1-71
「あなたは元はシェリーの侍女だと聞いたわ。だったら、シェリーのことはよく知っているでしょう?」
いつものように朝食を済ませると、それを下げに来た侍女のサリーに話しかけた。
彼女、サリーが元々シェリーの侍女だったとは、昨日、リタに聞いた。シェリーのことを知りたい、使用人達の間の噂でなにか知らないかと聞いたら、サリーのことを教えてくれた。実は彼女はシェリーの実家から付いて来た侍女で、シェリーの死後もバロウ家で働き、二番目の妻であるマリアの侍女もしていたとのことだった。そうなると、マリアがシェリーについてあれこれと知っていたのはサリーが吹き込んだ可能性がある。ダリアに対しても、最初からなんだか意地悪な雰囲気だった。ダリアがまるで気にしないので、そのうち飽きたのかなにも言わなくなったけれど。
「……ええ、それがなにか?」
サリーはそっけなく応じる。こちらにまるで気を許していないとは以前から感じていて、しかし仕事だけは淡々とこなしてくれていたから、それだけで充分だと思っていた。
「少し聞きたいことがあるのよ。仕事が一段落したらこちらへ来てくれないかしら?」
「今日は朝から忙しくて、休むような暇はないのです。私は優雅にお茶を傾けていればいいような身分ではないので」
「そう。では優雅にお茶を傾けていればいい身分として命令するわ。今日は私のために時間を作りなさい。私付きの侍女なのだから、そうできないはずはないわね?」
「……かしこまりました」
渋々、と頷くと、サリーは部屋から出て行った。
そして、戻って来たのは夕方近くになってからだった。
「やっと他の人に私の仕事を代わってもらうことができました。遅くなりましたが、時間の指定はされていなかったので構いませんよね?」
サリーはダリアの部屋へとやって来ると、ひと言の謝罪もなくダリアの向かいの椅子へと腰掛けた。本来ならば部屋の主が許してから椅子に腰掛けるべきだが、その行動からしてこちらを侮っているものだ。
「そうね、あなたを待っている間にこちらもいろいろと分かったから、ちょうどよかったわ」
ダリアは立ち上がり、引き出しにしまっていた白い包みを取り出した。
「この包みには見覚えがあるのではないかしら?」
ダリアが言うと、サリーは一瞬顔をしかめ、それからすぐにいつもの澄まし顔に戻った。
「ええ、そうね。シェリー様が飲んでいた薬よ」
「これはリュシアンが処方した薬ではないわ」
「はい、医師が処方するような薬ではありませんから。強壮剤、とでも言えばいいのかしら?」
「いいえ、これは薬ではなくて毒でしょう?」
ダリアがずばりと言うが、サリーは表情を崩さない。わざと自分の感情を抑え込んでいるようだ。
「なにをおっしゃっているの? それは強壮剤だと」
「では、今すぐにこの薬を飲んでみせて」
「え?」
「強壮剤なのでしょう? あなたは朝から働きづめだったようだし、疲れたでしょう? どうぞ、飲んでいいわよ。シェリー様が飲んでいたものだもの、よいものに決まっているわ。ずいぶんと値も張るもののようだし」
挑発するように言うと、サリーは口元をもごもごとさせてから、観念したようにため息を吐き出した。
「分かりました、認めます。それは薬ではありません」
「毒だと認めるのね」
「ええ」
「そして、これを買いに行ったのはあなたね?」
ダリアが言うと、サリーはぐっと押し黙った。
「隠しても無駄だわ、リュシアンから聞いているの。それに、これをあなたに売ったという人の証言は得ているわ。素直に話した方がいいわよ」
そう言うが、サリーは黙って俯いたまま口を開こうとしない。
ダリアは肘掛けに頬杖をついて、サリーは話し出すのを待った。息苦しいほどの沈黙が続くが、サリーはそのまま、話す気配がない。
だからダリアは続けて言う。
「リュシアンはそのことについて、あなたに突っ込んで聞くことはなかったようだけれど。私は気になって、その商人にあれこれ聞いてしまったのよ。あなたがその薬を買うようになったのは、シェリーが亡くなる一年ほど前からだった、と。しかも、買ったのは一度や二度ではない、月に二度は買いに行ったそうね」
「そ、それは……」
「主人に毒を飲ませるなんて! なんて侍女でしょう!」
堪らなくなったのか、リタがいきり立った声を上げた。
「黙っていないでなにか言ったらどうなの? 前々からいけ好かないと思っていたけれど、私の勘は当たったわ。あなたに侍女である資格なんてないわ。シェリー様もお気の毒ね、ずいぶんとあなたのことを信頼していたと聞いていたのに、裏切られたんだわ。一体、シェリー様のなにが気に入らなかったの? それとも、誰かに頼まれたの?」
「ちっ、違うわ! 私がシェリー様に毒を盛ったんじゃない!」
「では、なんだって言うのよ!」
リタが腰に手を当て、仁王立ちになってサリーを睨み付ける。サリーはすっかり縮こまっている。こうまで言われてもすぐに話す決意はつかないようだ。
リタは呆れたようにため息を吐き出して、ふたりからは離れた扉近くの椅子に腰掛けた。まるで全て話すまで部屋からは出さない、と言っているようだった。
ダリアは黙ってサリーを見つめ続ける。
無理に話させようとしては、余計に頑なになってしまうかもしれないと思っていた。このまま話すまで、いつまでも待つつもりだった。夜中になっても、朝が明けても。
部屋にいる三人がまんじりとも動かず、じっと口を噤んで、どれくらい経っただろうか。空の色が濃くなり、そろそろ燭台に火を灯さないといけなくなった頃、観念したようにサリーが語り始めた。
「……お許しください……」
サリーは顔を両手で顔を覆う。
「こんなことを言ってもとても信じてはいただけないでしょうが、全てシェリー様に頼まれてやったことです」
それに対して、リタがいきり立った様子で言う。
「言うにことかいてそんな嘘を! 自ら毒を飲むなんて、そんなことあり得な……」
「いいえ、私は嘘だとは思えないわ。きっとなにか事情があってのことでしょう?」
ダリアが語りかけるとサリーは顔から両手を外し、涙顔で唇をわなわな震わせながら頷いた。しかしリタは不満顔だ。
「そんな、ダリア様。この侍女は保身のために自分のかつての主を悪く言ってこの場をやりすごそうとしているだけです」
「とにかく最後まで話を聞かせてちょうだい。それから納得できないことがあったら更に詳細を聞くかもしれないれど。それでいいわね?」
サリーは手で涙を拭い、ゆっくりと語り出した。
★気に入ってくださったら、評価、ブックマーク、いいね、いただけると励みになります。