リュシアンはふっと息を吐いた。
「体調を悪くして寝込んでいるときに、それを癒してくれる者の存在は偉大だ。俺は今まで、患者の気持ちなんてあまり分かっていなかったが、自分自身が患者になってやっと分かった」
それはこの前、コリンヌの王妃の実家に行く途中で、リュシアンが体調を悪くしたときの話だろうか。
(あれからなにも言われなかったけれど、私のことを偉大と思ってくれたってこと? それは大袈裟だけれど……感謝はされているようね)
それから再びリュシアンは黙り込み、ダリアはなにもいわずに彼の隣にいて、時間を過ごした。
やがて、リュシアンは屋敷に戻ろうと短く告げ、戻る道すがらもひと言も言葉を発しなかった。
★気に入ってくださったら、評価、ブックマーク、いいね、いただけると励みになります。