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ダリアに悲劇は似合わない  作者: 伊月十和
第五章 ダリアは悲劇を回避する
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「マリアは本当に不幸だと思うわ。あなたの気を惹くために裁判をやると言い出して。それにあなたはあっけなく応じてしまった。マリアは引くに引けなくなって、そのまま裁判に突入し、婚姻無効は認められてしまった。なぜそんなに簡単に離婚に応じたの? あなたの恥になることでしょう? イレーヌ様も止めたのではないの? バロウ家の恥になる、今後こんな家に嫁いで来てくれる者はいないだろう、と。それを押し切ったようだけれど」


「ああ、そうだな」


 リュシアンは項垂れ、額に手をやった。


「俺と結婚しても幸せになどなれないと思っていたからだ。結婚無効を言い出されたとき、それが彼女のためだと思った」

「それは……もしかして最初の結婚と関係があるの?」


「……」


 リュシアンは答えない。

 最初の結婚は、どうやら彼にとっては大きな傷になっているようだった。最初の妻であるシェリーは病気で死んだとされているが、実は自死であるという話も聞いた。リュシアンが気にしているということは、本当に自死なのであろうか。それとも、自分が医師でありながら妻を病死させてしまったことを気に病んでいるのだろうか。


(このことは、聞かない方がよさそうね)


 誰かの心の傷になっていることを、無理やり聞き出すような趣味はダリアにはない。ずっと気にはなっていることだが、そっとしておいた方がいいだろう。

 しかし、リュシアンはゆっくりと語り出した。


「……シェリーは俺の患者だった。二十歳までは生きられないだろうと言われていたが、回復させることができた。もう病気に怯えて暮らす必要はなく、平均的な寿命まで生きられると思われていた」


 やがてリュシアンは絞り出すような声で呟く。それはダリアに対して言っているのか、あるいは神に懺悔するような気持ちで声に出しているのか分からない。


「シェリーの両親は俺に感謝し、シェリーも俺にずいぶんと心酔していて、それで結婚することになったのだ。それが、俺と結婚してからみるみる体調が悪くなった、原因は不明だった、どうしていいのか分からなかった。そしてそのまま死んでしまったのだ」


 こんな力なく語るリュシアンを見るのは初めてだった。


「医者とはなんなのか、分からなくなった。シェリーの体調が悪いと分かりながら、はっきりとした病名をつけることはできず、それでシェリーは命を絶ったのかもしれない。今となってはどんな気持ちだったのかも分からない。自分の無力さを恥じ、だんだんシェリーに会うのも憂鬱になっていた。それで距離を広めてしまった。本来ならば夫として、体調の悪い妻にもっと寄り添うべきだった。医師としてではなく」


「自ら命を絶ったとは、確かなことなの?」


「分からない。ただ、彼女の部屋に毒があったのだ。侍女に聞くと、シェリーに言われて自分が買ったものだとは認めた。それを飲んだのかどうかは分からない。用意だけさせて、飲まなかった可能性もある。遺体の状況からは、服毒死なのか病死なのかは判然としなかった。だが、恐らくは飲んだのだろう、と思う」


 リュシアンはなにかを後悔するように首を横に振った。


「遺書などはなかった。そもそもシェリーはそんなことを書き残すような女性ではなかった。どこまでも静かな女性で、まるで植物が枯れていくように死んでしまった」


 そうしてリュシアンは深々とため息を吐き出す。


「病気を治したと思った。それなのに死んでしまうとは、俺は一体なにをしていたのだと無力感に打ちのめされた。医師としてもそうだが、家庭人としても素養がないということだろうと思った」

「それでマリアから離婚を言い出されたとき、素直に受け入れてしまったのね」


「俺となんて結婚したことが間違いだったのだ。シェリーも、マリアも」


 弱気なリュシアンを一瞥し、ダリアははっきりと言い放つ。


「あなたは本当に女性の気持ちを分かっていないわね」

「そうかもしれないな」


 こちらに反論する気力もないという様子である。以前だったら根拠がなくても『そんなことはない』と言っていたのに。少しはダリアに本心を明かしてくれるようになったということかもしれない。


(シェリーについては気になることがあるけれど……それをこちらの予想だけでリュシアンに話すのは気が咎めるわね)


 なにかこちらで調べられることはあるだろうか。

 馬車は夜の街を走り続けた。

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