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教会から出てしばらく歩き、待たせていた馬車に乗り込んだ。
そしてすぐに馬車を走らせたが、いつもなにかとダリアに話しかけてくるリュシアンが、今日に限ってなにも言わない。静寂の闇の中を、黄泉の国の馬車に乗せられて知らない土地に連れて行かれてしまうような、そんな気さえした。
リュシアンはなにやら考えこんでいるようだった。
さすがに今夜の話は衝撃的すぎただろうか? ダリアは以前から予想していた話の顛末を聞いたような思いであったが、リュシアンは違う。きょうだいの間に生まれた子なんて、話が重すぎるだろう。
「……やっぱりおかしいわよね。この前のコリンヌ様の件といい、悲劇を回避するためにそこまでするか、と思うわよね? 分かってはいるのだけれど」
だけれど止められない。
誰かが不幸になると分かっていて、それをただ見ているなんてできない。かかわらないようにするのは楽だ、いや、むしろそうするべきなのかもしれない。自分が誰かの人生を制御しようとするだなんて、思い上がりもいいところだとは知っている。
だが、そうすることしかできない。
「……いや、お前が悲劇を回避したいという気持ちはなんとなく分かる。前に話してくれた、母と弟のことがあったから、だろう?」
「え? ええ……そうね」
「隠しておくことに意味があることもあるのだろう。特に今回のことは……露見してはアルノー伯爵家はかなりの醜聞に晒される。生まれてきた子もその影響を受けるだろう。その悲劇を避けるためには、秘密にしておくのが一番だろうな……だが」
リュシアンは、ダリアに意味ありげな視線を向けてきた。
「お前は本当にそれでいいのか? 自分の婚約者を奪った女に復讐しようとは思わないのか?……いや、お前のことだ、一番相手がダメージを受ける時機を見計らって、すべてをバラすつもりなのだろう? 自分の子供だと思って結婚したお前の元婚約者もいい面の皮だ」
「あなたにはなにも隠せないわね。そうね、本当のことを言えばそんなことをしたら、とてもすっきりするだろうけれど……それは一時のことよ。その後にくる後味の悪さを考えたら堪らないわ。あなたも知っていると思うけれど、これでも私、とても優しい性格だから」
「……そうだろうな、知っているよ」
真顔でそう言われて、戸惑ってしまう。そんなことはないだろう、と否定されると思っての言葉だったから。
「そ、そう。だったらいいわ」
そう言いつつ、ダリアはリュシアンから目を背けてしまう。
ときどきこうして調子を狂わされてしまう。しかし、それがまるで心地悪くないのが不思議だ。
「元婚約者のことでは苦労したな」
「あっ、あなただってふたりの元妻のことでは苦労したのではないの? 特に二人目は婚姻無効の裁判までしたんでしょう? でも、二人目の妻であるマリアは可哀想よね」
「は? なにが可哀想なんだ? 希望に応じて別れてやったのに」
「それは、あなたの方に未練があったけれど、妻が望むことなのならば仕方がない、相手の幸せを考えて、こちらは本当は離婚などしたくないけれど、断腸の思いで離婚した、ならば、分かる言葉だけれど、あなたはそうではないでしょう?」
「まあ、それは認めるところだな。彼女のことはほとんど知らない。仕事に忙殺されて、ほとんど会話らしい会話もしたことがなかった」
「マリアはだから婚姻無効の申し立てをしたのよ。それでしか、あなたの気を惹けないと思ったから」
「それはどういうことだ?」
本当に分かっていないのか、とダリアはとてもがっかりした。マリアは元夫のことを気にしていながら、意地っ張りだから本音は明かさないだろう。
「マリアは本当はあなたと離婚する気なんてなかったってことよ。あなたの気を惹きたくて、婚姻無効の申し立てをしたのよ。そんなことになったら、さすがにあなたが今まで行いを反省し、どうかそんなことを言わずに結婚生活を続けて欲しい、と言うかと思って」
「あ……」
リュシアンはなにかをひらめいたように声を上げた。ようやくマリアの気持ちに気づいたようだ。
(指摘されないと気付けないなんて……。女性のことになるとかなり鈍いようね)
患者のことはよく見ているようなのに、自分の妻になった人のことの意図に気付けないとは呆れる。
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