1-5
いつもより長い散歩から自室に戻ると、部屋の前で執事が待ち構えていた。彼を迎え入れてから、ダリアがソファに座ると、執事は深々と頭を下げた。
「女性に反論などされたことがなかったので、つい売り言葉に買い言葉で酷いことを言ってしまった、申し訳なかったとリュシアン様がおっしゃっていました」
ダリアはその執事の言葉を、ほおづえをつきつつ聞いた。
(……本当かしら? 怪しいわ)
そして同時になんてできた執事なのかと思った。
それに応じるように、リタはこほんとひとつ咳払いをしてから、言う。
「ダリア様も、一週間も見知らぬ屋敷に放っておかれてしまった寂しさからあんな発言をしてしまい、どう謝っていいのか思案するばかり散歩が長くなってしまったのですが、リュシアン様から謝罪をしてくださって、本当によかったです」
(怒りのあまり、それをおさめるのに時間がかかって、気分転換の散歩が長くなってしまっただけだけれど)
引き続きほおづえをつきつつリタの言葉を聞いていた。執事は察しがいい人のようなので、これがダリアの本心ではないと見抜くだろうが、お互い様なのでよいかと考えてしまう。
「ダリア様も売り言葉に買い言葉で、つい心にもないことを申し上げてしまい、後悔しているとお伝えください。そうですわよね、ダリア様?」
リタがこちらを振り返りつつ言うが、
「ええ、そうねぇ」
ダリアは自分の爪を見ながらどうでもよさそうに言う。リタは一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐに笑顔を執事へと向ける。できた侍女だと思う。ならば、こちらもそれに応えなければならないだろう、とダリアは嫌々ながら言う。
「立場をわきまえず、申し訳なかったとリュシアン様にはお伝えください。月の半分はこの屋敷にいないというから、もうしばらく会うことはないでしょうけれど」
それを受けた執事は、困ったような表情をしてから、承りましたと挨拶をして辞去した。
その足音が充分遠ざかったのを確かめてから、リタはダリアの隣までやって来た。
「ああも素直に謝るなんてダリア様らしくありませんね。あんな失礼な男に謝る必要なんてないのに」
リタは自分の先ほどの言葉など虚言に決まっています、と殊更に強調するように言う。
「言ったとおり、自分の立場をもう少しわきまえた方がよかったかしらと思ったからよ。この屋敷に世話になっていることに変わりはないわ。その次期当主に言うことではなかったかもしれない」
「世話に、なんて。それじゃあ居候みたいではないですか?」
「事実、そうじゃない。妻としての役割はなにもしなくていいと言われているのよ?」
「そこまでご自分を卑下しなくてもよろしいかと思いますが。子供のことにしても、そういう条件で嫁いできたとはいえ、諦める必要はないかと思いますが」
「それはそうなのだけれど」
しかし、ここでもっと妻として扱ってほしい、毎日とは言わないが三日に一度は顔を出して欲しい、子供のことも前向きに考えて欲しいと言うのは悔しいし、望まない。望むのは、もっと敬意を持って接して欲しいというだけだ。お飾りの妻でもいいが、ぞんざいに扱われることは我慢できないのだ。
「とにかく、今日はなんだか疲れたわ。いつもよりもたくさん歩いたし。早めに休みたい」
「ええ、準備いたしますわね」
そして今日の夕食は部屋でとることにして、それまでの時間は読書をして過ごすことにした。長い散歩の疲れなのか、久しぶりに大声で言い合ったことの疲れなのか、窓際の安楽椅子で本を開いたままでうとうとしていたときだった。扉が力強く叩かれ、ダリアは目を覚ます。
「……リタ?」
声を上げるが、どうやらリタの姿は部屋になかった。
また執事が来たのか、と、面倒に思いながら重い腰を上げたところで、またノックの音が響いた。そんな急かすことないのに、と思いながら扉の近くから声をかける。
「どなた……? できれば明日にしていただきたいのだけれど」
そう言ったにもかかわらず、扉が大きく開かれた。入ってよいとも言っていないのに女性の部屋へと入ろうとは、かなり失礼なことである。
そこに立っていたのはリュシアンであった。
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