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「そうですよね、アルノー伯爵」
ダリアが冷静に言うと、アルノー伯爵はわずかにうなずいた。
「仲が良すぎるきょうだいだと、妻にはかねて言われていました」
アルノー伯爵はなにかを悔いるように大きく首を横に振った。
「だから早くにフェルマンとソレーヌを引きはがそうと、フェルマンは十三になるとすぐに王都にやりました。そして結婚も急いだ。幸いなことに当時の国王の娘、現国王の妹君を妻に迎えることができて、間もなく子供ができました。それで安心していたのですが。まさか里帰りに戻ったときに、関係を持ってしまうなんて」
「それで堕胎薬を……?」
リュシアンがダリアの方を向いて聞く。
「ええ、そうね。ふたりの関係については、薄々気づいていたのよ。ソレーヌは兄の話ばかりして、他の男の人なんて目に入らないわ、なんて話していたし。それに、一度ふたりが一緒に居るところを見たことがあったんだけれど、きょうだいのようには見えなかったの。まるで恋人同士のようだと思ったわ」
「罪深いことです、きょうだいの間に子をなすなんて」
「それに、アルノー家にはちょっとした問題があることを私は知っていたの。アルノー家にはときどき、成長が遅い子や、身長が伸びない子や、背骨が曲がった子供が生まれる。ソレーヌの叔母さんがそうだと聞いた。ソレーヌはその叔母さんの見た目をからかって、子供のような身長しかなく、足が曲がって上手く歩けなかったから、きっと山から拾ってきたのよ、なんて酷いことを言っていたけれど……」
「困った子です、私の妹のことをそんなふうに。何度も注意したのですが。ソレーヌは『見た目がおかしいのは確かでしょう、事実を言ってなにが悪いの? きっと神さまに見放されて産まれてきたのよ』などと……。実は私の叔父もそうだったのです。若くして亡くなってしまいましたが」
「恐らくは遺伝病でしょうね」
ダリアが言うとリュシアンは頷いた。
「なるほど。きょうだい間の子となると、その性質が強くでる可能性がある」
さすがは医師である。その可能性に言わずとも気づいてくれたようだ。
かつての王族でそのようなことが起きた。近親婚を繰り返した結果、産まれてくる子は虚弱で、長くは生きられなかった。
ましてや、アルノー家には遺伝病の性質を強く持っている可能性がある。無事に産まれてきても身体的に大変な苦労を負うかもしれない。それに、自分の父が自分の伯父だと知ったらどんなことになるだろう? ソレーヌにその秘密が守りきれるだろうかと危惧した。もし彼女の叔母がそうだったように、身体的に恵まれない子が生まれたら、やはり罪の子だから神に愛されなかったなどと言い出しそうだ。
ダリアはソレーヌに、お腹の子はルネの子ではないでしょうと言い、そして父親が誰だかは知っている、私の想像通りだったらその子は生まれてくるべきではないかもしれない。そして堕胎薬を渡したのだ。ソレーヌはダリアの言葉を否定し、この子はルネの子に間違いないと言い張った。
「先月、子供が生まれました」
アルノー伯爵が力なく言う。孫が生まれた祖父とは思えないような、絶望的な表情だ。
「予定よりも早産でしたが……ルネと関係を持つ前に既に妊娠していたのならば、通常の出産だったでしょう。生まれた子は小さく、背骨が曲がっていて一生自分の足で歩くことはできないかもしれないと言われました。そして腕の発達が充分でなく、半分の長さしかありません」
「それは……」
そうなるかもしれないと危惧していたが、本当に畏れていたことが起きてしまったと目の前が真っ暗になった。あのとき、もっとちゃんと止められていたらそんな悲劇はなかったかもしれない。
「ソレーヌは罪の子が生まれたと取り乱して……。それは最初、婚約者がある人を奪っての結婚だったからだと思いましが、そうではなかった。ソレーヌは全ての罪を白状しました。そして子供は預けて、自分は修道院に入ると」
「ちょっと待って! 子供を預けるですって!」
ダリアが突然大声を上げて立ち上がった。アルノー伯爵は目を瞠り、リュシアンは椅子から転げ落ちそうになった。
「それはいくらなんでも身勝手すぎるでしょう? 修道院に入るって、子供を捨てるってことでしょう。自分で望んで産んだのに!」
ダリアは止めたのだ。
それでも我を押し通して産んだ。しかし産まれてきたのが自分が想像していたのと違う子供だったからと取り乱し、そこから逃げようとしている。そんなこと、到底許せることではなかった。もちろん、自分から婚約者を奪ったのに、という私怨もある。
「ああっ、もう! どこまで身勝手なのかしら? 信じられないわっ!」
ダリアは思いっきり卓を叩いた。
「我が娘のことながら、お恥ずかしい……。しかしそういう子なのです。だから、他の男性の子として産もうなどと浅はかなことを考えた。私としても、こんな娘、自分の娘ではないと見放して、家から追い出したい気持ちです」
アルノー伯爵はすっかり娘には呆れている様子だった。それを見てダリアは少しは溜飲が下がる思いになり、元のように椅子に腰掛けた。
「とにかく、アルノー伯爵には私がなぜソレーヌに堕胎薬を渡したのか、お分かりいただいていたようでよかったです」
「ええ。もちろんこの噂を王宮内に広めるつもりはありません。セシルには堅く口止めしました。なぜなのかと食い下がられましたが、そもそも婚約している男性と関係を持ち、結婚前に子供をなすなんて伯爵家として恥ずかしい。我がアルノー家の恥である。それが分からないのかと強く言いました」
「それは……」
「それはそうだ」
ダリアが言うよりも、リュシアンが言って、大きく頷いた。
「セシルには更に、もしこの噂を他で聞くことがあれば、結婚前のお前のはしたない噂も広めると言いました」
「その、はしたい噂が気になるけれど……聞くべきではないでしょうね」
「ええ、不問としてください。とにかく……」
アルノー伯爵は立ち上がり、ダリアにまた深々と頭を下げた。
「このことは当家としては秘密にしたいのです。妹に子供を産ませなどと……フェルマンの妻に、ひいては、その兄である陛下に知られたらどんなことになるか」
「それは好ましくありませんね。私の口から漏れることはないのでご安心ください」
ダリアが言うとアルノー伯爵はほっとした表情になり、次にリュシアンの方を見た。
「うぅーん、正直、フェルマンのことはずっと気にくわないと思っていて、これは彼を黙らせるいい材料に……」
ダリアはリュシアンの脇腹を小突き、鋭い目で睨み付けた。
「いえ、もちろん私の口からも誰にも漏れますまい。いえ、誓って」
そう言ってわざとらしく宣誓するように手を挙げる。それで、アルノー伯爵も一応は納得したようだった。
「あの、それで……ルネはこのことは?」
「今はまだ……。ですが、薄々は気づいていると思います。彼には本当に悪いことをしました。私どもが、彼と結婚する前に気づいていれば」
「そうですか……」
力なく言うダリアに対して、
「やはり元婚約者のことは気になるか。好き合って婚約したんだからな」
リュシアンはなぜかつまらなそうな表情で言う。
「なにを言っているの? 私を捨てた男になんて今更未練なんてないわ。ソレーヌと一緒に地獄に落ちれば……と、失礼しました」
その父を目前にして失言であった。
しかし本心からそう思っていた。何度も止めたダリアを振り切ってソレーヌとの結婚へと走ったのだ。一度好きになった人だ、今でもときどき思い出してしまうことは事実だが、彼の幸せを願う、なんていい女を演じることはできない。
「でも、それならなぜ堕胎薬を渡したりしたんだ? 放っておけばよかったではないか? その時点でもう婚約破棄は決まっていたんだろう? だったら、その後どうなろうとお前には関係はないはずだ」
リュシアンに疑問に、ダリアは苦笑いを浮かべつつ言う。
「私は目の前で起こりそうな悲劇を回避したかっただけよ……結局できなかったけれど。それに、そんな褒められたことではないわ、むしろ罰せられることよ。子供を殺せ、とその母親に言ったのよ。その子供にしてみれば、どんな形であれこの世に生まれて来たかったはず」
「それは本人に聞いてみないと分からないがな」
そうしてアルノー伯爵とは、今夜話したことは決して外部に漏らさないことを約束して別れた。
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